ずっとChateGPTは夕食メニューの相談だけに使っていたのだが、先日ふと思い立って、息子の事を相談してみた。ログイン登録せずに使っているので、匿名相談みたいな感じで気楽にできる。返ってきた答えが適切かつ専門的過ぎて驚いた。
私の質問はきちんとまとまっていなくて、とりとめもない内容なのに、それを「あなたの質問は、こうこうこうですね。回答としてはこうなります」という感じで、回答があまりにもまとまっていたのだ。
私がこのブログで、ダラダラ書いている息子の特性に関する悩みが、ChatGPTにかかると簡単に説明がつく。
➀現実否認を土台にした極度の不安・混乱状態ゆえの確認作業が終わらない。
➁現実とファンタジーの区別が混ざっており、パニック性の強い強迫的思考からの確認作業が終わらない。
③一言でいえば、現実否認と強迫的こだわりを伴うASD。
④根本的解決策はない。
いやまさに、そう。ここまではっきり説明してくれる精神科医はいない。正しいという保障はないのは分かっているが、少なくとも分かりやすい。特に、「現実とファンタジーの区別が混ざっている」のは典型的なASDの特徴、とあって、驚いた。精神科でもそういう説明は受けた事がなかったし、本でも読んだ記憶がない。私の勉強不足だろうが、息子のこの特徴が、ASDの一般的特徴なのだと初めて知って少し安心した。
息子には「息子にとって都合のいいファンタジーが現実化する」という強い思い込みがあって、それに困らされているのだが、ASDの人ってみんなそうなんだな、という。そりゃあ、周囲を振り回すし、迷惑かけるし、本人も生きづらいよね。普通に考えたら、そんな都合のいい自分勝手が世の中通るわけあるかい、となるのは当たり前。許してくれるのは、優しいタイプの親か、精神科の医療従事者か、福祉関係の人ぐらい。一般社会では通用しない。
ASDの人が我儘に見えるのは、この特性のせいだと思う。
ではどうしたら?の部分について、ChatGPTの回答はこんな感じ。
➀「正しさ」より「安心感」のある対応で時間を稼ぐ
➁但し、例えば嘘で「大丈夫」と言われても、大丈夫かどうかの確認作業が終わる事はない(本人自身が大丈夫ではないと内心分かっている為)。よって最終的には、「安心感」より「正しさ」を本人が受け入れられるようにしないといけない。
③その為には、少しづつ「現実的でない確認行動」を減らす方向で考える。
段階的アプローチ
1、一言で「大丈夫」と答えず、「君が心配しているのはこれだよね」と不安を言語化して共有する
2、「完全に大丈夫とは言えないが、ほぼ大丈夫」レベルの回答を受け入れられる時はそれで押す。「ほぼ」ではなく「完全に」でなくては受け入れられない時は無理強いしない。様子を見つつ、「ほぼ大丈夫」の量を増やしていく。「ほぼ」を受け入れさせるためには、こちらも限界まで努力するから、親は味方だから、やれる事は全部やるから「ほぼ大丈夫」という風に伝える。つまり「ほぼ」になにかしらの根拠をつける。
3、本人の質問やこちらの回答を、ノートに書かせる事で、繰り返し口頭で質問せずとも、気になるたびに自分でノートを確認して自分の不安を自分で処理できるようにさせる。その際、「ノートに書いた方が分かりやすいから」「整理がつきやすいから」と説明する。「いちいち親に確認しなくて済むから」と言うのではなく。
4、担当医には、状況を正確に伝えておく。根本的な解決策はないにしろ、助けが必要な時に素早く動いてもらえるから。
もっと色々沢山解答はあったのだが、ざっと書きだすとこんな感じ。
これで私の現状がラクになるかといえばならないが、思考の整理はついた。「ほぼ大丈夫」の量を増やす、というやり方を私は無意識にやっていたが、それが適切な対応の方向だったのだと知れて良かった。
「ほぼ」が「多分」になり、「きっと」になり、最終的には「大丈夫かも」になり、最後は「どっちかな」までいければ成功。
息子の場合、「どっちかな」が受け入れられる事もあるし、受け入れられない事もある。私も、物事の重要性や優先順位を考えて、それらが低い場合は本人の心理的ストレスを減らす為に、どちらか分からない事でも「絶対に大丈夫」で通す事もある。正直、どっちでもいい、どうでもいい、こだわる必要がない、というような事なら間違いなく「それが正解」「それで大丈夫」と言い切ってやるようにしている。
例えば、「今日、○○へ遊びに行こうと思っているが大丈夫かな」という質問に対し、(大丈夫かなというのは、嫌なことが起こらないか、想定外な事態にならないか、という事)、そんなの知らんと答えたいところだが、「絶対に大丈夫」と答える事にしている。何の根拠もないが、息子の人生にとって全く重要でない事は、あえて安請け合いする事にしている。
息子の人生にとって影響力の大きい事柄について、安請け合いすると危険な場合は「ほぼ大丈夫」を言うようにしている。100%でなければ、思い通りにならなかった場合も逃げ道がある。嘘ではないから。
不安の言語化についても同じで、重要度の低い事にもいちいち深堀りして言語化していたら時間がいくらあっても足りなくなるし、私の頭も息子の頭も疲れてしまうので、重要度の低い事は「大丈夫」で片づける事にしてる。重要度の高いものだけ、不安の根本を確認して、言語化して整理する。それをすればしたで、「そんな事が実現するわけがない」ことが明確になるだけなのだが、それでもする。
そして「ほぼ大丈夫」から、いつか「どっちかな」まで受け入れ可能になるまで、その時々でありとあらゆるもっともらしい根拠をあげながらずらしていく。
時間がめちゃくちゃかかるし、こういう事が得意な人と不得意な人がいると思う。私は、不得意だがやってやれない事はないのでやっている。ストレスはためないように気をつけながら。
精神科医は薬も出してくれるし、関係各所へ診断書も書いてくれるので、現実的には精神科医のほうが役に立ってくれるのだが、ChatGPTも馬鹿にしたものではないと思った次第。本は信用がおけるが、自分の質問にピンポイントで欲しい答えをもらえるわけではない。そういう意味でもChatGPTは便利だと改めて思った。でもねえ、何の責任もとってもらえないからねえ。気休めですね。
ではまた。
