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『CROSSING 心の交差点』感想

映画『CROSSING 心の交差点』鑑賞したので感想まとめ。2026年の新年1本目となったが、良い映画でした。(東京でも2館しかやってないのが若干オススメしづらいが…)

mimosafilms.com

ジョージアで暮らす中年女性が、行方不明となったトランスジェンダーの姪を探して、彼女を知るという若者を引き連れ、トルコのイスタンブールをさまよう…という映画。

おぼろげな情報を頼りに、街で暮らす様々な人々や、マイノリティの権利を守る弁護士(自身もトランス女性)の力も借りて捜索を続けるが、迷宮のような都市に迷い込んでいくうち、姿を消した姪への複雑な想いや、失意や後悔や疑念が、深い霧のように視界を包んでゆく。

ジョージアの伝統舞踏と揺らぐセクシュアリティの交錯を鋭く描いた傑作『ダンサー そして私たちは踊った』のレバン・アキン監督の新作として、期待を裏切らない、見事な奥深さをもつ映画だった。

『ダンサー そして私たちは踊った』の感想↓(もう6年前か、見返さねば)

『CROSSING 心の交差点』、ジョージアやトルコにおけるLGBTQ+の人々が現実に直面している抑圧を随所で描きつつも、イスタンブールという、様々な人や価値観が「CROSSING」=交差する都市に捧げる(監督の言葉を借りれば)ラブレターのような映画でもある。

アキン監督自身がスウェーデン生まれのジョージア人(両親はトルコ生まれ)で、ゲイであることを公言している。様々な文化や価値観が交錯する中で育った作り手であり、前作『ダンサー』もまさにそうしたテーマの作品だった。イスタンブールは監督自身を擬人化ならぬ擬街化(?)したような舞台といえるかも。

劇場パンフより、アキン監督の言葉↓

「イスタンブールの面白いところは、ほんの短い距離の中に正反対の世界が共存することです。ある通りはとても宗教的で保守的でありながら、2本先の通りに入ると、男性同士が手をつなきながら歩くクィアの楽園のような場所がある。私はこの二面性を映画の中で描きたかったのです。」

エルドアン大統領の反LGBTQ+な言動もあり、西欧メディアでもそのような描かれ方をされることが多いイスタンブールだが、そうした単純化はできない複雑な都市だと監督。保守的な(その性質は異なるが)国の首都でありながら、保守性と開放性が同居する大都市という意味では、東京と重なる部分も大きいかもしれない。

『CROSSING 心の交差点』、冒頭で “トルコ語とジョージア語は、性差別がない言語であり、文法上においても、男女の区別はない。”という文が表示される。(※一般にヨーロッパの言語は男性/女性名詞など、性の区別がある。)

トルコやジョージアで、保守的な性規範に当てはまらないLGBTQ+の人々への風当たりが強いことを考えると、皮肉なニュアンスも感じさせる文だが、映画の中で様々な性や属性や立場の人々がタイトル通り「CROSSING」していく過程が描かれることで、規範の檻が切り崩されていく。性に基づくバカバカしい差別に満ちた現実社会が、銘文のごとく刻まれた冒頭の文に一歩ずつ近づいていくと示すように。

『CROSSING 心の交差点』、主要キャラクターが皆よかった。

主人公のリアはジョージアで暮らす退職した教師で、亡き姉の遺言に従い、失踪したトランスジェンダーの姪テクラを探す。自立した女性として祖国でたくましく生きつつも、LGBTQ+への理解が深いとかでは別にないのだが、だからこそ旅を通じて彼女がテクラへの向き合い方を自省する過程は、私たち不完全な観客にも考えることを促す。

もう一人の主人公であるジョージアの若者アチは、国での生活を息苦しく感じ、外に出たい一心でリアの人探しに同行する。彼が踏み入り目にすることになるイスタンブールの複雑な表情は、ジョージアやトルコの流動性と変化を象徴している。

『CROSSING 心の交差点』、特筆すべきキャラクターはやはり、トランスジェンダー女性の弁護士であるエヴリム。

本作の大筋は「失踪したトランスジェンダーの姪テクラを探す」話であり、テクラが「不在の中心」として物語を牽引するのだが、マイノリティの存在が単なる物語上の機能や背景に堕していないのは、エヴリムの実在感と丁寧な描写のおかげだろう。

ドキュメンタリー『トランスジェンダーとハリウッド』で描かれたように、トランスのキャラは何かと露悪的な暴力、性に結びつく悲劇、身体的な暴露にさらされがちだったが、そうしたメディア史的な反省を活かしたような、知性的かつ「普通」の人生をもつキャラ造形になっている。

『CROSSING 心の交差点』も良かったが、日本でも『ブルーボーイ事件』など、マイノリティの描写やトランスジェンダーを扱う主題の点で、世界水準といっていい映画が公開された。声だけはデカい極右のバックラッシュ的な言動や、それに屈従する大手メディアの振る舞いを見るとひたすら悲惨に思えるものの、日本を含めて必ずしも先進的とはいえなかった国の映画から、変化の兆しが見えるのは希望といえる。

『ブルーボーイ事件』鑑賞。 1960年代の日本を舞台に、性別適合手術を巡る裁判を描いた映画。特筆すべきは主演の中川未悠さん(演技初挑戦とは信じがたい素晴らしい説得力と奥行き)を筆頭にした役者陣や、監督の飯塚花笑さんも含め、トランスジェンダー当事者の方を中心に制作陣を固めていること。 劇中で示されるようにマイノリティの道のりは前途多難だし、60年代と変わらないこと言ってる人多すぎだろ問題とか見ると暗くもなるが、こうした真摯な映画の存在自体に、時代は変わるもんだなとも思わされるし、変えていかなければならない。性的マイノリティを題材に描いた日本映画の新しい基準となるだろう、誠実に撮られた良作だった。

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『CROSSING 心の交差点』劇場パンフレットの最後に、トランスジェンダーの人々への理解を深めるための参考図書も4冊ほど紹介されていた。

うち1冊が『トランスジェンダー問題——議論は正義のために』。

2022年のベスト本にも選んだ本でした↓

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『トランスジェンダー問題』の訳者さんが書いた、より入門っぽい日本の新書であるこちらもぜひ↓




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