発達障害の息子は、友達がいないせいか、親戚に会いたがる。親戚は絶対に息子を否定しないので、安心できるし楽しいのだろうと思う。
親戚と言ってもさほど多くないのだが、私の母や姉や従弟達、夫の母や弟や従妹が定期的に会う人達だ。息子がいなかったら、私自ら望んで彼等に会う事は絶対にないのだが、息子が望むので仕方なく、各々半年に1回は会う日をセッティングしている。
息子が小さい頃からこの習慣はあって、今になって思うが、息子に乞われて親族(特に、息子からしたら従弟達)と定期的に会っていた事は良かったと思う。面倒ではあったが、この習慣のおかげで、息子や私は、彼等と親しく付き合えている。
私は、やりたくない事をやると幸せになり、やりたい事をやると不幸になる傾向にある気がする。何故なら私にはエゴがあるし、自己中心的で怠惰だから。やりたい事を全て封じ、やりたくない事だけをせっせとやれれば、幸せになるだろうと思う。出来ないから幸せではないのだが(笑)。
さて、先日は久々に私の母(88歳)と一緒にランチをし、その後実家に寄ってお茶を飲んだ。
母は高齢だがしっかりしていて、食欲もあり、コースのお店だったが全て残さず食べた。私は食べきれず、何品か息子に食べてもらったというのに。母の健康は素晴らしい。もともと健康な人だが、父が70歳で(母が63歳の時)他界した為、それから25年間、都会の快適なマンションで気儘な一人暮らしを続けており、ストレスが一切ない生活のおかげもあって、健康を維持できているように思う。
久々に会うとやはり母は母らしく、この人と長くは一緒にいられないと感じる。
息子も今回はそれを感じたようで、祖母に関する違和感を私に話してきた。そうなのよ、おばあちゃんはああいう人だから仕方ないのよ、本人は気付いていないし、指摘しても直す気はないから、放っておくしかないよ、と息子には言っておいた。
例えばこういう事があった。
今年の春に、母と伯母が一泊旅行をした。息子は泊ったホテル名が知りたくて、「なんていう名前のホテルに泊まったの?」と母に尋ねた。
どうやら母はホテル名を覚えていないようだった。もう高齢だから「忘れた」と言えばいいのに、母はそれが言えない人だ。できない、知らない、忘れた、等、自分に対するネガティブワードは絶対に言えない人なのだ。だから当然、はぐらかした。
「あのホテル、以前と名前が変わってたわ」というのが母の答えだ。これでは息子が納得するはずがなく、更に息子は問うた。
「新しい名前はなんていうの?」
しかし母はこう答えた。「予約はおばちゃんがしたのよ」。
だから何?あなた泊ったんでしょ?と思うのだが、自分が予約したわけではないから自分がホテル名を把握していないのは当然だ、と言いたいようだ。
勿論、息子がこれで納得するわけはなく、更に問うた。
「で、そのホテルの名前は何?」
ここで、私が割って入った。母に対するネガティブワードを言うと母が機嫌を悪くする、それが分かっていたので静観していたが、息子は息子で、はぐらかされるのが大嫌いで、自分の問いにスパッとすぐに明確な答えを要求する。こんなにはぐらかされると、今度は息子の機嫌が悪くなる。
「おばあちゃんは、ホテル名は覚えてないのよ」と息子に言った。私のこの言葉で、息子は納得したが、母は機嫌が悪くなった。
家に帰ってから、息子が「あの時、お母さんが、おばあちゃんはホテル名覚えてないと言ってくれて良かった」と言った。だよね、あのまま息子がどれだけ問いを重ねても、おばあちゃんは絶対に忘れたとは言わないからね、と私は言っておいた。
母は、自分個人に対してだけでなく、母方の血筋や父方の血筋についても、ネガティブさを決して認めない。劣っている部分など1つもないと言い張る。
私が、父の遺伝で飛蚊症になったと言ったら、「お父さんが飛蚊症だなんて聞いたことがない」と私の記憶違いだと言ってきた。
いや、私は、この世に「飛蚊症」という病気が存在する事を知らなかった時に、父から聞かされたから間違いではない。
その時のエピソードもはっきり覚えている。私の夫が白内障と分かり、私が落ち込んでいたら、父が「白内障は手術で治る。お父さんが良い医者を紹介する。お父さんに任せておけ」と安心させてくれたのだ。その上で父は「あちらの家には白内障の気があるのだろう。うちも飛蚊症の遺伝があるから、あちらばかり悪くは言えない。おあいこだ」と言ったのだ。その時、私は「飛蚊症って何?」と尋ね、詳しく教えてもらったのだ。
だから父が飛蚊症である事は間違いなく、母がそれを否定するのはおかしな話なのだ。母はこんな分かりきった事ですら、自分側の弱みは絶対に認めない。
自分側の弱みを認めないのは私の夫もそうで、義母が片耳が聞こえない事を最近ふと言ったら、「そんなことはない」と言い張るので驚いた。私は、結婚式の翌日、義父と義母から直接、義母は片耳が聞こえないから、聞こえる側から大きな声で話して欲しいと言われたのだ。親戚からも折々で、「お義母さんは耳が悪いから聞こえてないよ。大きな声で言ってあげて」と注意されてきた。結婚して何十年もたって、お義母さんの耳は悪くないと夫から言われても、、。
それとも義母が、夫にだけは、自分の片耳が聞こえない事をひた隠しにしてきたのか。義母も自分の弱みを認めないタイプではあるのたが、それならそれで、背筋が凍る。まさか、と思う。あの年代の女性って、独特の歪んだプライドを持っている気がする。私の母と義母だけかもしれないが。
さて話を戻して、母に関する既視感をもう少し列挙するとこんな感じ。
➀エアコンを新しく買った。掃除しなくていいと電気屋さんは言っていたが本当かどうか、取説で確認して欲しいと言われた。母は昔から、取説を読む事を私に押し付ける。押し付ける際、自分が取説を「読めない」とは言わず、「取説なんか読む気がしない」と言う。だから私に読め、と言うのだ。自分が読む気がしないようなつまらない使役は、私がやるべきだと暗に言っているも同然。この言い方、おかしいよね。人にものを頼む言い方ではないと思うのだが、母は昔から、人にものを頼む時にこういう言い方しか出来ない人なのだ。既視感。ちなみに、くしくも母のエアコンはうちと同じ三菱だった。以前に書いたが、三菱製は全ての部品が取り外せて自分で掃除できる。だが、母はしないと思う。
➁息子にジュースを勧めたのだが、それが手製のジュースで、瓶の中に大量の果物が入っている。そして表面には白い黴が浮いていた。いつ作ったの?と聞くと、姉が作って持ってきたとの答え。では姉はそれをいつ作ったの?と尋ねても知らないという答えが返って来るのは分かっているので、それ以上は尋ねなかった。黴がういたものを息子に飲ませるわけにはいかないので、「息子はアレルギーがあるから」と言って断った。母は「美味しいのに」と一気に不機嫌になった。
③私が「いらない」と言うのに、次から次へと甘いお菓子を出してくる。「今、甘いものは食べられない」と答えているのに、次から次へと出して来て、私に「いらない」と言わせ、「いらない」と言うたびに、「おいしいのに。食べれないはずないでしょう。あなたおかしい。親が勧めているのだから食べなさい」と私を批判する。いやいやいや、、、
④当然、帰りには重いお土産を持たされる。前回は大量の味噌だった。今回は大量のうどんの乾麺と瓶入りのツユだった。瓶はことさら重い。母は息子に持たせればいい、と言うが、息子は帰りにあちこち寄り道したいから荷物を持たせるわけにはいかないし、そもそも私は、息子に重い荷物を持たせるぐらいなら、自分で持つほうがマシだと思う。私も途中で寄り道してショッピングしたかったが、母からの土産が重すぎて、どこかに寄るどころの話ではなかった。翌日まで肩が痛かった。
➄ランチ代を私が出そうとすると、遮って母が払ってくれた。これは有難いのだが、「もういい加減私が払うよ」と私が言うと、母は「いやいや、他にお金使う事もないから」と言うのだ。「お金なんかあっても仕方ないから」と。少し前までは「私なんか年金暮らしのつつましい老人なんだから」と節約を旨としていたのに。いつの間に変わったのだろうか。そもそも父の財産を独り占めしたのは母なんだけど。私や姉はお金でガタガタもめたくなかったから、母の好きなようにさせたのだけど。「お金がない、お金がない」とずーっと言ってたのに(そのわりには優雅な暮らしぶりなのだけど)、さすがに使いきれないと気づいたのか。なんだかなあ。
まだまだあるのだが、このへんにしておく。今回は母は、自分の友達の話はしなかった。最近はあまり友達に会っていないのか(だからネタがないのか)、以前私がキレたのを覚えていて、さすがに控えたのか、どちらなのかは分からない。
息子も、「今日はおばあちゃん、友達の話しなかったね」と言っていた。「さすがに反省したのでは?」と私は答えた。
とはいえ、この程度の欠点は誰にでもあるし、私はもっとひどい人間だと思うし、母が一人で元気に暮らしてくれているだけで、本当に有難い。私は運がいいと思う。
ではまた~
