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読書メモ

話題性に流されて最近買った本。


『TOKYO 0円ハウス0円生活』を読んで興味をもっていたが、ここにきて俄にブレイクしている模様。変人と天才は紙一重みたいな人かと思えば意外と常識人だったり。一見突拍子もない発想と地に足がついた感覚が同居している。「自分のやりたいことなどどうでもいい。自分がやらないと誰がやる、ということをやらないといけない」と若者に語りかける。オルタナティブという言葉の意味を改めて考えさせるところも多々あり。何よりこの人の「とにかく話を聞いてくれ」的な伝達への渇望と尋常でないポジティブさに少し感動した(筆者は躁鬱病で、鬱期に囚われる希死念虜に抵抗することに生命をかけるという。この本はそんな筆者のサバイバルの記でもある)。


話題の「憲法」はまだざっと目を通しただけ。アート関連で黒瀬陽平椹木野衣東浩紀の鼎談を読む。東浩紀は(たぶん)村上隆ファンなだけだと思うし、椹木野衣は「震災と原発でやっぱり日本は<悪い場所>。美術が救いになるべき」みたいなところをグルグルしているし、”アートの中の人”としては一番オーソドックスなことを言っている黒瀬陽平が普通にまともに思えてしまったのだが私の読み方がおかしいのだろうか。『あなたにギャル男を愛していないとは言わせない -「クール・ジャパノロジー」と倒錯の強い定義』(千葉雅也)は、最初半分しか頭に入らなかったが、二回読んだら面白かった。たぶんもう一回くらい読む。後は未読。


ヤンキー文化批評は充実しているが、そこから発展させた日本人論がメイン。「ヤンキー文化とは女性原理のもとで追求される男性性」で、丸山眞男の言う「つぎつぎになりゆくいきほひ」(「歴史意識の『古層』」)とはヤンキーの「要するに「気合とアゲアゲのノリさえあれば、まあなんとかなるべ」というような話」で、それは「日本文化のいちばん深い部分でずっと受け継がれてきている」とか「天皇」だってそうだとか、中にはホントかと口を挟みそうになる部分もあるがそれこそ筆者の「つぎつぎになりゆくいきほひ」な話法にまんまと乗せられて読まされる。ある意味ストーリーテラー。ただ著者がヤンキーの特質とする「本質を欠いた換喩性」というのは、その概念だけ取り出すとひどくポストモダン的なものに思えるが、ヤンキーのメンタリティとポストモダン(モダンを経たもの)は私の中では今一つうまく繋がらない。




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