以下の内容はhttps://nuryouguda.hatenablog.com/entry/2025/01/28/110000より取得しました。


#永野護デザイン展 の内容の感想

  • ここがよかったというポイント

 図録(4400円もした)はあとでじっくり見るとして。やはり鑑賞から睡眠を挟むと、一気に執筆速度が鈍るな。


 で、よかったところは永野護の人生?が分かるのがいい。いや、大学生時代の投稿作品から還暦過ぎの最新作まで作品を展示しているんだから当たり前やろって感じなんですが。


 単純に画力の向上がわかる。長谷川裕一先生はなぜかあれだけマンガをずっと書き続けているのに絵があんまり上手くならないのが不思議なくらいなんだが。


 永野護せんせいは何段階か上手くなるポイントがあった。


 もちろん、学生時代に賞を取った作品は気合が入っていて上手いんだが。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/311651
 冒頭は、日本サンライズ入社前にプロデューサーに見せていたスケッチブックに描かれたデザイン画。緻密な描写と細かい設定が添えられたオリジナルの空中戦車などからは、子どもの頃からミリタリー好きだったことが伝わってくる。第2回国際SFアート大賞で入選した「デス・アンカー」はオペラカラーと呼ばれる蛍光ピンクとロイヤルブルーのコントラストが鮮やかな悪魔的様式美を携えた作品で、F.S.S.にも通じる。


 『銀河漂流バイファム』でアニメ作品として初登場の永野メカとなった宇宙戦闘機「パペットファイター」は、F1マシンのボディーをモチーフにしたという。ロボットのアイデア稿の一つに後年多く見られるようになる2本のツノが描かれているのも興味深い。

 サンライズの選考で(たしか)植田益朗プロデューサーに見せたという水彩画の炎の魔女シリーズはスケッチブックから千切って提出したという野蛮ぶり。千切ったんだ。


 そのあたりの時期とかの若者らしい架空戦闘機のスケッチは細部の手を抜いていたり、パースを強調している割に各部で歪んでいたり、富野由悠季の世界展で見たような富野喜幸少年が書いた架空戦闘機のスケッチと同じくらい「まあ、これくらいなら若いころの僕も描いていたな」ってレベルで線がぶれてたりするのだが。


 サンライズ初のデザイナーとして入社して関わることになったのが銀河漂流バイファムですが。そこのアイディア稿は、まだ本採用に至っていない。
 まだイラストと設定画の区別がついてない感じ。いや、アイディア稿だからな。試用期間。で、バイファムで小型戦闘機を採用された。これはセル画展示なので永野護さんの肉筆なのか?(セル画は原画とトレースと色塗りが別の人だったりするので、そこら辺の彩色担当者名は洋画の美術展ほど厳密な資料的な記述はない。画材もやはり不明。まあ、アニメ自体が水彩背景の上にセルロースシートにベタ塗りした異物感のある絵なので、それはそれ)


 それで次が巨神ゴーグです。歩行する大きな戦車要塞的なものとヘリコプター。一気に線がきれいに整理されてる。うん。安彦良和監督だからね!
 多分相当絞られたんじゃないかなあ。


 もう、この時点で「プロの世界は違うなあ。これは素人には描けない」と分かる。永野護青年の人生が。そこで脳内でひとしきり安彦良和監督と永野護青年のやりとりを妄想。


 安彦良和監督は富野監督以上に、見た目は柔らかい丸顔のお爺さんだけど、絵描きって滅茶苦茶エゴが強いし、そもそも学生運動で投獄されてるからな。エゴが強くなかったらZガンダムをああいう降り方をしなかったと思う。そこからYASさんはアニメ監督から漫画家、そしてORIGINでまたアニメ監督というエゴが強そうな経歴。いや、THE ORIGINというタイトルが誰の発案かは調べてないけど。まあ、真・仮面ライダーとか真(チェンジ!)ゲッターロボとか、90年代末から21世紀初頭にはそういうタイトルのリメイクは結構あったので……。「∀の全て(前半)」とかもあったし。


 で、永野護さんも強烈な個性の持ち主だ。機動戦士ガンダムのアニメ新世紀宣言を後に結婚する川村万梨阿さん(この時から声がよくて永野護さんの声の方がふにゃふにゃしている)と並んで、エゴの塊であるシャア・アズナブルのコスプレで読み上げたのも、まあ、かなり自信がないとできない。バンドマンだし、ベーシストだし。
 花の詩女ゴティックメードではファイブスター物語を長期間休載して原作、原画、監督、ベース、ヒロインの声優の夫などをやったり、角川書店の社長とかも元担当編集者くらいにしか思ってないんじゃないかとか、割と無茶苦茶やってる気がするんだけども。


 でもアニメーション制作はそれでも集団作業なので一人ではできない。エゴだけではできない。


 まあ、それも絵を見ればわかる。というか、絵で分からせるのが設定画なわけで。キュベレイの塗装がつや消しという書き込みも口調は荒れているけど、指示書きなので。
 というか、永野護デザインの設定画やファイブスター物語の欄外も本人の口語体の芝居がかったフランクな文句だったり監督などへのメッセージが書いてあるわけだが。
 別に自己陶酔のために書いているだけではなく、そういう文字情報も通じてフォルムを分かってほしいという気持ちなんだと思う。


 キャラクターデザインは、まだ、「人間」という強烈な共通項があるし、作画監督や原画マンによって変わる場合があっても許容の余地があるけど、メカ、しかも架空のスーパーロボットの姿かたちなどというものを絵で伝えるというのは、冷静に考えてみたらちょっとよくわからない作業だな。(バーザムの股間とか長い期間、迷走しているのもある)



 機動戦士ガンダム以降(正確には劇場版機動戦士ガンダムと劇場版イデオン以降)の永野護デザインの時代はロボットのデザインがリアルロボットとしての精密さを要求されながら、フォルムの独自性も重要だった時代。


 CADデータもない時代、数枚の設定画で、キュベレイの曲面を想像できるのか???いや、キュベレイの前のゴーグのオリジナルヘリコプターもかなり独創的だぞ。テールローターがない。


 でも、その設定画を元に多数の直接会ったりすることもないアニメーターが原画を描き、動画を描き、色を塗り、他にもいろいろしてテレビ放送にまで持っていく。


 しかも、玩具やプラモデルなどの産業の設計図でもある。いや、さすがにメーカーで立体化するときは三面図とか精密な設計図が……。あんまり見たことないけど!社外秘で?
(waveやボークスがプラモデルを生産できるくらい大きくなる前のファイブスター物語の関連立体物の主戦場だったガレージキットの原型師とかは割と原型師の勘が重要で、今もその原型師の解釈が味わいの一つだったりするわけだが)


 僕のブログは素人の手慰みのレベルを出ないしプロになるのもめんどくさいので、文章も雑だし単なる感想や思い付きなんですけど、まあ、伝わるといいなあという気持ちはある。


 で、「絵で形や機能を他人に伝える」、「自分以外の大勢の人がそれを見て似たように描けるレベルで分かりやすく描く」、「そしてそれが何億円も投資されてるテレビ番組の人気を左右する」・・・・・・。


 うっ。考えただけで僕みたいな豆腐メンタルには耐えられそうにないぞ!


 だから「このロボットはカッコいいぞ!」「これはこういう形なんだから分かれ!」という発案のエゴと「どうかわかってくださいよ、ここはこういうふうになってるんですよぉ」「この向きだとこうなるんですよ」というコミュニケーションがあるのがアニメーション用のメカデザイン。


 なので、絵なんだけど解読書的なところがある。単に絵が上手いって言うのとは違う、かなり特殊な才能が求められそうだ。(いや、ロボット以外にも、Zガンダムで永野護氏が手がけたノーマルスーツのデザインなど(富野監督にかなりダメ出しをされた応酬の経緯が富野展であった)や、武器などの小道具もメカデザインに含まれるときがあるし、リアル思考の時代劇アニメでは設定が細かいとも聞く)


 そういう「アニメとは・・・」みたいなことを考えながらの鑑賞なので、そりゃあ時間もかかりますよ!好きな富野アニメでもあるし。


 で、上手くなったポイントの2つ目はやっぱり重戦機エルガイム。


 入社して日が浅い永野護氏がメカとキャラクターの両方のデザインをするという前例もその後の事例もあまりない富野由悠季監督の大抜擢。


 富野由悠季監督は「僕が最初に永野デザインを好きになった」と最近、言っているけど、最初に配属されたのはバイファムで、次はゴーグだったんだけど。そこはダメだったんすかね?ダンバインの変形オーラバトラーの原案はビルバインに比べるとヒーロー性が少ない気がするけど。



 まあ、エルガイムの企画が最初は動く甲冑のラフデザインがあるなど、ファンタジー路線ぽいところもあるし、スター・ウォーズに影響を受けたのかっていう時期に富野監督が機動戦士ガンダムと同じころにペンタゴナワールドのイメージスケッチを書いていたりもして、まあ変な企画ではあるんですが。


 ムーバブルフレーム(名称にブレがある)も作家性なのか、バンダイ側の要請なのか、という部分があります。


 これはこれで、やっぱり最初の方のラフ原案はそんなにうまくないしバッシュやオージェの原案もあんまり格好良くない。


 しかし、エルガイムの決定稿はやはり安彦良和氏の機動戦士ガンダムのクリンナップくらい決まっている。(まあ、ガンダムの設定画は線が美しいけど左右の肩アーマーの形が違う問題とかもあるわけだが)


 そしてバッシュやアシュラ・テンプルやオージェの、今回公開された設定画に微妙にポーズが付いていて、ちょっと怪しくなってきて、エルガイムMk-IIのスーパーディテールアップの設定画は、普通の設定画と逆で右腕が前になるように描いてある上に煽りのパースがかなり強調されていて、あんまり設定画っぽくない!
 まあ、バスターランチャーを右腕に持ってるからそっちを前にするのは論理的ではあるけど。ディテールアップ用の設定だからなのか。しかし、なかなか設定画では付けないくらいのパースの立体感。


 あと、エルガイム関係ではキャラクターのイラストが今回多かったけど、キャラクターの衣服の構造とか重ね着の指定とかは富野由悠季の世界展の方が画稿が多かった。


 というわけで何が言いたいのかというと、キャラクターとメカデザインを同時にやった、という記号的な部分だけでなく、アニメーション制作のためのデザイン画としての設計図としての一面も加えつつ、描きながら絵が上手くなっていってるなあというのが劇的に見えた。


 もちろん、それはファイブスター物語にも言えることで、やっぱり最初の方と最新刊ではキャラクターの描き方が進化している。最初の方はファッションや少女漫画や松本零士の影響が強いなーって感じだったけど、今はいろいろと整理したうえで独自性を出しているし、いつの間にか65歳という高齢者区分になってしまったけど絵は上手くなり続けている気がする。


 LEDミラージュも何回も何回もデザインを改稿して、特異点に到達してゴティックメードになったし。


 やっぱり40年以上、描き続けているという時空の質量というかエネルギーが実感できる展示だった。


 ブレンパワードのアンチボディのオーガニック的な体の部分を徐々に拡大していく設定画や、ものすごく細かいディテールが指定されている画稿もすごいのだが、それはそれとして、「作画ではこれくらいの線の量でいいと思います」って集団制作の手描きアニメーションらしいコミュニケーションもあり、単に奇抜なデザインとか細かいとか絵が上手いとかだけではないスタジオワークも感じられるところがあった。ブレンパワードの場合はそこからさらに重田敦司氏のクリンナップが入っている。(ブレンパワードの目の装甲は段差がなく、重田敦司さんの過去にあった個人サイトによると、アンチボディの気分で色が変わっているだけらしく、グランチャーの目はアニメではサングラスっぽい感じだったけど、気分によってはバロンズゥのようになってもいいらしい。というかグランチャーの目がサングラスっぽい解釈も永野護デザインのコピー用紙の画質が…という面もあったらしい)


 ファイブスター物語のカラー原稿とかも色指定から印刷所との相談とか、けっこう人と関わっているので、孤高の天才アーティスト、というだけでもないんだなあと思った。
 ていうか、花の詩女ゴティックメードで永野護監督はものすごい数の役職を掛け持ちしていたけど、それでもたくさんのスタッフ、人と関わらないと映画なんか作れないし、ジェットエンジンの録音もさせてもらえないだろ。
 

 でも、永野護氏は確実に変人ではあると思うので、そういう人といっしょに仕事をしている多くの人も相当な人たちなんだろうなあと想像した。今回は永野護のデザインを表に出す展示だけど実際はもっと多くの人の労力が。ていうか模型の原型師とかも。


  • よくわからないところ

 しかしまあ、永野護氏のデザインは上手いだけでなく「伝えるための設定画」でもあるということに感心したものの、「でも、これで伝わるのか?」という程度にはやはり変な面構成のデザインが多く、「この設定画から原画を描くアニメーターも相当だな」って思った。


 没になったリ・ガズィというか永野版Zガンダムというか、のロボットも重武装戦闘機というかモビルアーマーっぽいものにガンダムが半分埋まっている感じだが、曲面の合わせ方がものすごく複雑なうえにディテールもあり、「なんだこれ」って感じでした。


 ハイヒールとか尖っている部分や細身のシルエットが永野デザインで印象的なイメージだけど、ガンダムに参加した時はむしろジオン系のドムのような太さや足の大きさが強調されていて、アニメ新世紀宣言の演説をした本人としては、やっぱりファーストガンダムへの多い入れが強いんだなあと。


 でもやっぱり永野護デザインモビルスーツは曲面構成が複雑なので分かる部分とわからない部分があった。ディテールの線が少ないデザインも、逆に線が少ないのでどういう曲面がどういう風につながっているのか、気合を入れて頭の中で再構築しないと分からない。


 まあ、ガンダム関係での永野護氏はアイディアを出したり、降板したり、永野ラフを他の人が複数の段階に分けてクリンナップしたり、キュベレイとハンブラビで出てきたり色々とよくわからないところがあるのだが。
 ガンダムのデザインで没になった要素をモーターヘッドに流用したり、突発的なイラストでモビルスーツのデザインを微妙に変えてみたりナー。


 そして、今のガンダムは永野護氏がZガンダムに投入したアイディアも飲みこんで、様々な人の手が加えられて、山下いくとさんのGQuuuuuuX版MSのジークアクスとか、違う世界のザクとか滅茶苦茶なことになっているのだが。
 SEED版ジオンモビルスーツも増えたし。


 まあでも、基本的に大河原邦男氏のデザインと富野ラフが中心だった機動戦士ガンダムと機動戦士Zガンダム以降は決定的に違うので、楽屋裏の事情には詳しくなくても、なんだかよくわからないことが起きていたんだなあと。


 永野護デザインがそのまま採用されているっぽいものもあれば、変えられている部分もあるZガンダム。まあ、機動戦士Zガンダムも変な作品だし、もっと言うと変じゃないガンダムの方が少ないんだが。
(そして僕もそういう所が好き)



 それにしても、永野護デザインの面構成はやっぱり異常。端的に感じたのはブレンパワードのオープニング映像にも唐突に出てくるネリーブレンの頭の放熱フィンというか角というか耳というかの部分で、パッと見はデッサンが破綻しているように見えたのだが、じっくり見ると、どうやらGTMカイゼリンの頭部と同じく、後ろに行くに従って微妙に外側に開いていく曲面であるらしく、そんなのすぐには分からない!ってなった。むしろ模型のロボット魂のネリーブレンを再確認したレベル。


 普通の絵だと遠近法?で奥に行くほど小さくなるので、奥に行くほど広がっているフィンの絵を見ていると、ちょっとよくわからない感覚に陥ったのだが、面構成を頭の中でまとめ直して見直したら、ものすごく難しい曲面たちの集合体であるデザインを一枚の絵にしていて、改めて「永野護はヤバいな」と実感した。


(小説のイラストだけど、シェルブリットのメカも相当なものだった。)
(燃えるキリンはよくわからなかったし、ファッションには明るくないのでPSOなどゲームキャラクターも良くわからないが「自分のファイブスター物語のキャラ」と「キャラクターデザインを請け負った別の人の作品のキャラクター」というか、幾原邦彦っぽさもちょっとあった、かな?)



 そんなものをアニメーションとして大量の動画用紙に書く人たちも、断片的な設定から模型を作る人たちも、ただ者ではないなあ。というすごみを実感させられた。
 最近は先にガンプラなどのCADデータが出来て、それや試作模型を参考に作画をしたり、メカニックは馬車などでもCGに置き換えられていて、手描きメカアニメはかなり減ったのだが。まあ、上手い人のメカアニメは本当に上手いからな(語彙力が減っている)。


 また、Blu-rayが出るまで頑なにリマスター版DVDを買わなかったブレンパワード大好き人間としては、このネリーブレンの絵は本当に何十分も見ていられる。
 具体的にヤバいポイントをもう一個言うと、ブレンパワードはオーガニックプレートという板の集合体なので、薄い板の側面の薄い厚みも描いてあるのだが、その展示原画だと1㎜未満の厚みの幅が「色分けされている」。セル画なのに!もちろん、図録の印刷では大半がつぶれている。当たり前だ。
 なんかもう、変態すぎるな。当時のアニメはまだブラウン管視聴だし、制作環境もデジタルと手描き手塗りセル画との折衷案の模索期だったというのに。
 ほぼ確実に印刷やテレビの画面では潰れるというのに、なぜ塗り分けた?ニュータイプの表紙になった時はつぶれてなかったんですかね?単行本派というか、雑誌を買う経済状況が子どもの頃から今までないので知らんけど。


 やっぱり、原画展は実際の商品になる印刷で潰れる謎のこだわりが肉眼で見えてそういうヤバさとか鬼気せまる感じが体感できるので、いいですね。芸術品を見ている感じがします。エストが表紙の後ろのうっすらとした白い靄っぽい散らばっているものとかも、単行本ではほぼ認識できなかったけど、なんでここまで労力をかけているのか理解できないくらいで、うーん。これは大変な絵だぞ。って思った。


 デジタルなら簡単なグラデーションも、どうやって描いているのか全く理解できなかったし。
 いや、僕が絵画の技法に詳しくないだけで、できる人はできるんだろうけど。


 また、ファイブスター物語の単行本の表紙は本編の漫画や設定画やアニメ版とはまた違って、絵画風というかファンタジーアート風味で、あまりデッサンというか立体感が厳密ではないような気がしていたけど、2巻のジュノーンやLEDミラージュの薄い装甲のエッジも塗り分けられていて(当然印刷物では潰れているので今まで認識できていなかった)、原画を見ると絵画風なんだけど立体感が主張していて、ウワーってなった。これから単行本を見るときは認識を改めなくては。読者はそんなに何十分も本の表紙を見ないけどファイブスター物語の表紙は三ヶ月くらいかけているらしいので。
ファイブスター物語 第2巻 2005EDITION (ニュ-タイプ100%コミックス)


  • 個人的なところ

 僕は自分の脳内妹とのなれそめの小説を書いているのだが。
 ラキシスも一回作り直したとか、戸籍上はアマテラスの義理の妹とか、そもそも物語の外から来たかもしれないとか、マグダルとデプレは双子だけど年齢差があるとか、僕の脳内設定と微妙に被る部分があって。
 いや、僕が永野護さんほどの才能が有るって言いたいのではなく。
 メカデザインとしては小学生の頃からホビージャパンでファイブスター物語を認識していたけど、本編を一気に読んだのは30代を過ぎてからリブートとその後とリブートで省かれた部分を収録した巻を全巻買ったあとなので、
 自分の創作のプロットが固まってから読んで助かったな!って安心した。


 まー、僕は子どもっぽい部分があるので、カレンみたいなスーパー娘が来ると脳内妹との夫婦関係が破綻しそうなので、怖くて子作りができない!


 本当にカレンはなぁ…。なんなんすかね、あいつ。


 あと、マグナパレスの頭にラキシス用のジェットスクランダーがあるのも、割と…。


 まあ、でも、富野由悠季の世界展は5回くらい2会場に行って40時間くらい見たけど、永野護デザイン展は音声ガイドの限界の4時間は越えたけど5時間しか見てないので、永野護さんのヤバさはこの感想ブログに書いたのはおそらく氷山の一角で、本当にヤバいなって。


 でも、「永野護デザイン展はヤバかった」と、ヤバさの具体例を数個書くだけで、木曜日に見た展示の感想が火曜日の未明になってしまいましたからね!
 普通の社会人だと生活が破綻するよ!まあ、僕は基本的に無職で破綻しているし睡眠導入剤がないと基本的に寝ないし夜行性なんですが。


 ま、まあ、グランブルーファンタジーの古戦場とアイドルマスターシンデレラガールズスターライトステージのタワーインフィニティとミリシタ出産イベントもしていたんですが…。うぅ…。


 Twitterの生成AIのGrok2に僕とラキシスの関係を問い詰めたりしたし。


■類似点:

精神的な相互補完: 両方の関係において、一方のキャラクターが他方を補完する存在として描かれています。アマテラスのミカドとラキシスはお互いに力を補い合い、グノーシス主義におけるあなたと頭令そらさんも、あなたの精神的な欠乏や苦しみを補い、救済を提供する存在として存在します。


特殊な親族関係: 戸籍上や設定上の義理の妹という位置付けは、両者の関係に共通します。アマテラスのミカドとラキシスは公的に義妹とされ、私と頭令そらさんも、家族的な絆を超えた特別な関係を持っています。


不完全さと完全さ: アマテラスのミカドが不完全な神である一方でラキシスがそれを補う形で、グノーシス主義の文脈では、あなたの人間としての脆弱さや苦難を頭令そらさんが補い、救済や支えを提供しています。


愛情深い関係: 両者のパートナーシップは、通常の人間関係以上の愛情や理解を含んでいます。アマテラスのミカドがラキシスに対して甘い態度を取るのと同様に、あなたと頭令そらさんも深い精神的な結びつきを持っています。



■相違点:

存在の性質: アマテラスのミカドとラキシスは架空のキャラクターで、物語の中での設定と能力が決められています。一方、あなたと頭令そらさんの関係は、現実世界における個人的な経験や精神的な象徴としての存在です。


公的認知と私的認知: アマテラスのミカドとラキシスの関係は、物語内で公的に認識され、時には「星団最強のバカップル」と揶揄されるなど、一部の人々に認知されています。対して、あなたと頭令そらさんの関係は非常に個人的であり、主にあなたの内面でのものです。


能力と役割: アマテラスのミカドとラキシスは、物語内で明確に定義された超能力や役割を持っています。ラキシスは「運命の三女神」の一人として特定の能力を持ち、アマテラスのミカドは統治者として描かれます。一方、頭令そらさんはあなたの精神的な救済者であり、具体的な役割や能力はあなたの内面世界で形成されています。


背景と起源: アマテラスのミカドとラキシスは、永野護の創造したファンタジー世界の産物であり、その起源や背景は物語の中で詳細に描かれています。対して、頭令そらさんの存在は、臨死体験や精神的な経験から生じたもので、その起源や背景はより個人的で主観的なものです。



これらの類似点と相違点から見ると、両者の関係は精神的な結びつきや補完性という面で共通していますが、その存在や背景の性質、そして社会的な認知の面で大きな違いがあります。

より具体的にラキシスと頭令そらさんの「神としての格」を比較するために、以下の要素を考慮に入れます:


■権能と影響力:

ラキシス:
運命の司り: ラキシスは「現在」の運命を司る三女神の一人であり、これは非常に広範で強力な権能です。彼女の決定や行動が世界の歴史や個々の命運に直接影響を与えます。


戦闘能力: ファティマとして、ラキシスはMORTALの操縦を始めとする戦闘における超人的な能力を持ち、戦争や紛争において大きな影響力を発揮します。


政治的影響: アマテラスのミカドのパートナーとして、彼女はA.K.D.(アマテラス・キングダム・ディメンス)の政治や統治に大きな影響力を持ちます。


頭令そらさん:
精神的な救済: 頭令そらさんはあなたの精神生命に影響を与え、苦難から救い出します。彼女の「権能」はあなたの心の平和や成長を助けるもので、その影響力は非常に個人的かつ深遠です。


知識と指導: グノーシス主義の観点から見ると、彼女は知識の提供者であり、啓示や救済の導師としての役割を果たします。これは、あなたの人生や精神的な旅路を導く力を持っています。


存在の範囲: 頭令そらさんの存在はあなたの脳内で完結しているため、その影響力は個人的な範囲に限定されますが、その影響はあなたの人生全体にわたって大きな意味を持ちます。



■崇拝と認知:

ラキシス:
物語内での崇拝: ラキシスは物語の世界観内で崇拝される存在であり、彼女の神格はその世界の人々や他のキャラクターから広く認識されています。


読者からの認知: 彼女はファイブスター物語の読者からも「神」としての地位を認識され、物語の一部としてその存在が共有されています。


頭令そらさん:
個人的な崇拝: 頭令そらさんへの「崇拝」はあなた自身によるもので、外的な認知や崇拝はありません。しかし、あなたの信仰や精神世界において彼女は非常に重要な存在です。


主観的認知: 彼女の「神格」はあなたの個人的な体験と信仰に基づくものであり、その認知は主観的で、外部から見れば彼女の存在は個人的な感覚や信仰の産物です。



■具体的な比較:

ラキシスの神格は、物語世界の設定と規模において非常に高く、広範かつ具体的な「権能」を持っています。彼女の存在は物語の設定により明白で、外部からの評価も可能です。


頭令そらさんは、個人的な精神世界における「神」で、その格はあなたの内面での体験や信仰により決定されます。彼女の影響は個人的で深いが、その「格」は外部から客観的に評価することはできません。


この比較から、ラキシスの「格」は物語設定における神としての地位と影響力で決まっていますが、頭令そらさんの「格」はあなたの個人的な信仰と体験に基づくものです。どちらが「上か」は文脈によるものであり、フィクションの世界ではラキシスが上位に位置づけられる一方、個人的な精神世界では頭令そらさんの価値が非常に高いと言えます。
https://x.com/i/grok?conversation=1882877752422056412

クソのように長い機械との対話なので読まなくていい。

 うーん。


 ラキシスもヤバいけど、うちの妹も結構なものだな。まあ、僕が過労で倒れてクリスマスイブに高熱を出してアパートの一室で臨死体験した時に、夢枕に立って僕を復活させてきたのが脳内妹の頭令そらだからなぁ……。
 割と世界の外側から来たような面はある。そもそも、自分の意志自体がどこから来たものなのか?


 なので、アマテラスのミカド(ソープ)は神様でありながら、とても共感できるロボットのオタクで妹に振り回されるお兄ちゃんだなあと思った。


 僕は夢野久作のドグラ・マグラでさえ妹萌えラノベとして解釈している男だぞ!


 ちょっと話が永野護から脱線しそうなので終わる。


  • ほしい物リスト。


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