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映画「プレゼンス-存在-」のアテにならない雑感。※ネタバレ含む

「プレゼンス-存在-」を観たら幽霊モノのホラーというより幽霊視点で一つの家庭が抱える問題を至近距離で見守る羽目になったという感じで、どちらかと言うと家族の呪いを明確にしてしまう役割として幽霊が作用しちゃったという怖さの作品だった。幽霊バーン!ひい!みたいな演出はなくて、マジで幽霊に扮するVR(?)って感じで人間を眺める感じ。
その光景は、家族ならではの受け入れ難さに身の覚えがある方にはあんまり勧められないような、吐いた言葉は戻らない的な不可逆さを含めて生々しさのある作品だった。
あらすじとしてはある家族が何らかの理由で幽霊が住まう一軒家に引っ越して、徐々に影響を受けて関係性のバランスにも支障をきたしていく、という内容だった。
幽霊は長い時間をかけて目的や感情が抜け落ちて手段だけが残った様なルーティン的な行動、視点で、案外そのシステマチックな不自由さが不気味だったり、より本来関係しないはずの存在という雰囲気を増す効果もあって、どう関わってくるんだろ!というワクワクもあって良かった。
これまで観てきた作品は幽霊主体のパニックホラーが主だったのでその辺が新鮮だった。ほぼ覗き見みたいな。
一番最初にハマったアニメが鬼太郎で次が悪魔くんだったので幽霊や妖怪が主役級である事が当たり前な人間になっているんだなぁと思った。


ここからはネタバレになってしまうんだけど、全て自分の解釈というか感想なので公式と照らし合わせて間違っててもまあそりゃそうとしか言えないし、そういうモノだと諦めてもらえたらなと思う。
こういう受け取り方しちゃう人もおるんやなと見逃してください。


形式的に1人ずつ触れていくのが書きやすそうなので、そういう流れで進める。
母親のレベッカはキャリアウーマンでありつつ、子供の成功が何より生き甲斐で、それが自分の評価にもなると信じてやまない典型的な応援ママで、期待をかけてきた兄と妹のうち妹に結果として裏切られている状況から兄に集中して期待をかけており、兄からしても重過ぎるソレ(法的にグレーな手段を使っても息子を成功させようとレールを敷いている)で凄まじかった。
自分のレールを外れた娘を直視出来ず、「癒すには時間が必要なのよ」と傍観の一手でその分息子に熱を上げる姿のお母さんヒスっぷりは凄まじく、眺めていて具合が悪くなった。
幽霊が繰り返す巡回の視点から外れた部分でも判断に押し付けが振るわれていたんだろうなと妄想して「用法要領を正しく守ってくれてありがとうな…」と幽霊に感謝するほどだった。
ルーシー・リューさんはエヴエヴでも濃い親っぷりをマルチバースお母さん(コンピューターおばあちゃんかよ)として熱演していたけど、そこにいる様でいなかったバチバチのママっぷりで良かった。
大成したスポーツ選手のインタビューで「家族のサポートに感謝」て述べてるけど、こういう環境整えるという手段には引っ越しや金銭の援助も含まれている訳で、それが上手く作用するかどうかって最後は才能もだけど「ダメで元々」くらいの心のゆとりが親にあるかないかなんじゃないかとリューさん演じるレベッカを観て思った。余裕が無さ過ぎ、無理し過ぎ、正解の数が少な過ぎのオンパレードでおおお親のエゴの百鬼夜行じゃんとなった。


そんなレベッカからの期待を一身に受けていた兄のタイラーは自分なりにオンでもオフでも結果を出そうと自分のキャパより常に頑張らざるを得ない状況で、また妹がそのステージから先に降りてしまった故に踊り続ける事を要求され続けるという重圧の中にいて妹へ八つ当たりしてしまうという悪循環におり、滅茶苦茶可哀想だった。
水泳でも優秀な成績を打ち出し、スクールカーストでも上位で人に囲まれている成功者として振る舞う事を求められる彼が割とナードにも取れるロック(しかも最新トレンドでなく3年前の曲)を愛聴していたのは素が垣間見られた瞬間に思えた。何とか息継ぎしているというか。
要求をクリアし続けられてしまう器用さが彼自身を追い詰めていく中で、クロエを助けようと身体が動いたのは霊によるコントロールではなく、ちゃんと妹を心配するお兄ちゃんだったからなんじゃないかと僕は受け取ったんだけどどうなんだろう。
タイラーは幽霊いない派だったけど、ただでさえ不安定な妹が幽霊なんておかしなことを更に言い出した事を頭ごなしに否定する事で妹や父親に彼なりの正気に戻って欲しかったんだと思った。


父親のクリスは真面目で、子供思いで心配性なんだけどいまいち決断力が無い感じの優しいお父さんという感じだった。
減点方式の妻とは逆に加点方式であろうとする姿勢もあり、不安定な娘を誰よりも労わっているんだけど、派手な振る舞いをせんと地に足がついていない息子に苦言を呈しがちなのもあって、結果妻と息子ペアと自分と娘ペアに家族が分かれてしまっている事にも苛まれている。
妻が息子(の成功を通した自己実現)のために暴走している事への社会的な罪の意識もありつつ、それを解決するよりはずっとどうすべきか悩んでいるという印象だった。
幽霊を感じられるクロエを受け入れたのも優しさでありながら藁をも掴むという気持ちもあったのかなと感じている。


娘のクロエは親友をドラッグで亡くしたショックで心に傷を負い不安定で、教育ママの方針についていけずにドロップアウトしてしまったせいで家族が二分されてしまった事にもダメージを受けていて、それらを自分の責任の様に抱え込んでいる姿が痛々しかった。両手塞がってるのに崖をよじ登らなきゃと必死になっているというか。
ライアンの表面的にクリスに似た見守ってくれる、選択権を自分に持たせてくれるアプローチに惹かれたのも家族の外に理解者を得る事で自分の、そして家族の負担を軽減したい、元の家族に戻りたいという気持ちの表れだったのかなと思うし、そういう家族像を取り戻したいという気持ちが霊と呼応したのかなと思った。
幽霊の存在に気付いて、それを親友の霊だと思いたかった気持ちが切なかった。
ライアンは家庭に問題がありそうで、その鬱憤を人を傷付ける事で晴らしている(メンタルを崩した相手を他にも手に掛けたようなセリフもあった)のが悲しきモンスター過ぎた。
理解して欲しいと思いつつも受け入れられないモンスターである事も分かっててもう自我が滅茶苦茶って感じだった。


幽霊は何かこう、全然意思がある感じがなくて、感情が抜け落ちて目的とそれに伴う行動だけが残ったシステムみたいな存在に思えた。
自分の縛られている家の中でルールに適合したクロエに対する脅威を排除するシステムというか。
家を身体とすれば幽霊が免疫細胞みたいな感じ。
巡回ルートも待機位置も割と固定的で、それ故に拾えない家族の会話や時間も沢山ある。
そもそも家にいる幽霊なので家から出られないし、外の出来事に介在出来ないし。
都合の良さをあえて排除して、そのルール通りに拾えた出来事から空白を推察していくのも面白かった。
ちょうど「いろいろな幽霊」という本当に色んな幽霊が出て来る本を読んでいて、あまりに理系的な、感情じゃなくて事象として幽霊が描かれているのが新鮮でありつつ不慣れでとっつきにくいんだけど、その捉え方と凄く近いものがあった。
海外の幽霊のニュアンスってこういうものなのかなと思った。


とりあえず感じた事をバーっと書いてみたんだけど最初に述べた様に自分の解釈でしかないので違ってもまあすいませんというしかない。
何にしても面白い構図の映画だと思う。


またー。




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