最近夫はとてもやりやすい人になり、余り夫に不満はなくなった。なんなら感謝のほうが多いのだが、それでもいくつか気になる点はある。
例えば、その日着ていた上着を、何故かリビングの鴨居に掛ける事。今着ていた上着をすぐにクローゼット内にしまう事に抵抗があるのは分かるが、それなら自室のクローゼットの手摺りにでも掛ければいいのに、なぜかリビング中央にある鴨居に掛ける。
私としては、毎日掃除機をかけ、拭き掃除をし、出ている不要物をいちいち収納し、出来る限りスッキリ綺麗に清潔にと心がけているリビングに、汗くさい花粉埃まみれの上着を吊るされてはたまったものではない。
夫からしたら、綺麗な場所だからこそ、そこに吊るす事で自分の服も綺麗になる気がするのだろう。自室のクローゼット手すりにはすでに山盛り服が掛かっているから、そこに掛けたくはないのだろう。リビングには何もなくて、すっきりしているから、そこに掛けたほうが気持ちがいいのだろう。
でも私は、夫の服を掛ける為にリビングを掃除しているのではないのだ。夫の上着がリビングのど真ん中に吊るされると、不快極まりない。一日着た服は汚れ物である。洗濯にまわしてくれてもいいし、まだ洗いたくないなら自分の部屋の片隅に目立たないように掛けておくのが礼儀。
というような事を、定期的に夫に言うのだが、言われた瞬間は言う事を聞くが、次の日からまたリビングに平気で服を掛ける。
まあ、それを夫の部屋に持って行くのはさほど手間ではないので諦めているが、図々しい人だなあとは思う。
でも、息子の精神科医によると、人間はみな自分勝手なものだから、それを出すか出さないかの違いしかないから、という事になる。だから理解できないわけでもない。自分勝手に振る舞いたいから、自分勝手に振る舞っている、ただそれだけの事だろう。
こんな風に私はわりとあっさり割り切るほうなのだが、私の母は違ったのを思い出した。
私はもともと癇性気味というかきれい好きなのだが、それでも実家にいた時は、子供だったせいだと思うが、母の家事の流儀からすると合わない事をしたことがあった。具体的にどういう事をしたのか思い出せないが、何か母を苛立たせたことがあった。いわば夫が上着をリビングに掛ける、というような事だ。
母はそういう時、必ず「あなたは、みそもくそも一緒なんだから」と私をなじった。みそは味噌、くそは糞、という漢字を当てはめて頂くと、とてつもなく汚い表現だという事がお分かり頂けるかと思う。
私がした事はそこまで汚い事ではないはずなのだが(私の性格からして)、母の流儀には合っておらず、母としては力づくで私に言う事を聞かせる為には、手っ取り早く私を貶めるのがラクだったのだろう。こういう極端に汚い物言いを私にぶつける事で、自分の流儀に従わない娘に対して、留飲を下げたかったのだとも思う。気持ち良かったのだろう。
子育て中は、子供に対して苛立つ事も多かっただろうし、子育て以外にも自分の思い通りにならない事があったのだろう。その鬱憤をぶつける相手は、自分より弱い存在である子供が最適だったのだと思う。
今になって振り返ると、ひどいなと思うが、当時は何も思わなかった。そういうものか、としか考えなかった。子供って無力だなとつくづく思う。
こういう事をふと思い出すと、ああ私は生まれなかったほうが良かったのだろうなと思うし、きっと母は私を産んで沢山後悔したのだろうなとも思う。そしてそれは、私が息子を産んで後悔している今に続く。
などと悲観的な事を書いたりしているが、私の現状はそれほど悲惨でもなく、なんとか生きています。夫のお給料はまたしても上がり、家族は健康。息子の先行きも一応ある程度は決まって落ち着いている。まあ息子のことなので、どれほど恵まれた環境であっても必ず非現実的な望みを新たに言い出し執着してキレるのだが、それはもう仕方ない。この息子の習性は一生続き、私はどこかで息子から離れるしかないのだと思う。でもまだ気力体力がある限りは、一緒にいてやろうと思っている。
ではまた~

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