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さよならがシュート回転してど真ん中に入ってしまっても

映画「さよならはスローカーブで」がとても良かった。

町に一つの野球場を取り壊して中学校が新設されるという明るい話題に押し出されてしまう野球好きのおじさんとその予備軍たちの草野球チームによるラストゲームを淡々と描く作品で、シワのつきにくい指滑りの良いコンテンツが愛される世の中において、今すぐアイロン掛けたい衝動に駆られながらもこのままでいいんだろうと思わされてしまう様な素敵な映画だった。

身体にもガタがきているし、家での立場も弱い、集まって軽口や悪口を言い合って野球をすることだけが楽しみだったおじさんたちのラストゲームは観客がほとんどいないし、電気代が支払われていないでせいでナイター設備も無いし、白熱するでもないが執念を感じさせる展開で物事の終わりにこんなに素直にしがみつけたらどんなに良いだろうと思いながら眺めていた。

登場人物がとにかく口が悪いんだけど、妙なグルーヴがあって詩的ですらある。

「デブが盗塁する姿を照らす夕陽ほど美しいものはない」みたいなセリフは爆笑と共に愛すべき仲間との光景を忘れたくないという気持ちが伝わる愛おしさがあった。

ただの草野球なのに飲んだくれの老投手を盛り立てる事にのみ自分の野球を見出すほどリスペクトしている若い捕手に投手が「野球を続けてもっと世界を良くしろ」と声をかける姿は、物事の縮尺が全くあっていないにも関わらず滅茶苦茶納得のいく響きがあって不思議だった。

唯一家族が観戦に来てくれた選手が全く活躍出来ずに嘆いているのに対して「家族が見に来てくれているのはお前だけだ」「失敗も思い出になる」と慰める姿はジーンと来た。

江戸っ子爺さんとかミナミのおっさんってこういう感じなんだろうか。

愛のある皮肉と呼ばれるものがあるとして、それは受け手が愛だの憎めなさだのリスペクトを見出せないと単なる悪口であるので、結局共に積み重ねた時間が成せる技なのだろうなと思うと常連ばかりの店が生まれるのも納得がいくというか。何かそんな事を思ったりもした。

喫煙所を追われたおじさんの哀愁に近いものがあり、チェーン店に居場所が見つからないおじさんのソレでもあり、別に自分たちが尊重されるべきとも思っていないけどボヤきたい、素直でいられる場所が失われる事を時代の変化と言わなきゃやってらんない彼らが、次にこんな場所が見つかるか判らないけど今日は今日として楽しむ姿が平和で良かった。

このコミュニケーションが習慣化している人たちには何も刺さらなそうで、きっと自然とこう振る舞える日は来ないだろうって人にこそ刺さってしまうの、経験の無い日常にこそドラマとノスタルジーを見出す感覚で面白いとも思った。

かなりダサめのTシャツが物販に売っていて、劇中のおじさんたちの直向きなダサさが自分にも宿るといいなと思って買ってしまった。

試合の粘り方、そして終わり方、球場を後にするところまで。

ビッグデータも当てはまらない、SNSでバズりもしない、ただのおじさんたちの必死な週末がこんなに温かいなら頑張れる事もまだまだあるかなと思わされる映画だったと思う。

 


またー。




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