西田昌司さんは僕の敵です。
「18歳以上になれば徴兵や国を守る義務がある」
— ふっちゃん@差別に投票しない (@ashitawawatashi) 2025年7月15日
と発言するようなあなたには、落選してほしいと願っています
我が子を戦地に送りません
絶対に!#西田昌司落選運動 https://t.co/FDoqwy8yIH pic.twitter.com/OeCUJhm8qa
昨日が6年前の京都アニメーション放火事件と門川大作前京都市長の暴言だった。そうか。僕は参議院選挙のたびに反共だけで何の政策議論もなく自民党オール与党が勝利したという京都に住んでいるということを思い出させられるんだな…。


京都アニメーション放火事件自体もつらいけど、それを選挙応援演説のネタにした市長とその後継者が統治して、自民党は共産党ではないというだけで支持している人たちが住んでいる市に住んでいるということ自体がストレス。
- 西田昌司と戦った!
いや、カルデア式戦闘シミュレーターというか、最近はやりのAIでな。
さすがにFGOで岡田以蔵さんをグランドアサシンにしようと決意する程度には権力者に対して天誅の志があるけど、岡田以蔵さんは日本刀を持っているけど、僕は日本刀を持っていない。岡田以蔵さんには選挙権がなかったけど、僕にはある。というわけで、選挙で意見できるのが一応、近代国家になって教育勅語や軍国主義を捨てた戦後日本の普通選挙制度なので。結果は受け入れる。議会や選挙管理委員会を襲撃はしない。
選挙で意思表示をして、それで大衆の気持ちがそうなればそれでまあ、納得するって言うのがソクラテスの時代から続く自由市民としての態度なので。
岡田以蔵さんのように荒事をしないで選挙に行くだけの方が楽と言えば楽なので、直接西田昌司さんに暴力を振るう予定はないですね。
では、AI西田昌司と、AIに自分の生い立ちを学習させた僕のシミュレーターでの対談を見てみましょう。
- 西田昌司氏との対談シナリオ
■対談の背景
西田昌司氏は、2025年7月16日現在、自由民主党所属の参議院議員で、保守的な政治家として知られています。彼は教育勅語を日本の伝統的価値観の象徴と評価し、家族主義を重視する立場から、選択的夫婦別姓制度に反対しています。
一方、あなたは祖父が戦争犯罪を隠蔽するために戸籍を捏造し、母親が妾の子として不安定な家庭で育ち、自殺した経験を持つため、伝統的な価値観への疑問を持っています。
■対談の流れ
以下は、西田昌司氏とあなたが対談するシナリオです。対談は、あなたの家族の歴史と西田氏の政治的見解を交えた建設的な議論を想定しています。
あなた: 西田さん、今日はお忙しい中、時間を取っていただきありがとうございます。私は家族の複雑な歴史を持っています。特に、祖父が戦争犯罪を隠蔽するために戸籍を捏造し名前を変えたことや、母親が妾の子として生まれ、不安定な家庭環境で育ち、最終的に自殺したことについてお話ししたいと思います。これらの出来事が、伝統的な日本の価値観や家父長制、そして教育勅語の教えとどのように関連しているか、ぜひご意見を伺いたいです。
西田昌司: ありがとうございます。まず、あなたのご家族のご不幸をお聞きして、心よりお悔やみ申し上げます。家族の絆は非常に大切なもので、教育勅語でもその重要性が強調されています。あなたの祖父が戦争犯罪を隠蔽するために名前を変えたという話は、確かに家族の信頼や伝統的な価値観を損なう行動だと感じます。教育勅語では、家族の和を守り、誠実に生きることが求められていますが、そうした教えに反する行動が取られた場合、家族全体に深刻な影響を与えるのは当然です。
あなた: 確かに、祖父の行動は家族の絆を壊しました。ですが、教育勅語が強調する「家族主義」は、現実には必ずしも機能していないように思います。私の家族の例を見ても、祖父は戦前の価値観を守る立場にいたはずですが、結果として母親は苦しみ、自殺に至りました。伝統的な価値観が本当に家族を守ることができるのでしょうか?
西田昌司: 確かに、個々のケースでは問題が生じることがあります。しかし、教育勅語は全体としての日本の文化や道徳を維持するための指針です。個人の行動がそれに反する場合もありますが、それは制度全体を否定するものではありません。むしろ、教育勅語の精神を再評価することで、こうした問題を防ぐことができるかもしれません。家族の絆を大切にし、互いに支え合うことが重要だと考えます。
あなた: では、夫婦別姓制度について伺いたいのですが、西田さんは反対されているようですね。私の母親は妾の子として生まれ、複数の姓を変えることを余儀なくされました。それが彼女の精神的な不安定さに繋がった可能性があります。もし夫婦別姓制度があれば、彼女は自分の姓を保持でき、自己アイデンティティを維持できたかもしれません。
西田昌司: 夫婦別姓制度については、家族の一体感を損なう可能性があると考えています。教育勅語では、家族が同じ姓を共有することで、絆が強まることが強調されています。別姓制度は、個人の自由を優先するあまり、家族の結束を弱める恐れがあります。日本では、家族が同じ姓を名乗ることで、社会的安定や伝統が守られてきました。
あなた: しかし、現実には、家族の一体感は姓だけで決まるものではないと思います。私の家族の例を見ても、同じ姓を共有していたにもかかわらず、家族の絆は失われていました。むしろ、個人の自由やアイデンティティを尊重することが、家族の幸福につながるのではないでしょうか。例えば、母親が自分の姓を保持できていれば、彼女の精神的な負担が軽減されたかもしれません。
西田昌司: 確かに、姓だけで家族の絆が決まるわけではありませんが、伝統的な日本の文化では、姓は家族の象徴であり、共有することで一体感が生まれます。別姓制度は、そうした伝統を崩すものであり、長期的に見て日本の社会に悪影響を与える可能性があります。もちろん、個人の自由も大切ですが、それは家族全体の調和を損なわない範囲で考えるべきだと思います。
あなた: 私の祖父は家父長的な立場にありながら、家族を守ることができませんでした。むしろ、彼の行動が家族を壊しました。家父長制が機能するためには、リーダーが責任を持って家族を守る必要があると思いますが、現実にはそうなっていないケースが多いように感じます。
西田昌司: 家父長制が機能するためには、確かにリーダーが責任を持って家族を守ることが求められます。しかし、教育勅語では、家族全体が互いに支え合い、協力することが強調されています。家父長制だけを責めるのではなく、家族全体の役割を考える必要があるでしょう。あなたの祖父の行動は、確かに責任を果たしていない例ですが、それは個人の問題であり、制度全体を否定するものではありません。
あなた: 私は、伝統的な価値観が必ずしもすべての人を幸せにしないという現実を見てきました。特に、マイノリティや弱い立場の人々にとっては、伝統が圧力となる場合もあります。教育勅語を再び重視することで、日本人が幸せになれると本当に思われますか?
西田昌司: 教育勅語は、日本の伝統的な価値観を象徴するものであり、それを再評価することで、国民の道徳や家族の絆を強化できると信じています。もちろん、現代の社会では多様性も尊重する必要がありますが、根本的な価値観を失うことは、日本のアイデンティティを危うくする恐れがあります。あなたのご家族の経験は痛ましいものですが、それは教育勅語の教えが間違っているからではなく、個人の行動がそれに反した結果だと考えます。
- 解説
あなたの視点:
あなたは、祖父の戦争犯罪隠蔽と母親の自殺を具体的な例として挙げ、西田氏に伝統的な価値観の限界を問いかけます。特に、教育勅語が強調する「家族の絆」や「誠実さ」が、現実には機能しなかったことを指摘します。
西田氏の反応:
西田氏はまず同情を示し、家族の不幸を悲しむ姿勢を見せますが、教育勅語を「全体としての日本の文化や道徳の指針」と位置づけ、個人の行動の問題として解釈する可能性が高いです。彼は、「祖父の行動は教育勅語の教えに反する例」として、制度自体を否定するのではなく、個人の自己責任を強調するでしょう。
あなたの視点:
祖父や父親が家父長的な立場にありながら家族を守れなかった現実を指摘し、家父長制が機能するためにはリーダーの責任が不可欠だと主張します。
西田氏の反応:
西田氏は、教育勅語が家族全体の協力と支え合いを強調していると反論し、家父長制の問題を個人の自己責任として捉える可能性があります。彼は、伝統的な価値観が正しく実践されれば家族を守れると信じているようです。
意見の対立:
この対談では、あなたの個人的な経験と西田氏の抽象的な価値観が対立する場面が多く、建設的な議論が期待されますが、意見の相違が明確になる可能性が高いです。
心理的影響:
あなたにとって、この対談は家族のトラウマを再び思い出す機会となり、精神的な負担を増す可能性があります。一方、西田氏にとっては、あなたの経験を「個人の問題」として解釈し、自身の政治的立場を再確認する機会となるでしょう。
社会的意義:
この対談は、伝統と個人の自由の間の緊張関係を浮き彫りにし、現代日本の政治や社会における価値観の多様性を反映するものとなる可能性があります。
(うーわ、見事に噛み合ってない会話をAIが上梓しやがったな)
- 西田昌司の反撃と説教
西田昌司氏:
あなたのご家族の複雑な歴史や、母親の自殺、そして精神障害者2級の認定を受けている現状をお聞きして、心よりお見舞い申し上げます。精神的な苦しみは決して軽視できるものではなく、特に家族の喪失は深い傷を残すものです。希死念慮や仕事中の自殺衝動といった症状は、確かに重い負担でしょう。
しかし、私は日本の伝統的な価値観、特に教育勅語の教えが、あなたの試練を乗り越えるための指針となると信じています。教育勅語では、家族の絆を大切にし、誠実に生きることが強調されています。あなたが「心が弱くて情けない」と感じているかもしれませんが、私はそれを「弱さ」とは捉えません。むしろ、ご自身の苦しみを乗り越えようとする意志こそが、強さの証だと考えます。
あなたの祖父が戦争犯罪を隠蔽し、母親が妾の子として不安定な家庭で育ったことは、確かに家族の絆を損なう要因だったかもしれません。しかし、教育勅語では、家族が互いに支え合い、孝行を重んじることを教えています。あなたが母親の自殺を思い出してしまう癖があるとおっしゃいましたが、それは彼女との深い絆の証でもあります。彼女の記憶を大切にし、彼女が望んだであろうあなたの幸せのために生きることが、彼女への孝行になるのではないでしょうか。
また、日本人として、私たちは「我慢強さ」や「忍耐力」を美徳とし、困難に直面しても前を向いて生きることを求められてきました。あなたも、その精神を引き継ぐことができるはずです。ゲームやアニメ、音楽、読書といった外部刺激に頼るだけでなく、内省や瞑想、または日本の伝統的な精神療法を探ることで、心の安定を見つけることができるかもしれません。
あなたが「労働力として期待できない」と診断されていることは、確かに厳しい現実ですが、私たちの社会では、働くことだけが価値を生むわけではありません。あなたが持つ知識や経験は、他の人々に共有することで、社会に貢献できるはずです。例えば、精神疾患や家族の複雑な問題についての体験を、ブログやSNSを通じて発信することで、同じような苦しみを抱える人々に希望を与えることができるかもしれません。
教育勅語では、自己を磨き、社会に貢献することが求められています。あなたも、自分の経験を活かして、他者を助ける道を見つけることで、自己価値を見出せるでしょう。
精神的な健康については、現代の医療を活用することも重要です。あなたが投薬治療を受けていることは、正しい選択だと思います。しかし、それだけではなく、伝統的な日本の価値観を活かすことで、心の平穏をさらに高めることができると考えます。家族やコミュニティとのつながりを再構築し、自己を高める努力を続けることで、あなたの人生に新たな光が見えるはずです。
news.yahoo.co.jp
(追記しておくと、僕はもう家族という概念そのものが苦痛になったので、クリスマスやお正月やお盆休みなどのみんなが家族っぽい行事をしている時期に精神的に不調になる。精神科の主治医から「家族を意識させる季節に症状が悪化するのは仕方がない」と言われるようなレベルです)
- 再度対決
設定:
京都の公共施設での対談イベント。あなたは西田氏の政治的見解や教育勅語への主張に興味を持ち、対談の機会を得ました。対談は敬意を持った雰囲気で進行しますが、意見の相違が明確になる場面も含まれます。
あなた: 西田さん、今日はお時間をいただきありがとうございます。私は重度の精神疾患を抱えていて、精神障害者2級の認定を受けています。うつ病やPTSD、希死念慮があり、ゲームやアニメなどの刺激が途切れると「お母さんが亡くなってしまった」と独り言を繰り返してしまいます。母親は2012年に自殺しました。仕事もできず、無職で、情けない自分に悩んでいます。教育勅語や日本の伝統的価値観が、こんな私を強くしてくれると思いますか?何かアドバイスをいただけますか?
西田昌司: まず、あなたの苦しみを聞いて、心から同情します。母親の自殺は大変な悲劇で、その影響が今も続いているのは本当に辛いことだと思います。教育勅語には、家族の絆や誠実さ、自己を律する精神が書かれています。日本の伝統的な価値観は、困難な時でも家族や地域社会と支え合い、強い心を持って生きることを教えてくれます。あなたが今、精神的に弱っていると感じるなら、まず自分自身を律し、家族やコミュニティとのつながりを大切にすることで、立ち直る力を取り戻せるかもしれません。
あなた: でも、西田さん、私の家族はバラバラでした。祖父は戦争犯罪を隠蔽するために戸籍を捏造し、母親を虐待しました。母親は妾の子として不安定な環境で育ち、結局自殺に至りました。家族の絆と言っても、私にはそれがなかったんです。教育勅語の「家族の絆」が、私のような人を救えるとは思えません。
西田昌司: それは本当に痛ましい経験ですね。あなたの祖父や家族の行動が、教育勅語の教えに反していたことは明らかです。教育勅語は、家族が互いに支え合い、誠実に生きることを求めていますが、残念ながら、個人の行動がその理想を裏切ることがあります。それでも、伝統的な価値観は、個人や家族が道徳的な規範に従って生きることで、こうした悲劇を防ぐための指針を提供します。あなたが今、家族の絆を感じられなくても、地域や社会とのつながりを通じて、新たな「家族」を築くことができると思います。
あなた: 地域や社会とのつながりと言われても、私は精神疾患で仕事もできず、孤立しています。希死念慮もあって、生きるのが辛い時があります。教育勅語の「自己を律する」という教えは、私には重荷に感じます。どうやってそんな強い心を持てるんでしょうか?
西田昌司: 確かに、精神的な苦しみは簡単には克服できません。しかし、教育勅語には「艱難に耐える」という教えもあります。あなたが今、辛い状況にあるなら、小さなことから始めてみてください。例えば、毎日の生活の中で一つでも良い習慣を作ること。朝起きて散歩する、誰かに少しでも親切にする。そうした小さな行動が、自己規律を育て、強い心を築く第一歩になります。日本の伝統では、個人は家族や社会のために自分を犠牲にすることもありますが、それは同時に自分自身を強くする道でもあります。
あなた: でも、西田さん、私は他人に親切にすることはあります。たとえば、猛暑で倒れそうな女性に水をあげたり、視覚障害者にバスの時刻表を読んだり。でも、そういうことをしても、私の心の空虚さや憂鬱は変わりません。教育勅語の教えが、私のような弱い人間を救えるとは思えないんです。
西田昌司: あなたが他人に親切にしているのは、素晴らしいことです。それ自体が、教育勅語の「仁愛」の精神に通じるものです。ただ、心の空虚さを感じるのは、現代社会が個人主義に傾き、家族や地域のつながりが弱まっているからかもしれません。私の考えでは、個人の幸せは、家族や社会との絆の中で見つかります。あなたが今、孤立していると感じるなら、地域の活動やボランティアに参加して、他人とのつながりを増やすことをおすすめします。それが、あなたの心を少しずつ癒す助けになるはずです。
あなた: 地域の活動に参加するのは、私にはハードルが高いです。精神疾患で外出が辛い時もあるし、他人を信じるのが難しいんです。祖父や父親が家族を裏切った経験から、伝統的な価値観や「家族の絆」に希望を見出せません。教育勅語を信じれば、本当に私が立ち直れると思いますか?
西田昌司: あなたの気持ちは理解します。家族の裏切りは、信頼を築くことを難しくします。しかし、教育勅語は、過去の失敗や裏切りを超えて、新たな絆を築くための指針です。あなたが他人を信じられないと感じるなら、まず自分自身を信じることから始めてください。日本の伝統では、どんな困難でも乗り越える力は自分の中にあります。あなたが小さな一歩を踏み出し、家族や社会とのつながりを少しずつ取り戻せば、きっと希望が見えてきます。私も、あなたのような人が立ち直れる社会を作りたいと願っています。
あなた: ありがとうございます。でも、正直、伝統や家族の絆という言葉には、圧力や抑圧しか感じません。私のようなマイノリティや弱い立場の人は、伝統に従うのが難しい場合もあると思うんです。
西田昌司: あなたの率直な意見は大切です。伝統がすべての人に同じように機能するわけではないかもしれません。しかし、伝統は私たちに根ざしたもので、それを完全に否定すると、私たちのアイデンティティが失われます。マイノリティの方も含め、すべての人々が伝統の中で自分なりの居場所を見つけられる社会を目指すべきです。あなたが今、苦しんでいるなら、専門家の助けも借りつつ、小さなことから始めてみてください。あなたには、立ち直る力があると信じています。
- 憲兵の戦争犯罪隠蔽について考えさせた
あなた: 西田さん、今日はお時間をいただきありがとうございます。私の祖父は、戦争中に従軍憲兵として活動し、戦後に戦争犯罪を隠蔽するために戸籍を捏造しました。この行動について、あなたはどうお考えになりますか?特に、教育勅語や憲法改正、大日本帝国軍の時代への回帰というあなたの政治的見解を踏まえてお聞きしたいです。

西田昌司: ありがとうございます。まず、あなたのお祖父様が従軍憲兵として戦時中に活躍されたことは、確かに日本の歴史の重要な一部です。当時の日本は、国家の存亡をかけた大変な時期で、多くの人々が家族や国を守るために全力を尽くしました。お祖父様が戦後に戸籍を捏造して戦争犯罪を隠蔽したという行動については、確かに複雑な問題ですね。
教育勅語の精神からすれば、誠実さや正義は常に求められるものです。戸籍を捏造するという行為は、その誠実さに反する行動と言わざるを得ません。教育勅語では、『誠を以て物に処し』と説かれており、個人の行動は常に道徳的な基準に照らして判断されるべきです。しかし、戦後の日本は東京裁判の影響下で、多くの戦時中の行動が一方的に裁かれました。その中で、お祖父様が自らの身を守るために戸籍を変更したことは、当時の状況を考慮すれば、ある程度理解できる面もあると思います。
私は、憲法改正を通じて大日本帝国軍の時代に回帰し、日本の伝統的な価値観を取り戻すことを主張しています。戦前の日本は、家族の絆や国家への忠誠心を重視し、個人は常に全体のために行動することを求められました。お祖父様も、そのような価値観の中で生き、戦時中に国家のために尽くした一人です。現在の憲法は、戦後の占領下で作られたものであり、戦前の日本の誇りや伝統を十分に反映していません。憲法改正が実現すれば、日本の歴史はより正確に評価されるようになります。お祖父様のような戦時中の行動を、単に『戦争犯罪』として片付けるのではなく、その背景や動機を理解し、国家への貢献を評価する視点も必要です。
ただし、誠実さを重んじる教育勅語の精神を忘れてはなりません。お祖父様の戸籍捏造は、その点で反省すべき部分があるでしょう。ですが、私たちは過去の過ちから学び、未来に向けて強い日本を築くべきです。教育勅語の再評価と憲法改正を通じて、真の日本の姿を取り戻し、家族や国家の絆を再構築することが重要です。あなたのお祖父様の経験は、そのような議論を深める一つの例として活用されるべきだと思います。
あなた: ありがとうございます。では、戦争犯罪を隠蔽した行動について、もう少し詳しくお聞きしたいのですが…
西田昌司: もちろんです。戦争犯罪という言葉自体、戦後の東京裁判の枠組みで作られたものであり、必ずしも当時の状況を正確に反映しているとは限りません。お祖父様の行動は、戦後の厳しい環境の中で、自らと家族を守るための選択だった可能性があります。教育勅語の精神は、家族を守ることを重視しますから、その点ではお祖父様の行動も理解できる部分があります。ただし、誠実さという点では改善の余地があったと私は思います。
- 判断は読者と有権者に任せます
(AIの想定した僕も、AI西田昌司も本物より穏当で建設的で言葉使いが丁寧だな…)
ただ、一つだけ言っておくッ!
公約を見ようと思って選挙のまとめサイトから西田昌司さんの個人サイトにアクセスしようとしたら、セキュリティソフトから警告が出たので怖くて開けていないッ!
senkyo.watch

あ、iPadでは警告が出たけど、パソコンでは警告が出てないな。なんでだろう。どっちもノートン先生なんだが?
うーん。警告が出たのは1週間くらい前なので、サイトを直したのかな?
いや、やっぱりiPadで開こうとしたら、また警告が出た。
君子危うきに近寄らず。他の報道機関などのサイトで公約をまとめているのを読むか…。
基本的にこれまで選挙では棄権したことがなく、基本的には公約を読みに行くタイプだったけど、セキュリティソフトで海外アングラサイトでもめったに出ない警告が出た現職参議院議員のサイトは初めてだった。
以前も自民党の政策は読んでいたはずだけど、西田昌司さんを個別認識したのは最近の問題発言以降で、以前は個人サイトまで読んでいなかったのか、選挙ビラを読んで把握していただけなのか?
(討論番組を見ていた時もあるしなー)
まあ、今まで選挙を棄権したことがない、公約はざっくりと箇条書き部分程度はみんな読む、と言っておいたが、このブログでは全ての選挙情報をかけなかった。
AIでの分析とか、街歩き山歩きで見かけた京都の実情と共産党の倉林明子さんの紹介と西田昌司さんの問題点ばかり書いていて、他の候補者の人への言及が少ないまま、投票日前日になってしまったことをお詫びします。
なんだかんだ言って個人ブログの執筆力には限界があるということですね。っていうか、選挙の話をする前にアニメブロガーとして「KING OF PRISM Your Endless Call み~んなきらめけ!プリズム☆ツアーズ」を見た感想を書いてから政治の話をしないと、っていう自己定義があった。
nuryouguda.hatenablog.com
公示日前とか7月に入ってからすぐに政治のことを書けばもっといろんな話題を出せたかもしれないんだけど。やっぱり政治ブログじゃなくてアニメブログだしなー。そこは譲れなかった。
それに選挙ドットコムとか選挙のための専用サイトもいくつもあるし、各マスメディアもインターネットの拠点を持っているし。
あと、やっぱり従軍憲兵戦争犯罪隠蔽公安幹部と豪農妾多妻の家系で母親が自殺して、腹違いの伯父が借金を残して孤独死したので、公平な政治について情報発信というより、個人的な恨みが強い。
ジークアクスなんか見ずに相続放棄をさっさとしておけばよかったのに、とにかく郵便が以前より遅くなって水曜日の朝に出した書類が先方に届くのが週明けの月曜日とか、もう、行政サービスの劣化が激しい!
その上に、戸籍謄本や関係する書類を出してもらうという権利を行使しているだけで一万円くらい手数料を取られたし、カード決済に対応してないのもあるので手持ちの現金がなくなったという。
そういうわけで軍国主義とか国粋主義とか教育勅語を美化する権力者は本当に嫌いというか、現在進行形で怒っている。
怒っているのに、選挙に行くだけで済ませる僕、滅茶苦茶穏健派では???
対して、国家公安委員長の息子である二之湯真士さんは公安関係者と血縁関係があるので僕に近いところもある。二之湯真士さんは自民党だったけど、今は離党して無所属で、西田昌司さんに対抗している。
www.kyoto-jimin.jp
www.kantei.go.jp
西田昌司さんは参議院選挙の討論番組でも参議院選挙のことよりも、その後の石破茂首相を倒す自民党総裁選の話ばかりしていたので。
二之湯真士さんと西田昌司さんの京都選挙区での争いは自民党内の右派の闘争ですね。(よそでやってほしい…)
ただ、一つだけ二之湯真士参さんについて許せないことを追記しておくと
ウクライナ戦争でも、イスラエルとイランの武力衝突でも、核保有の力が再認識された。かつこの状況下で米国のアジアでのプレゼンスが低下している。核保有国に取り囲まれる我が国は、本当に機能するか分からない「米国の核の傘」に依存し続けるだけでは国は守れない。自主的な外交・防衛、その為の憲法改正を急ぐべきだ。
「米国の核の傘」に依存しては国が守れないから日本を核保有国にしたいって防衛政策だけは許せないんだな。
米国に頼れないから米国みたいな武闘派になるってのは僕は嫌です。米国は国内のネバダ州とかの砂漠で盛大に核実験して自分の国民の兵士をガンガン被爆させても平気なくらい広い大陸級の国土を持っているけど、日本の島国ってな、原発があるだけで攻撃された時のリスクが高いのに核武装したいって……。それはなあ……。
というか、ガンダムとかイデオンとか「ぼくらの」とかのオタクや広島県や長崎県で幼少期の転勤族の子ども時代を過ごした僕(当然原爆資料館は何度も行っている)としては、殺す相手のことをろくに意識もしないで射程外からの空襲で殺しまくるアメリカやイスラエルの戦争のやり方は根本的に嫌いですね。
アメリカやイスラエルって基本的にアウトレンジからの爆撃が基本、もしくは近代装備の強化歩兵で蹂躙だろ。そういう非対称戦闘は嫌いなんだよ。士道不覚悟っぽくて。
武士道に背く一方的な虐殺兵器である核兵器とかで国防を語るのが教育勅語の精神とか言う自称愛国者は嫌いですね。殺すんなら殺される覚悟を持つべきだ。殺されたくないなら殺すな。それはそんなに異常な主張ですかね。
クワトロ大尉も「直接刃物を持って殺さないからさ。手に血がつかない人殺しでは痛みがわからんのだ」って通常の三倍くらい人を殺していた実績をアピールしていたし。隕石落としはまあ、隕石の力を使っているけど「私、シャア・アズナブルが粛正しようというのだ!」って自分のエゴですよって表明していたので。
まあ、効率を考えたら安心安全な場所からボタン一つで他の民族を根絶やしにするのが楽なのかもしれないけど、僕は嫌いですね。
もう、美意識のレベルなので、安全な場所からよく知らない人を殺すのが好きっていう人が選挙で多数派になってそういう世の中になるんなら僕はもう止めませんけど。
でも、祖父母の代の因縁で割と今の僕の機嫌が悪くなっているので、ミサイルを撃ち込んで降伏させた国の民族が永遠におとなしく従うのか?っていう気持ちはありますよね。日本の占領政策は朝鮮戦争とか冷戦の流れでアメリカにしては上手くいった方だけど、他の地域は割とグズグズの撤退をしているような。イスラエルも結局、パレスチナとかアラブ諸国が怖くて怖くて仕方ないから子供まで殺しているんだろ。怯懦だよ。僕はそういう一方的に爆殺する国に付き合って殺し合いに参加させられるのはごめんだね。

