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中之島美術館「小出楢重展」

 中ノ島美術館の「小出楢重(ならしげ)展」に行って来た。

中之島美術館 小出楢重展 に対する画像結果

 久しぶりの中之島美術館。つい最近までヴィトン展をやっていて大盛況だったそうだが、小出楢重はあまり有名でないせいか、がら~んとしていた。ゆっくり見れて私には良かった。

 大阪は島之内の裕福な薬問屋の家に生まれた小出楢重。生まれつき心疾患があり、小学校を落第した。大阪府立市岡中学校に進むが、数学で落第しかかる。絵の才能があり、東京美術学校の西洋画科を受験したが不合格。受かりやすかった日本画科を再受験し合格。でも途中で西洋画科に転学部したという経緯がある為、日本画と西洋画の両方を学んで卒業。卒業後、画家としてなかなか芽が出ない。32歳でやっと二科展入賞。ここから画家人生が始まるが、43歳という若さで心疾患の為亡くなる。画家として不遇な時代、市岡中学の友人達が、小出の画を買い生活を支えてくれた。画家として生活できるようになった後、ヨーロッパ留学を実現。晩年は芦屋に住む。

 波乱万丈というほど煌びやかではない小出の人生。行き詰まり、耐え、少し上向き、また行き詰まり、成功し、最後は生来の持病により早世。それでも短い画家人生で、沢山の作品を世に残した。

 小出の自画像。細面のやや神経質そうな面立ち。

 

小出の妻。

 

 小出の息子。ヨーロッパ土産のラッパを持っている。

 

 売れない時代の小出を支えた、市岡中学時代の友人、長祥氏。

 小出と言えば裸婦が有名。

 地元大阪、中ノ島の風景。

 晩年を過ごした芦屋の風景。

 留学先のヨーロッパの風景。

 静物画。丁寧に描き込み重みがある。

暗さの中に人物を描く小出の独自性が光る作品

日本画も描いている

 

 画家としてはそこまで天才的ではなかったように感じる小出楢重。派手ではなく、粋でもなく、むしろ野暮ったいほど重い。でも、ああこの人は真剣に描き生きたのだという事が分かる。それがこの人の画の価値だと思う。

 もともと心臓が弱く、神経質でもあり、融通もきかなかったようだ。画家として売れてからは、関西の画壇を支える活動を担わされ、負担が大きく、よく愚痴をこぼしていたと説明書きがあった。

 西洋画をかくなら、生活全部を西洋のものにしなくてはならない、と頑なに思い、似合わなきハットやパイプをくわえ、洋風の家で暮らした。西洋のにおいのする神戸に移り住んだのも、そのせいかもしれない。

 私が一番好きだったのはこちらの線描き。この景色がどこで描かれたのか、多分分かる。川に沿って続く歩道、道にかかるように生えている松の木、目の前に見える山。芦屋と言えばこれだ。

 

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