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りんくうの海岸

 お天気がいいので、りんくうの海岸に行って来た。JRりんくうタウン駅からアウトレットを突っ切って行くとすぐ。10分歩くか歩かないか。ずっと2階の歩道橋を歩いて行き、シーサイドモールというアウトレットモールの2階に入ると、そのまま海へ出る。

 平日の午前中はほぼ人がいない。今はお花見に行かれる方が多いから余計だろう。インバウンド客もおらず、久しぶりに清々しい空間を楽しめた。今の大阪は、どこへ行っても人、人、人なので。喧噪から離れられるという事の有難さを噛みしめる。

 最高気温が20℃くらいなので、暑くもなく寒くもなく。空気は乾燥していて風が爽やか。目の前遠くにうっすら見えるのは関西空港

 12時くらいに行って、フードコートでランチを食べて、少しお散歩してから帰った。フードコートもガランとしていて人が少ない。あまりに少ないと閉店してしまうのではないかと不安になるが、このぐらい空いているとリラックスできて良い。

 海岸で寄せる波を見ていると、時間を忘れる。嫌な事も忘れる。この効果は何と呼ぶのだろう。この日も朝から息子に当たり散らされてグッタリしていた。息子は何かの資料がなくなったとイライラしながら私のところに来て、「お母さんがなくした」と言うのだ。いや、、、、知らん。どうして息子の部屋にある資料を私がどこかへやるのだろう。「昨日、ここに置いていたのにない」「僕は何もしていない」「お母さんがやった」と言う。ピリピリした空気が伝わって怖い。こういう時の答え方は本当に難しい。私がなくした事にしたら恨まれるし、かといって私じゃないと言い張るとキレ散らかされる。

 以前、事実を伝えないと後々困る事になると痛感してから、出来るだけ事実を伝えるようにしていたが、これはこれで大騒ぎになる。彼にとって都合の悪い事実は、受け止められないので延々キレ散らかすのだ。なので、嘘ではないが事実でもないギリギリを答えるしかない。

 今回はこう答えた。

 「お母さんがどこかへ置いてしまったんだと思うから、心あたりを探してみるわ」と。私がなくしたのが事実ではなくても、私がそう思う、という事は嘘ではないので。こういう答え方だと息子は受け止める事ができるので、とりあえず一旦は落ち着いた。そもそもなくなっても全く困らない資料なのだ。原本はPC内に保存してあるので。

 だが、物がなくなる事自体がストレスの極みである息子は、「どうしてなくなったの」としつこい。なくなった理由を説明し、今後絶対に何もなくならない、と確約してやらねばおさまらない(そんな事無理だよね、と思うが、発達障害の息子には常識は通用しない。どこまでも自分の安心を確約させようとしてくる)。

 「昨日はあなたはイライラしていたから、イライラすると物がなくなるのよ」と説明すると、一応納得した。「お母さんはイライラしてなかったのに、どうしてお母さんがなくしたの」と聞くので(いやだから、なくしたのは私じゃないし)、「あなたがイライラすると、お母さんにもそれが伝染するからよ」と答えた。

 「今後、僕がイライラする事はないよね」と確認してきてので、知らんよ、と思ったがまさかそう答えるわけにはいかないので、「イライラする要素がもうないから、大丈夫よ」と答えておいたら納得した。かいつまんで書いているが、実際は1時間くらいかかっている。同じ事を何度も何度も確認してきて、同じ説明を何度も言わされ、彼がまたそれを何度も繰り返し言うのを聞かされるので、時間がかかるのだ。

 それがあって、朝から疲れてしまったので、海を見に行ったというわけ。かなり回復した。自然の癒しの力はすごい。

 夜、息子が資料を持ってやって来て「これ、あったわ」と言う。「ノートの下にくっついていた。僕がノートをしまう時に一緒に入れてしまったんだと思う。お母さんじゃなかった」と。こういう事をごまかさずにちゃんと言うところが発達障害らしい。嘘がつけない。私は「ほらね、イライラがなくなったから、出て来たんだよ。良かったね」と言っておいた。

 なんにせよ、あって良かった。毎日こんな日々。息子が小さい頃は、どんな大人になるんだろうと思っていたが、こんな大人になった。一応一人で何でもできるし、何でも分かっているが、精神的な部分が凄くいびつ。周囲の人間に、自分の心の負の部分を、自分の代わりに持ってもらわないと生きていけない。合理的配慮とか、フォローとか言われるが、発達障害者に必要なのは、心の負の部分を代わりに持ってくれる人間だと思う。理不尽にキレ散らかしても我慢してくれる人間、納得できる説明を無理やり作り出して安心させてくれる人間。同じ事を繰り返し繰り返し言われても、嫌な顔せずニコニコと聞いてくれる人間。不公平だ、理不尽だ、しんどい、というストレスに耐えてくれる人間。発達障害者の周囲をそういう人間で固めないと、発達障害者は生きていけないように思う。

 




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