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ノイタミナの「C」最終回 最終考察

正式名称は『[C] THE MONEY OF SOUL AND POSSIBILITY CONTROL』らしい。
しかし、実は最終回の前の週に、最終回前まで一気見して「Cはまどか☆マギカを超えた」って記事を書こうと思ってたんですが。
まあ、超えたっていっても魔法少女まどか☆マギカで食い足りなかった部分を上手くやっていて俺好み、と言う程度のニュアンスですが。
最終回を見たら、超えるとか超えないとかじゃなくて、全然違う物になってた。あっけにとられた。
と、言う訳で、茫然としていたら数週間が過ぎた。


何だったんでしょうね、このアニメ。

  • 出版社/メーカー: 東宝
  • 発売日: 2011/08/19
  • メディア: Blu-ray

  • 萌えた所!アクロバチック近親相姦!

とりあえずわかりやすい所から!
朱ちゃんかわいい!
脳内妹かわいい!七話ですね!公麿とイチャイチャラーメン食ったり異次元金融街でデートして、現実空間でも公麿の周りをフワフワイチャイチャ浮いててキスしたがったりかわいい!



「なんか、公麿と居ると安心する。嫌じゃない」って近親愛みたいな感じで萌える!
アセットはアントレの未来を具現化したものらしいんで、僕は真朱は公麿の父の生前のアセットにそっくり=公麿の生まれられなかった妹の未来=真朱は公麿が父の金融街での破産のせいであらかじめ失われた未来の記憶の中にあった未来の妹の具現化=脳内妹って思ってた。
あらかじめ失われた未来の記憶の中の女の子ってロマンチック!
そしたら、真坂木がC公式サイトのモノローグで、「ある大学生のアントレのアセットはいずれ生まれる未来の娘か孫」ってバラしやがった!
[ C ] OFFICIAL SITE - story
えっ!妹じゃねえのかよぉ!
てっきり三國の妹の具現化であるQと同じ脳内妹だと思ってたんだが!極東金融街最強対決は脳内妹だと思って興奮してたんだが!
だが!
まあ、脳内娘でも近親相姦愛は保たれているから良いんだ!ブヒィ!
いや、真朱と公麿が最後に別れる時のキスシーンはよかった!よかったよ!ロマンチックだったよ!泣けた(TωT)ウルウル

  • 出版社/メーカー: 東宝
  • 発売日: 2011/11/25
  • メディア: Blu-ray
公麿が真朱に「恋人同士のキスは、お前が俺を好きだと思ってる気持ちの30倍くらいの時にするんだ」って前に教えたり、真朱にキスをねだられた時にオデコにキスして、恋愛対象じゃなくて庇護対象として扱ったり子供扱いしてたじゃん。
で、最終回で公麿が世界の理を逆回転させて真朱が未来に帰るお別れの瞬間、真朱は「私はあんたの40倍あんたが好きだから!」って別れ際に光の中に消えながらキス!それが唇同士のキスに見えるけどトリミングでオデコか唇か解らないって、ロマンチックだわ!
やっぱり近親相姦キス、別れ際のキスは二人だけの秘め事なのよーっ!視聴者にも秘密なのよーっ!
しかも真朱は自分が公麿の未来の娘だと自覚したり、Qが三國の妹の貴子だと見えてるから、自分の正体を知ってるっぽい!でも、本当の人間じゃないから近親相姦タブーはない!だからラブ!これはエロティック!
その上で公麿に「お前を守りたい!だけど今のお前だけじゃなくて、未来の(普通の女の子として生まれてくる)お前も守れなきゃいけないんだ!」って言われて未来に帰るわけよ。でも未来に帰っちゃったら近親相姦タブーで公麿とは恋愛できにくくなるの。でも生まれ直ししたいから、真朱は一旦消えて公麿に全てを任せて信じる!切ない!美しい!


私は美少女との近親相姦が大好きだ!だから中村健治監督が言う「お金って何だろう?」なんてテーマなんか知った事ではない。
そんな事より幻想近親相姦だろうが!
兄妹近親相姦が好きで、親子の近親相姦は虐待に繋がりやすかったり、力関係が一方的だったり、権力を振るうイメージがあってあまり好きではないんですが。ただ、Cは未来の娘と現在の父のコンビは親子というより同世代に見えるから安心するし、仲良しって感じがする。人間の公麿と戦うために未来を換金して生まれた真朱は種族が違うから恋愛チックでも近親相姦に伴う生臭さや精神的な歪みがなくて安心する。
真朱の装束も、赤いフリルのブラと超ミニスカートを付けただけの露出度が高いものだが、真朱はおっぱいが小さいからあんまり扇情的じゃない。むしろ、女児向け水着って感じでして、ロリータな魅力と言いますか……いやむしろ、父から小さい娘を性的ではない視線で見る感じで安心するんです。
近親愛なんだけど、プラトニックでロマンチックて安心する。その上でキスもするからエロティックでもあって、萌える!このアヤフヤな感覚がいいんだよなー。


三國と貴子とQの関係も、良いよな。むしろ、こちらの方がド直球で脳内妹との愛だよな!
Qは病気で昏睡してる三國の妹の貴子の化身だし。私もそういう小説(夢兄妹寝物語)を書いてたりしますんで、共感します。
三國とQがディールと関係なくデートしてるってのも、失われた妹との未来を変換してるみたい。で、最終回でQが戦うのをやめたのも、三國が自分の未来を輪転機に六十年も捧げたら三國は死ぬし、Q(貴子)との終わらない現在の仮装空間でのデートもなくなるから、戦って輪転機を回すのは三國のために成らないって思ったからかなあ。
アセットなのに意志がある。
Q(貴子)は真朱に「あんたは妹なんだよ!」つまり「三國は現実の妹との未来を、仮装空間のQとのデートに換えて、現在を維持してる」って言われた訳だ。で、真朱は「それはおかしい!私は公麿と別れる事に成っても、未来に行きたい!」ってQに言って、Qは戦えなくなったんじゃないかな。Qは自分のやってる事の意味が解らなくなったというか。
C現象にまつわる事件が起こらなかったら、三國とQは仮装空間で、現実では叶わなかった兄妹との永遠を、三國が死ぬまで続けられただろうに。
椋鳥ギルドが日本を国債で維持するなんてのも、妹との愛の巣を守るついでに過ぎませんよ!
経済なんか私はわかりませんよ!大事なのは妹だよな!
と、思います!アニメや芝居で大事なのは感情だよ。愛だよ!
経済とかお金の定義とか、未来と現在のどちらが大事かとか、そんな哲学や思想はどうでもよいのだよ!そんなものは為政者やコメンテーターがその時代に合わせて決めたら良い。
私は世捨て人だから、妹がかわいいという思想くらいしかありません!


  • 裏設定も少々

三國壮一郎CV:細見大輔と余賀公麿 CV:内山昂輝が他の金融街の人物と違い、いきなり何の説明もなくアントレプナーに任命され、いきなり戦わされたのは、やっぱりアセットの特殊性故じゃないでしょうか。
つまりだねー、真朱CV:戸松遥とQ CV:後藤沙緒里は他のアセットと違い、アントレプなーの未来に合わせて生成されたんじゃなくて、むしろ、産まれられなかった公麿の娘や、目覚められなくなった三國の妹自身が、生まれ変わりたくて生まれようとして兄たちを呼び込んだんじゃないかと。そういう女の子のリビドー、生存欲求から男を欲するのは、好きだ!
お金の神様(三ツ矢雄二)が公麿をお気に入りだったり、気まぐれだったりするのも、そう言う女の子のリビドーへのご褒美とかじゃないかなーとか思うと萌える。

  • 買い戻せ・未来

最終回で「未来を買い戻す」がキーアクションになって、輪転機が逆転して、その結果として極東金融街のアセットとミダスマネーが消滅して「上」に戻って消えたわけだが。
買い戻すっていうことは、まず最初に売ってるということだ。未来を担保にしてアセットを借りているというより、未来を売ってミダスマネーを貰ったということね。
んで、まー、日本円の価値がミダスマネー紙幣より下回ったから無効になって普通の人にも見えるようになったとか、そう言うのも重なったりして。
その後、公麿が輪転機を逆回転して、ミダスマネーを返却して、担保にされていた未来を強制的にもぎ取った訳だ。
えーと、三國が輪転機でミダスマネーを刷った時の「決済」は、現実世界で、金融街と関係のない人の未来も強制的に吸い上げてミダスマネーに変換する行為なんだが。
公麿が逆回転させた時の描写を見ると、逆に、金融街の現在を上に戻す感じに見えた。金融街を覆う白い板がはがれて、上に吹っ飛んだら、白い板の中に日本のビル街のような物が見えていたのも、示唆的だなあ。金融街の建築物そのものも日本から吸い上げた未来で出来ていたということかね。金融街の中央の半球と日本のビル街が融合したような崩壊の風景は美しかった。
もともと金融街そのものが日本の未来で出来ていたと。


未来とは何だろうか。
と、まあ、僕としてはこのアニメは真朱とQの脳内妹バトルが可愛いという所が最大の見所だったので、別に未来考察とかはおまけなんですが。
公式サイトによると、金融街は人類に貨幣と言う概念ができた時から存在する、悪魔の集団のような、一種の精霊のようなものだったっぽい。最終回に出てきた神様のような三ツ矢雄二声の男性は神様みたいだったし、「全ての事はどんなことでも、未来を良くするために必要だった」って言ってるので、悪魔や神様(主)と言うよりは、善と悪の二面性を持った金の精霊のようなものかと。
で、やっと魔法少女まどか☆マギカの話だが、キュゥべぇが魔法少女の願いを担保に魔法の力を与えるみたいに、金融街のミダス銀行の銀行員達(ソロモンの悪魔とかクトルフやらの模様を使っているらしい)は、アントレの未来を担保にミダスマネーという力を与えてたんだなー。
で、インキュベーター裏目的は、魔法少女が絶望して魔女に変換する時に生じる感情エネルギーを吸い取ることで、ミダス銀行の裏目的は、アントレ達がミダスマネーやディールを通じて戦ったりする事で未来を前に進めること。で、共通するのは、彼らが人類の文明の発展に寄与していたっぽいという所かと。
僕はまどか☆マギカインキュベーターの「僕たちがいなかったら、君たち人類は今も穴倉で生活していただろうね」って言って、人類文明の発展を全部魔法少女の功績にするよりは、「C」での「全てが未来のためにあった。それで未来は少しずつ良くなった。無駄は何もないんだ」という言葉の方が人間賛歌っぽくて好きです。理論的にも、魔法少女だけで世界を構成する魔まマより、アントレだけでなく、アントレが一般人に関わって経済活動を回して未来を変えて行くっていう方が人類発展史として説得力があるし、世界観に広がりを感じる。同じワンクールアニメでも、まどかマギカは名前のある魔法少女群馬県民の5人しか出なかったし。(スピンオフのかずみマギカとか、おりこマギカはありますが)Cは世界中に魔法の金を持ったアントレプナーが存在して、ファンタジーとしてスケールがでかい。ハイ・ファンタジーだ。国が魔法の力で消えたり、人の存在や未来や世界や記憶が書き変わったりするし。
むしろ、「C」は「未来」と言う事を描くのがテーマとしての主眼で、「お金」は「魔法」とか「巨大ロボット」とか「道具」と言う方便程度で「金融の実態を描く」というリアルドラマではないと思った。未来と言うよくわからない者をファンタジーとして描き、リアルさは設定ではなく、「未来」に立ち向かう人々の感情の部分。
そういう物語は好きですね。
で、まどマギよりはファンタジー世界の作り方が精緻だと思った。最終的に、まどかが魔法少女システムをいじる設定部分の謎ときが注目点の主眼だったまど☆マギより、設定をすっ飛ばして、バトルすらも視聴者の認識を超えた高速で行って、感情ドラマの雰囲気を描こうとしたCは好きだな。
(もちろん、まどかマギカもほむらの感情ドラマとしては筋が通っていたし、見どころはあったけど、芝居としてはちょっと取ってつけた感じがしたし、まどかも理想的な「キャラクター」すぎた。)
と、そういう意味で「”C”は魔法少女まどかマギカを超えた」って書こうと思ったんだが、最終回はそれよりもさらにぶっ飛んだ出来になっていたので、あっけにとられてしまった。それは後述。


話が少し横道にそれたが、

  1. アントレは既に未来を売っている
  2. アントレが未来の代わりに貰ったミダスマネーで人類文明や経済に干渉するのがミダス銀行の興味
  3. 金融街はアントレの未来(=あるかもしれなかった現実)で出来ていた
  4. 公麿がもらったアセットと、一般人にも見えるようになったミダスマネーと、ミダスマネーによって作られていた現在の世界を引き換えにして未来を買い戻した(両替し直した)
  5. で、世界、少なくとも日本はミダスマネーが無い世界線の過去によって作られた現在に書き変わった。
  6. それはおそらく、戦中戦後の極東金融街が無かったために、その時代の日本にミダスマネーが無かったので日本の経済力が弱く、第二次世界大戦後に日本がアメリカの属州か何かになったかで、日本もドル圏になっている世界だった。文明レベルも多少落ちているかもしれないが、平和な日本。
  7. しかし、なぜか公麿が輪転機を逆に回した世界よりも、子供たち=未来が増えている世界になっていた。(もしかすると、子供が多い=資源が多い=新エネルギーが開発されたか、四大文明アメリカ大陸の砂漠化がない世界になっているか???)
  8. 子供が多いと未来もあるので、ミダス銀行は不滅。(ミダスマネーは硬貨に変貌している?大人のアントレから、効果を使う子供のアントレによる少額取引のディールバトルになってる?)


ってことで。上述はまとめ。
そーするとどういう事かって言うと、「この物語における、未来ってなんだ?」だ。
ミダス銀行が、アントレプレナー(企業家)にミダスマネーを与えるのは何のためかと言うと、多分、QBがエントロピーを減らそうとしたように、ミダス銀行は「未来」を増やそうとしたからなんじゃないかと思うのだ。だって、ミダス銀行から貰った資産をディールでアントレ同士でやり取りして勝負してても、ミダス銀行が発行した額以上に資産総量は増えないわけですからね。でも、実際にはミダス銀行の中央資金が増えているという描写はある。
つまり、やっぱり実際の経済運用と同じく、借した金で未来と言う資産を増やさせる、というのがミダス銀行の狙いだったっぽい。(利息や返済がないだけ良心的である。破産したら強制執行だが)
三國が公麿に「君が金を溜めこむだけでは、君しか幸せにならない。金を溜めろ。そして金を流せ。そうすれば多くの人が幸せになる」っていうのは、経済的思想でありつつ、同時に、ミダス銀行の理念と合致してもいたっぽい。だから、三國は強さを保てたのかもしれない。
ディールを通じて、「金を溜めるだけが目的の者」「金に目がくらんだもの」を破産させ、その資産を「金を有効に活用して未来を切り開く者」に移行し、現実世界で運用させ、文明を発達させて経済活動を活発化させようという計画。実際に出てきた製薬会社の社長とか、アメリカの大手銀行の人もアントレで、その力を使って現実の経済にも力を発揮し、影響し、おそらくは新薬の発明や投資活動等を行って文明を推進していたのだろう。


が、C冒頭の世界、つまりアニメの外の我々の世界に近い世界は、経済的格差に絶望した者の自暴自棄無テロや自殺が相次ぎ未来が先細って元気が失われつつある世界になっていた。
ミダス銀行の方針にも問題があって、金の力を持つ者(デスノートを持つ者と言い換えてもいい)に資産を集め過ぎると、他の大衆との格差が広がり、元気を無くす。
また、Cをおこしたカリブ共和国や東南アジアシンガポール金融街など、影響圏内の資産=未来が底をついたとみなされた国は消滅した。未来が消滅したと数値化される、と言うのは変な話なんだが、おそらくは、アントレプナーがミダスマネーで未来を増やすような有益な投資をせず、ただ自分の食い扶持を稼いで偽札を貰う感覚で怠惰にディールをしてダラダラと自分のためだけに生きていると、未来は増えないとみなされて未来の強制決済=Cに依って食われることになる。


そこで、金よりも大切な物があって、金を使って未来を良くしたり、他人を幸せにしたいと思う公麿や三國が台頭してきたという流れがあるわけだ。
魔法少女まどかマギカは、魔法よりも大切な物、と言う物を他の魔法少女アニメシリーズのように見せられなかったかもしれない。多少、友情とか家族愛みたいなものがあった程度で、最終的には概念になるまどか。
対して、「C」では、「金が大切だと思っている人を使ってミダスマネーを流通させて文明に干渉する」という第一段階があって、その上で「金が全てだとは思っていない人間じゃないと未来の資産は増やせない」という、若干ねじれた構造が最初からあったんじゃないかと思う。
その捩じれが究極に来たのが、「公麿による輪転機の逆回転による、未来の買い戻し」だ。「金はいらない。未来が欲しい。本当の未来が欲しい。金の力で底上げしてもらえる未来より、自分の手に入るだけの幸せで出来る範囲の(ここら辺が初期の公麿の思想の残り)幸せのある未来が欲しい。」という公麿だ。
公麿の行動は、日本を買い支えたり、C現象から日本を守ろうとする三國に比べると行動の説得力が薄い。C現象が日本を直撃したら日本の国土が文字通り消滅するのに、公麿は「俺の目の前で俺のバイト仲間が消えたりしてるだけど」っていう個人的な怒りをぶつける程度だ。それは弱い。
だが、もう一つある。それが、アセット。
「今のアセットのお前だけじゃなく、未来の本当のお前も守れなきゃ、本当じゃない」と真朱に語る公麿。これは動物的本能だし、未来へつなごうっていう意志としては一番プリミティブな物だ。これは、金を使って得られるものではない。だから、ミダスマネーはいらない。金は要らない。
同時に、今一緒にいる真朱の力を借りて、真朱と別れることを前提として、輪転機を逆回転させるということだから、真朱もいなくなる。未来に真朱が生まれられるかどうかは、これからの公麿の行動次第でしかない。
ものすごいあやふやな行動である。そして、ミダス銀行と真朱の否定である。だが、公麿が「未来の真朱も守りたい」と言ったのは、自分の子供を失った父親や、ディールの対戦相手の先生を見てきて、真朱と触れあい、ほかのアントレと触れあい、三國と戦った結果だ。だから、「ミダス銀行を否定するために、ミダス銀行を知った」という矛盾をはらんだ行動原理。
ラストの真坂木に驚くシーンを見ると、明らかに公麿はミダス銀行を潰す気でいた。
しかしそれも、「ミダス銀行を消したい」と思う事も「ミダス銀行がなくては成り立たなかった考え」であり、ゆえに「ミダス銀行は不滅であり」、「あらゆる行動に意味があり、より良い未来に進んでいく」と言うことだ。
そして、「買い戻せ、未来」ということで、あらかじめ人質に取られていた子供たちを解放したということで、現在の人が未来の可能性を金に変えて現代で文明を発達させるか、それとも子供たち一人一人が未来の世界をよりよく導くか、という問題意識に変わっていったのかなあ。
僕としては人口は減って良いと思うけど。なんか自然も増えたようなので、循環型社会が達成できたのだろうか?
だったら、ミダス銀行は最初からなくて、人間がコツコツ未来を積み上げてきた方が良かった?かもしれない。だが、公麿の今回の行動は確実にミダス銀行での経験がないと起きなかった。というパラドックスがある。



中村健治監督は、このアニメを作る時、色んな経済業界関係者に取材し「言ってる事や思想や理論はみんなバラバラだけど、未来を良くしていきたいという気持ちは共通している」と言っていた。
で、思想や理論の部分を社会はリアルで描くより、ファンタジーで「未来を良くしていきたい」という志を表現しようとしたのだろうな、と思った。


しかし、やっぱり、資源有限説で人口減少主義者の僕としては産めよ増やせよっていう政策は好きではないので、子供が未来って言うのは分かりやすいけど好みじゃない。
ただ、真朱やQがアセットとして特別強かったのは「産まれられなかった魂が生まれたいと願った事」「資産であると同時に願いである」っていうリビドーかと思っている。それだったら、他のアセットたちもリビドーに目覚めて人間の子供に生まれ変わったかもしれないな、って思っておけばいいかな。
真朱が生まれたいというリビドーで世界を塗り替えたってのは、夢使いの鉱物の聖母編みたいですねー。生まれる前の子供の欲望ってなんか呪術的で面白い。


そして、輪転機を逆回転させることに合意した神様も、また、「金融街の経験をもとに、ミダスマネー以上の価値を見出した公麿」を賞賛したと思う。彼はおそらく、金融街を通じて人間の文明や意識改革を起こそうという精霊のようなモノっぽいので。だから、金融街の想定を超えた魂の絆と決断をした公麿と真朱は貴重な存在だし、主人公なのだ。だからミダスカードもよくわからない過程でダークネスカードになる。ひいきされてる。
(親父の業を背負った真朱は最初から2人分の力のアセットで、ジェルジュをジェニファー・サトウに貰ったから、アセット3体分の力となって、公麿はアセットを3体持つ三国と同じダークネスになったのかもしれないけど)
Qも意志を持つ可能性のある、生きている人間を昏睡してそのままアセットにした特別な存在だし、三國も金よりも貴子との現在を引きのばしたいという目的があって、金より大事な物を知っている男だから、ミダス銀行のシステムが人類に金をばらまくだけじゃなくて金で発達させる融資機関だとしたら、三國もミダス銀行の上層部の神に優遇されて力を与えられていた可能性はある。
実際、三國はミダスカードの現実への影響力を減らすと言いながら、国債や幾つかの企業の経営で現実に影響を与えていたし、そこで国を発展させてはいたんだろう。貴子だけでなく。


  • それをブチ込む映画の力。

などと!
経済とか、バトルでの駆け引きとか、現実でのテロ行為すれすれの戦いとか、妹や未来の家族に対する想いとか、過去と現在すら揺らぐ世界や、神様や思想など色んな物がたった11話に詰め込まれたCですが!
何よりもすごかったといえるのが、やはり映画としてのまとまり感です。
これがないと、ただ単に早口で状況説明するだけになるか、オサレでカッコだけの作品になります。


っていうか、輪転機が逆回転して、日本の全てが光に飲み込まれ変えられていく所にゆっくりとした歌が流れるなんて、思いっきりスタンリー・キューブリックの映画:「博士の異常な愛情」のラストシーンじゃん!
とりあえず、カタストロフを歌でごまかすっていう。なんか次々と色んな人々がその光に飲み込まれて違う存在に書きかえられていくのを、歌に合わせてきれいな流れで描いていく。この光は2001年宇宙の旅のラストっぽいなー。ああ、映画っぽいなあ。THE END OF EVANGELION の人類補完計画シーンっぽくもある。
もちろん、そこに真朱と公麿のキスの別れもあるし、三國が貴子の病室の幻影を、3回ほど時間を飛び越えて見て話し合うシーン(ここも2001年みたい)も、三國とQの別れも、この流れの中にある。
この映画としての度肝の抜き方は、素晴らしかったなー。経済説明アニメでもなく、バトルアニメでもなく、映画。
「きれい・・・」ってつぶやいて光の中に消えて行く羽奈日とか。羽奈日も説明はされないキャラだったけど、金持ちの彼氏や教師の夢が布教のせいで消えたっぽいというのが、映画的に暗示されてていい配置のキャラだったと思う。
魔法少女まどか★マギカも、ラストのまどか神の無限成仏がすごい映像で面白かったが、マドマギはQBの台詞の説明がクドかった。Cは説明がなく、さらに世界改変のスケールが具体的な社会に踏み込んでて大きいのに、ただただ歌の中で世界が書き変わっていく。
真坂木もQBのように説明しないで笑って踊ってるし。
海外に逃げた竹田崎も消失する。まどマギがアニメの枠での気持ちよさで奇跡の説得力を増したとするなら、Cは映画として、奇跡の説得力や情報量は少なくとも、ただ提示するという映画っぽさのセンスで攻めてきたな、と。
そこら辺が中村作品だな、と。決して、映像美で奇をてらっただけではない、映画的に飛躍できる演出を心がけようとしている監督だと思う。


そして、最後に公麿の感傷を全てをぶち壊しにして去っていく道化師・真坂木も映画的。バトルマンガのようにすっきりと結末が暗示されない、フランス映画っぽい飄々とした雰囲気。
で、最後の最後はみんなの過去の写真を見て、
「笑っとけばよかったな」

「未来へ」


浪花節っぽさもあり。未来は本当に漠然。漠然の力!(by山内重保



ああ、いいね、こういうの。
まあ、僕が泣けたのはここじゃなくて真朱とのキスシーン、別れ際のQの願いを断る三國、っていう脳内娘や脳内妹萌えシーンなんだけど!
あそこも美しかったよなー。
いや、なんだか色々詰め込んでるから、感想を書くだけで時間がかかっちゃったけど、Cは面白かったですよ。
可愛かったし。

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