先日、大好き住吉大社へ出かけたところ、結婚式をされていて豪華だった。

結婚式があると、本殿で祝詞が唱えられたり太鼓や音楽があって、聞いているだけで楽しい。しばし本殿前で見学させて頂いた後、いつもの楠珺社へ。
お社でお参りした後、裏の大楠の所へ移動。桜井さんいわく、楠珺社の神様はこちらにおられるとの事なので、祈願はいつもこちらでしている。この日はインバウンドの観光客の方が多かったが、幸い楠のところには誰もいなかったので、いつものようにダラダラ長々と祈願。やっと人心地ついて、ベンチに座って水筒のお茶を飲んでいたら、目の前を通っていく参拝客の方々が皆さん、何やら紙コップを持っている事に気付いた。
ん?と思って周囲を見たら、ベンチの右側に出店が出来ていた!生姜湯を売っておられるようだ。

お参りするのに集中していて、全く目に入らなかった。へ~、こんなのが出来たんだ~と思っていたら、お店の方が生姜湯を紙コップに入れて、「試飲して下さい」と持ってきて下さった。有難く頂いた。とても美味しかった。
それにしても、私が初めて楠珺社に伺った時は、どちらかというとひっそりした、でも熱烈な参拝者が集まる特殊な神社、という感じだった。まさか出店が出来るとは。
住吉大社のほうは、事あるごとに出店が数々並び、賑やかなのだが、楠珺社は奥まっているせいかお社の雰囲気がひっそりしているせいか、出店を見た事がなかった。参拝客が増えたので、神社のほうで色々工夫しておられるのだなあと思った。参拝客が増えたという事は、それだけご利益があるという事なので、納得できる。特に1月の楠珺社の参拝客の列は桁違いで、物凄い熱気。
住吉大社も長い列なのだが、皆様淡々と楽し気に並んでおられる。楠珺社の列の雰囲気とは少し違うのだ。楠珺社のほうが、神様に対する熱量が高い気がする。私自身がそうなので、そう思うのかもしれない。
住吉大社の神様も大好きなのだが、楠珺社の神様は大好きというより信頼の圧が凄い。その圧は、苦しい時に助けて頂いた記憶の積み重ねなのだ。
帰りには「侍者(おもと)社」も参拝。こちらも以前より、中に上がる人が増えた気がする。最近ではいつも中に誰か先客がおられて、外で順番を待つ事が増えた。待つといってもそんな長い時間ではないし、沢山の人が参拝されたら侍者社の神様も喜ばれると思うので、むしろ嬉しい気持ちで待っている。
おみくじをひいたら末吉で、内容をよくよく拝読してから境内に結んだ。
2年半ほど前、こちらで初めて大凶をひき、驚いてもう一度ひいたらまた大凶だった、という事があった。その時は驚いたが、今となってはまさしくその年は大凶の年だった。私の人生で一番つらい時期だったと今では分かる。あの時は、どうして?と思った。それまで住吉大社のおみくじはほとんど大吉を頂いていたからだ。
住吉大社の神様は、いつも正しいと今では分かっている。だから私の今の運勢は末吉。新しく引き直す事もしない。末吉だから色々気を付けようと思っている。
ではではまた~
