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SFでも生活は続く。

早くも会社全体での忘年会が開催され、結果的に週初めに三次会まで宴が続いた。

部下がこちらの財布をアテにするでもなく三次会まで連れてくれたことに「頼りにされていないのか、大したことなさ過ぎると哀れまれているのか、単に慕って貰っていると取るべきなのかどれなんだろう」と弱気になっていたけれど、「好かれてて良かったって感謝しとけばいいじゃん」とアドバイスを頂き、じゃあそう思うことにしようと落ち着いた。

どうしてもハリーポッターでいうドビー的な角度で物事を取りがちな根暗さがあるので、あんまり卑下してても悪いよな、くらいの開き直りは必要だと改めて思う。

翌日、二日酔いもなく無事に過ごせたのはハリーポッターの魔法か何かなんだろうか。

奇跡としか言いようがない。

 


キム・チョヨプさんの「わたしたちが光の速さで進めないなら」を読んだ。

今の自分たちを100とか200年前の人たちが見たら信じられない発展を遂げていると思うだろうけど、人間の悩みはそうは変わらないみたいなことを歴史の本なんかを読んでいると考える事があって、未来もきっとそうなんでしょうとSFを読んでいると感じる事がある。

それは大体4、5番目くらいに来るポイントなんだけど、この作品は真っ先にそれが顔を出して、もうずっと出しっぱなし。横にいて、無駄な言葉は発さずにただ優しい目でこっちを見ている印象だった。

夢のある世界の、「そこまで到達しても尚」もしくは「ここまで到達したからこそ」の喪失感と答えを見つけたいという情熱を軸にした短編が7作収録されていて、毎回この静かな熱意がどうか成し遂げられますようにと願いながらそれぞれのこれまでとこれからの生活に想像を膨らませながら読んだ。

女性が置かれている立場、暮らしの中に当たり前な顔をして存在するバイアスについても提起されていた。読み終わって自分たちの権利を主張したアイスランドの「女性の休暇」活動のドキュメントを思い出した。

説明がないからこそ自分の想像が活かされるという意味ではSFやファンタジーは詩や音楽を解釈するのに近い感覚が楽しめる気がする。短編だからこその余白の多さもまた一役買う感じだった。

あと、ラムジェット・プーリーというルーマニアモンテビデオから派生したアーティストを思い出す空気感だった。儚げで物憂げでポップな雰囲気。中々聴ける媒体もないけれど「overjoyed」という曲は「わたしたちが光の速さで進めないなら」にぴったりの1曲だと思う。

 


それはそうと韓国の作家さんの作品については興味があるのに中々読むに至っておらず、この作品を皮切りにコンスタントに買い集めたいところである。

学生の頃に3巻完結くらいのラブコメ小説を読んだのが韓国文学との出会いで、タイトルも覚えていないけど中村佑介さんのイラストの様な表紙も素敵で楽しく読んだ。

その中で気まずかったり間抜けさを含めた「・・・」という沈黙に対して「2人の間をペンギンが通る」みたいな表現が多用されており、その絶妙かつ可愛らしい表現に衝撃を受けた記憶がある。

韓国ではそういった表現が一般的なのかどうかすら解っていないのだけれど、優しい例えに笑顔になった。

当時は今ほど沢山の作品を簡単に手に入れられる環境ではなかったけど、久々に扉を開いたのだから目一杯楽しんでいきたいと思っている。

 


またー。




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