発達障害児を育てていて(というか、息子はもう大きいが)、一番困るのは、無理難題を解決せねばならない羽目に陥る事があまりにも多い事だ。
息子で言えば、というか、発達障害者全般に多いと思うが、極端な「こだわり」がある。ある事に「それが現実化しなければならない」と強く思い込んでしまう特性のことだ。
それが現実化しないと死にたいほど苦しくなるらしい。
しかし同時に、息子の場合、現実になるはずがない事を選んで「こだわり」にしている傾向がある。絶対に無理だと本人もうすうす気づいている事が現実になるならば、この世は何もかも自分の思い通りになると保障されたも同然だと、無意識に考えているのではないかと私は勝手に思っている。
現実化するはずない事を「こだわり」にして、毎日毎日そのことばかり言い、私に「これ現実化するよね」と確認し、私に「大丈夫よ」と言わせ、大丈夫だけでは満足せず「いつ現実になる?」と日にちまで出させる。
その上、「僕がうるさいから、お母さんは面倒くさくて大丈夫と言っているのではないよね」と確認までしてくる。
1つの事だけではなく、こういうこだわりが、息子には常時5個ほどある。毎日これの確認に30分から1時間とられる。私にとっては苦痛の時間以外の何物でもない。本当につらい。でも一番つらいのは、そのこだわりが現実化すると保証された日になっても現実化しないと判明した時だ。地獄。
毎回、あれこれ言い訳し、ごまかし、日付を先のばしたり変更したりして、なんとかやり過ごす。綱渡り。ちょっとでも対応をミスるとキレ散らかされる。本当に怖い。
こだわりはどうしようもなく、作らせない事もできず、誰かが相手してやらねばならず、発達障害児を育てる一番の苦労は、こだわりへの対応ではないかと思う。
私は自分で言うのもなんだが、息子は本当に良心的に丁寧に優しく育てたし、嫌がる事や無理な事はさせなかったし、息子で対応が難しい時は、どんな場所にも私が同行し顏を出し、私から直接先方に説明した。手抜きや逃げは一切しなかった。それでも、息子のこだわりはなくなっていない。
ということは。
最近になってやっと分かったのだが、発達障害児はどんな育て方をしても、結局は何も変わらないという事。こだわりをなくしてやる事もできないし、特性も減らせないし、能力も伸ばせないし、コミュ力もないままだし。雑に育てても、丁寧に育てても、変わらない。おそらく、私じゃなく他の人が育てても、息子は今の息子に育ったと思う。
私は今発達障害児を産んでしまった方に言いたいが、子育て頑張らないほうがいい、自分の人生を大事にしてほしい。子供は、親の付き添い無しで良い療育施設や、保育園に入れて、休日も障害者支援サービスを利用して、小学校以降も放課後デイなど使って。できるだけ子供と接触する時間を少なくして、自分のストレスを減らし、自分の人生を構築して欲しい。子供の犠牲にはならないで欲しい。
親が子供の犠牲になったところで、何も効果はないと最近やっと気づいた。別に見返りを求めて頑張ったわけではないが、少しは息子の「生きづらさ」を減らせるのではないかと思っていた。でも、そんな事は全くなかった。息子は今も変わらず「生きづらい」ままだ。私は全力で息子の生きづらさを減らそうと頑張ったが、失敗に終わった。
ただ、息子は我が家の事を「うちは平和」と言う。病気になった知人の話をしていて、息子はその人はなぜ病気になったのかと聞くので、「お家でストレスがあったのかもしれない」と答えたら、「うちは平和だから、誰も病気にならないね」と言ったのだ。え???平和???まあ、、、息子から見たら平和なのかもしれないが、私や夫は息子のせいで地獄を見ているのだが。息子には一生気づけないのだと思う。
息子にとって外の世界は生きづらいが、家は平和なのだと思う。外も家も生きづらいよりはマシかもしれないが、家だけが平和でもなあ。
今日は愚痴だった。まあ、いつもこういう事が頭の中にあるので、試しに書いてみた次第。不愉快だった方は申し訳ないです。こういう事を書いてはいるが、私は今日も元気に生きています。私はもう今世は諦めていて、来世に期待しているのかも。ではまた~
