2025年2月9日 愛媛マラソン8回目の振り返り
8回…、去年でもう愛媛はええわとか何とか言ってた上
今回も走る直前までもうええんじゃないかとか言ってた。
走り終わった後の今、
「もうええ」は無い。
サブ3.5できるようなイメージ持ってないし去年の振り返りで
3.5はこだわらない境地に至った内容を読み
改めて目標を決めていた。
もちろん落ちずに行けるなら行けば良い、
落ち始めたらたぶんまた気持ちが辛いだろうし
自己ベストに切り替え→2024,3月丹波篠山の03:31:35(ネット)、
自己ベストもダメなら
コースベストに切り替え→2020,2月愛媛03:32:27(ネット)
それもダメなら走り通すのみ
最後まで諦めないこと。
結果
愛媛→セカンドベストでコースベスト
(グロス) 03:34:17
(ネット) 03:32:15
12秒更新した。

3.5はできなかった。
大会前日 受付
さっさと受付して帰ってやることやって寝る
とくに城山公園の会場で遊ぶことなくさっさと参加賞(靴下)を受け取って
12:25には受付前に並んだ。


前日まで低気圧の影響で風強く寒かったが少し落ち着いていたように思う。
13時受付開始のところ、たしか10分くらいまえに開始された。
本人確認して手首にいつものリボンを付けられた。
このリボンがまた鬱陶しいけどこれがないと走れないのでここからゴールするまで我慢。
お風呂に入る時もホントに鬱陶しい…
端がピラピラしないようクリップで固定しておいた。
夕食をおえて
ガチガチにテーピングした。
お尻の坐骨神経痛と、ふくらはぎ・足首もテープで固定。
この日のために毎日マグネシウムオイルを朝晩塗布してきた。
足攣りなど絶対に許さん。(→先に書いておくと
終盤とゴール手前の2箇所で
足裏が一瞬危ない時があったが結局攣ることはなかった。)
さっさと寝るつもりが結局23時過ぎになる。
テープしながら翔んで埼玉が目に入っていた。
内容はよく覚えてない。
大会当日
・5時起床 よく寝た。
寒い、とても寒いのでウェアはいつものレイドライト袖ありにした。
ノースリーブ着るような根性がない。
あと膀胱炎の抗生剤でお腹が不安だしトイレの不安大で
袖ありウェアじゃないと冷えに耐えられない気がする
・7時20分、家を出る
8時前には会場入り、
当日受付してる人の列を見て大変だなと思いながら女子更衣室へ行った。
愛媛は運営の手腕が良くない気がする。
導線といい、エイドの内容といい、現場のボランティア頼みの比重が大きいと思う。
・8時過ぎに1度目のアップ
20分には更衣室に戻ってトイレに並んだ。
シューズを変えて荷物預ける直前にもう一度トイレに並んだ。
9時過ぎ〜25くらいまでトイレ待ちに時間がかかって
9:30くらい荷物を預けて整列、40分にはゲート閉鎖されるのでまあまあ余裕なし。

並んでいると晴れてきて暖かくて快適
風も強くなく、低気圧は杞憂に終わりそう。
スタート直前までラン友とわいわい
いい加減3.5できない芸人やめたいとかわーわー言ってた
スタート
Cブロック。
号砲から2分ロスしてスタート
・'4:50~55で刻む
中盤まで下り基調だから本当なら45で押せたらいいけど後半もたないだろうし
結局ギリギリのところで温存するしかない
平田の往路、がんばらないようピッチで上って心拍が上がらないように気遣う
平田の坂で夏から故障で練習できてないラン友(本来はサブ3狙いの人)
が引いてくれた。
サブ3の練習が出来てないので3.5ペースで練習がわりに走ってくれました。
〜20kmくらいまでまあ調子いいけど、立岩に入って20km以降がきつい、
地味に上りが効いてペースが落ちそうになる
そこを耐えて'455維持するんだけど、ここでキツさを感じてる時点で
ダメなんだよなあ
と分かってはいるものの行くしかないので押していく
ハーフ越えて一旦落ち着き、25km〜まだ大丈夫、
今まででも一番安定してる気がする
28kmなんか怪しくなってくる
29km余裕なくなってきたか、
30km少しペースが落ち始めキロ5にふれ始める。
ここでラン友、足底筋膜炎症状が出て離脱
単独走になった。
粘っているものの、頭の中で計算、34~35kmで平田の坂を前に'5:05で押していければ3.5切れるんだけど
押していけない。
権現交差点で高橋尚子さんとハイタッチして
平田の坂を上る
え”ーえ”ーえ”ーえ”ーえ”ー言いながら走った。
積極的休足の歩きと走りを交互にするのもありかもしれないが
意地でも歩かない、激遅でも走った方が早い、
キロ6まで落ち込んだけど上り切った。
下り、足攣りくるか?来ない、ヘロヘロしながら走る。
走れている、
ペース、確認したところでもう'5:05で押すことができない
もう走るだけ。
足が動いてる自分にお前は良くやってると自分を褒めながら走った。
谷町のいつもの通りがここからずっと上りなのをしっかりと
目に焼き付けていた。
こんなに上ってるのかと。大した上りじゃないから去年も気づいてなかった。
平田の坂も本来はそんな大した坂じゃないのに平田はやけに辛いイメージがあったが
今年は違った。
25km越えるまで、30km越えるまで、
35kmにくるまで全然油断ならないと集中力を切らさず
坂を越えた。
私の一番の難所はこの坂を下りた先からの36km途中からゴール手前41kmまでの5kmなのだ。
愛媛のコースで分かってたようで分かってなかった、この5kmが走れるかどうかが私の愛媛なんだと分かった。
8回目にしての発見だった。気付くの遅い
やたら長く感じたのは29km~32kmと37km〜40kmか41kmか?
失速し始める兆候と上げたくてもこれ以上何も出てこない、
もうなんもない!で走るしかなかった。
何度も同じこと書いてしまうけど、走るしかないけど
走れてることがすごく良かった。
こんな時間を味わえるなんて、
こんなのいつまでも続かないよね
以下はフェイスブックにも書いた内容
失速したし、もう絞り出せるもんもないとこまで行って
足が動いてたのが自分的にはすばらしく、
それと愛媛のコースを多分これまでにない解像度で見ることができた。
何度も走っているのに、いままで見えてないものがたくさんありすごい内容だったと思う。
走った内容も今までで一番よい内容だった。
https://www.strava.com/activities/13623370244
2020年
グロス3:33:25 、ネット03:32:27だったのが
今回ネット 03:32:15で
たった12秒の更新だけど、されど12秒、
平田の坂もぜんぶ走り通した。
去年(2024)コロナ明けで歩いた悪夢…、
一昨年(2023)は脱水でどんなふうに走ったかも覚えてないし
大失速で大会後はショックでご飯の味が1週間しなかった。
それがここまでやっともってこれた。
でも全然地続きな感じがない。
やっと普通に走れた気がする。
普通に走れる保証なんてこれから先ないなあと思うけど
とりあえず2025年2月9日は走れた。
2020年は最後’4:30に上げラストスパートしてのタイムで
40代の最後の若さだったんだろうと思う。
今回そんな上げるような力(若さ)はなかった。
上にも書いているが「発見」
愛媛マラソン出場回数8回、中止の年とオンラインの年があるのでに初めて参加してから10年目になる。
北条のアップダウンもまあ意地悪な起伏だけど
そんなにひどい坂があるわけじゃないのに地味に削られていって
いつまでも目標達成ができない地元のコース、
今まで平田の坂越えるまでがピークだったけど、そうじゃない、
平田の坂下り終わってから41km辺りまでが肝になる。
来年はどこまで持っていけるかな。
今年みたいに体調を悪くしないで普通に走れて
当日の気温や風も穏やか
という恵まれた年になればいいなあ。


走り終えて
義父義母がご褒美にといいお肉とケーキを持ってきてくれた
母の友達が伊予柑と寿司を持ってきてくれた
ありがたく頂きました。

大会前のちょっと通りますよメモ
大会前のテーパリングで大体いつも何かでてくる
・急に膝痛
・急に筋肉張り張り
・急に息苦しい
・急に口唇ヘルペス
ちょっと通りますよ的にすぐ解消されるのが8割だけど、
新しいのがこちら
・急性膀胱炎+血尿(?)
愛媛本番4日前に口唇ヘルペスが出てひどくなる手前で引っ込んでくれたと思ったら、
次は2日前の夜に急性膀胱炎。血が出るわ痛いわ。
受付当日(受付前に)病院に行ったら抗生剤だされて様子見。
そんなに悪くなくて良かったけど、あの血はなんなの血ぃは・・・
ちょっと通りますよのレベルが上がってきてて怖い
坐骨神経痛について
筋トレが効きました
下腹とお尻を鍛える(というほどでもない内容のこれ)がものすごく効果あった。


めんどくさいけど描いたぜ
ストレッチは硬くなって逆に痛みが出る
それと意外なくらいファイテンのチタンバンが回復を捗らせる
貼ってるところがほぐれるのか痛みを緩和するスピードがするとしないとで全然違った
みんな買え!買ってずっと貼り続けるんだ!!

パワーテープは半永久的に効果があるから
洗って上から医療用テープで貼り付けて限界まで再利用してる。
筋トレと整骨院とチタンバン+カイロで年明けから普通に練習できてました。
強制的に休んだのは3〜4日。
30km走も15kmBUもなんならソツケンも2回クリアできた。←なのに3.5出来てないんだからこれが私の精一杯の力なんやわ!!
次は2月23日の姫路城マラソン頑張ります。
走れますように!最後まで走り切れますように!!