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ナチュラルボーンチキン(ネタバレなし)とドリーム・シナリオ(途中から一部ネタバレ)の雑感。

金原ひとみさんの「ナチュラルボーンチキン」が良過ぎて、読みながらいちいちエネルギーを頂戴して励まされ続けていた癖に読み終わった瞬間に愛おしさにぶっ倒れるかと思った。
出版社に勤める45歳、事務職の主人公は生活リズムも服装も食事すらもルーティンを貫く淡々とした変化のない日々を愛する女性で、ひょんな事から知り合ったホスクラ通いをする何でもかんでも自由気ままな20代の編集者の女性と知り合い、不思議な友情を培っていく中でとあるバンドマンと出会い…というのがネタバレにならない範囲のあらすじである。
このままネタバレなく良かった部分を伝えるとして、まずは自分がそうなんだけど大きな変化を望まない、毎日を淡々としっかり納めていくような繰り返しの生活を割と好んでいる3〜40代に一番刺さると思うので特にオススメしたい。
この作品は決して「新しい扉を開けよう」とか「そんな生活捨てろよ」みたいなものじゃなくて、そうやって積み重ねる事で守り続けた何かをしっかりと褒めてあげながら、変化しても良いし無理しなくてもいいんだよと本当に優しい微笑みで背中をさすってくれる様な物語だからである。
感情的にやり切れない日も、自己嫌悪でやられてしまっている日も、プライドを持って当たり前の仕事を当たり前にこなして来たという、誰も気付かない自負をちゃんと自分で掬い上げて褒めてあげたい気持ちになれる作品だと大きな声で推薦したい。僕になぞ推薦されても困るだろうが。
全く違いそうで、でもお互いをしっかりとリスペクトしながらあまり遠慮せずに話が出来る人というのは稀にいるけれど、どうしてそんな空気を出せるんだろうと思ってきたこれまでに「相手を気遣いの尺度が似ている」という気付きをくれたのも大変感謝している。
金原ひとみさんの優しさが随所に満ちていて、全員が出版や創作活動に携わるキャラクターのせいか的確な表現でテンポよく大切に扱う様は微笑みの爆弾(幽☆遊☆白書)ア・リ・ガ・ト・ウ・ゴ・ザ・イ・ます!(世代にこそ読んで欲しいという意味も込めて)
読み終えてこれがオーディブルの為に書き下ろされた作品だと知った時には本当に本で良かったと安堵した。こんなぶっ刺さる優しさを耳からドラマチックに語られたら終わりと共にその場に崩れ落ちて両膝の皿を割ってしまうだろうから。
読書においてまだまだアナログな人間で命拾いした。魂が浄化され過ぎて成仏するところだった。
しばらく金原先生の作品から遠ざかっていたけれど、遡って読んでいきたいと思う。
何度でも重ねて言うけれど、大変に素敵な本だった。


それはそうと普段暇なくせにたまたまスケジュールの都合で朝の8時半から「ドリーム・シナリオ」を観た。
「こういうのは気付いたら始まって終わってる作品だから」という危機感で前売り券を買ったらニコラス・ケイジ氏のアクリルキーホルダーがついてきた鮮烈な体験のおかげで公開翌日に行けたんだけど、観るなら朝じゃなくて夜の8時が良かったなと我ながら反省した。
ニコラス・ケイジ氏演ずる大学教授がある頃から人々の悪夢に佇む様になり、人気者としてどんどん規模が広がって行く中で徐々に恐怖の対象として迫害され追い詰められていくという内容の映画だった。
寝起き即悪夢!

恐怖の二度寝ってこと???と席について上映開始を待っていたら、意味が解らない程に状況説明を歌詞にしただけの主題歌を擁する邦画の予告を観せられてしまい、凄く申し訳ないんだけど何かもうこっちの方がドリームシナリオよりびっくりしちゃった。
世界観を汲みました!じゃなくてあらすじ歌います!過ぎて、「世の中には華を添えるとか引き立て合うじゃない関係性があるんだな」と衝撃的だった。
それはそうと「ドリーム・シナリオ」はホラーというよりもパニックを通して主人公が色々なものを失ってしまう不運な悲劇のような喜劇という感じで、直接的な怖さよりも人間の気質的な怖さを思い知らされる作品だった。
夢と現実の切り替え方が画質や明暗含めてとても良くて、物語の流れもテンポが良くてのめり込んで観た。
この辺からネタバレを含むので予定のある方や解釈違いが許せない方は閉じて頂ければと思う。
こんな所まで付き合って下さってありがとうございました。
いい悪夢(ユメ)みれたかよ?(GET BACKERS-奪還屋-より)


主人公は既婚で子供も2人いて、職業としても終身教授という立場。世間的に見ても成功した側の人間で、専門分野において熱心で、生徒に対しても真面目に向き合っているような印象だったけど、人の悪夢に自分が登場するという謎の現象で自身がバズったことで舞い上がってしまって、蓋をしてきた願望が目覚めてしまうという、絶対誰でも陥っちゃうよという流れで破滅へ向かっていて終始ゾワゾワした。
一見満たされた立場でも本人がどう捉えてるかって重要なんだなと痛感した。
「この生活を勝ち取ったという意識」と「善良と勤勉さを強いて自分を差し出した見返りとして手に入ったという意識」がこんなに違うものかと怖くなったし、どちらかと言うと後者になっちゃいそうな性格なので、もうずっと全然他人事じゃなかった。自分で選んで決めたり諦めたりしてきたはずなのについ人のせいにしちゃうみたいな。
周りからすると「誰も頼んでませんけど?」みたいな道を誰かの為に選んだつもりで悲劇の主人公ぶる、みたいな。自分を含めてこういうサラリーマン滅茶苦茶多いだろうなと思った。
ずっと我慢してきた(つもり)でスポットライトが思いもよらないところから当たってしまったので舞い上がってしまったら全部自分のせいとして扱われてしまうという展開は確かに辛いけれど、その時に誰の手を取るか、自分のせいじゃないかと開き直ってしまうかで随分と違うんだろうと思いながら観た。
周りの人たちについて考えると、悪夢がどんどん広まって、そのおじさんが実在するという事実の不気味さは、単純なのに物理的にコントロール出来ない状況過ぎてそりゃ皆パニックになるよな、という感じだった。

ただ夢に出てくるだけの中年のおじさんが不気味なだけで済む訳がないという皆の意識が夢の主人公を凶悪にして、それに追い詰められたおじさんが実際に事件を起こしてしまったことで「やっぱりね」と納得した結果、それが答え合わせになって現象がおさまってしまったんじゃないかなと勝手に考えている。

自分たちが信じる邪悪さの証明というか、納得いっちゃえば「やっぱ悪いじゃん」で異質でなくなってしまう。
いい人過ぎると胡散臭いみたいな贅沢過ぎるけどまあ気持ちは解る、みたいなキツさがあって生々しくて良かった。
主人公の「善良な私がこんな目にあって可哀想」というある種の傲慢さみたいなのと皆が抱く「こいつはヤバい奴」という思い込みはかなり食い合わせが悪いよなと考えさせられた。

俳優のウィル・スミス氏の事件の様に、日本なら同情的に捉えてくれそうな出来事も滅茶苦茶ぶん殴られちゃったりして、そういう所で「やっぱ国民性みたいなのってあるよな」という感心も含めて面白かった。

騒動の終わりの先、嵐が過ぎた後の日常を丁寧に描く事で冷静になった人たちが割ってしまって元に戻せないアレコレに思いを馳せるような虚しい喪失感があって、不気味でありながらも虚しくも切ないラブストーリーにしんみりしてしまった。

「悪夢で会いましょう」から「悪夢で逢いましょう」まで丁寧で、ちゃんと前売り券を買って楽しみにしてて良かった。


両極端な作品を楽しんだ振れ幅凄まじい土日だった。
次は何に楽しませて貰おうか、という楽しみでとりあえず日々の暮らしをやりきりたい。


またー。




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