2026年は読んだ本のSNS感想をなるべくブログにまとめよう週刊、その一環(続くかは未知数だが第一歩)
「無視されるような、ちっちゃい自治体がいいんですよ。誰も気にしない自治体」。
福島県国見町の官民連携事業を請け負ったコンサル企業の社長(ローカルビジネス界隈では有名人らしい)が言い放った言葉だ。
「企業版ふるさと納税」を財源にし、DMMなど大企業も親会社として深く関わっているそのビジネスの実態を知り、スクープを飛ばした地方紙の記者が、取材の経緯を語る。
どんな闇ビジネスかざっくりいうと、人口8000人ほどの福島県国見町で、高規格救急車12台を近隣の自治体に貸し出す「リース事業」が2022年に突然始まった。原資は、匿名の企業(後にDMMなど関連企業3社と判明)から「企業版ふるさと納税」で寄付された4億3200万円だという。
著者の横山記者(河北新報)はひょんなことからそのリース事業について知り、こりゃおかしいぞと調べていくと、悪徳コンサルだけでなく、国、企業、自治体、なんなら地元の報道までもが互いに癒着し合う地獄に足を踏み入れることに。人口減に苦しむ地方をまさに「食い物」にする様は恐ろしいが、地道な調査報道に基づく正統派ジャーナリズムの意地と矜持をみせる一冊だった。
別に悪いこともしてない人道支援/人権的なNPOとかに対して、根拠のない陰謀論に便乗して「公金チューチュー」などと揶揄をする人がネットに増えた(政治家すら言い出してる)けど、こういうマジモンのチューチュー、てかそんなかわいげな効果音ではすまない大金バキュームに対して普段どれだけ怒ってんだ、と突っ込みたくなる。
とはいえ自分だってこの本読むまで全然知らない悪行だったので、この河北新報のジャーナリストみたいに、日本各地で地道にまっとうな方に進もうとしている人々を応援しなきゃいかんなと思った。
『過疎ビジネス』を切り口にしたノンフィクション著者対談も見つけた。
記事より
"コンサルだけが悪者のようにも聞こえますが、そういうことではありません。取材する中では、自治体が単純な「被害者」ではなかったという構図も見えてきました。国見町のような地方の過疎の自治体──私は「限界役場」という言葉を使いましたが──には「地方創生」といってもそれを担える人材がおらず、外部のコンサルに丸投げの状態になってしまっている。それが不正を生む土壌になっていたことも、取材を通じてつまびらかにしていきました。"
2人ともデカい弁護士事務所から「記事を取り下げないと訴えるぞ」と通知がきた、となかなかコワイ経験を語る。しょせんは脅しで、形勢が悪そうになるとぱったり止んだというのも逆に闇を感じる…。
記事では、新聞のような報道を維持することの困難さが語られている。端的に全然お金にならないため。えらい賞をとっても部数は別に伸びない。不動産事業で赤字をカバーしてる新聞社もあり、世知辛さも感じるが、『過疎ビジネス』の横山氏はそれでもいいと思っているようだ。
横山氏
"だからといって、報道が存在しない世界というのはかなり怖い。アメリカでも地域紙がどんどん姿を消して、地元紙のない「ニュース砂漠」が急速に拡大しているといわれますが、そういう地域では明らかに汚職が増えていることが分かったんだそうです。これは「海の向こうの話」では全然なくて、私のいる東北などではもうすでに同じことが起こりつつある。"
大手出版社でも、結局は本でも漫画でもなくビルの賃貸など不動産で稼いでる、みたいなことはよく聞く話なのだが、新聞社もそんな感じとは…。東西いずこも似たようなものかもしれず、アメリカでも億万長者が新聞社を買収した話とか記憶に新しいし(ベゾスのワシントン・ポスト買収とか)、「経営に口は出さない」と口では言うだろうけど、実際トランプみたいなヤバ権力の圧力に弱まってる傾向もあるので、ジャーナリズムがジャーナリズム自体では経営成り立たない、というのは、そのままでは良くないよなぁ、とはいえなぁ、うーむ…って感じだ。
ただひとつ言えるのは、新聞のような文章ベースのジャーナリズムから報道が始まるという事実を再認識すべき、ということ。
『過疎ビジネス』最後の方で印象的なくだり↓
"行政監視はマスメディアの重要な役割の一つで、中でも新聞社の果たすべき役割は大きい。テレビ局は放送法で一定の規制を受けるが、新聞社を直接的に縛る法律は存在しない。報道の自由は、表現の自由を規定した憲法二一条が保障するものとされ、民主主義の根幹をなす「知る権利」に奉仕するものと考えられているためだ。"
これって結局「ジャーナリズムの核心は動画でなく文章(テキスト)にある」という捉え方もできて、間接的に昨日話したこと↓とも繋がるよなと。
私たちの社会の根幹を築くのは文章だが、その役割は常に過小評価されている。文はオワコンこれからは動画だといわれるが、文章の重要性は全く減じていない。弱者を食い物にする悪を暴き、世の中に多少なりとも公正さをもたらすためには、まず文章を大切にすることが第一歩なのだろう。
『過疎ビジネス』ちょうど電子版が半額還元してた↓ので読んだのだが、新年からそれなりに深い日本の闇を見せられたことだ(そのために読んだので文句ではない)
『過疎ビジネス』の調査報道、河北新報だけでなく週刊東洋経済も活躍する。(DMMは河北新報の連絡は無視したけど、よりメジャーな週刊東洋経済の取材にはちゃんと答えてくれる、など微妙な格差もあったようだ…)
『過疎ビジネス』が出たのと同時期に、近いテーマの号も出ていた↓
目次みたら著者の横山さんも(別の地域についてのようだが)寄稿している。読もうかな、地元の千葉でも色々あるみたいだし…(しかも何かと評判のいい流山じゃん…このまえショッピングモールの「流山おおたかの森」に立ち寄ったばかりだぜ。おしゃれカフェの流山コーヒー↓おいしかった。何も事情はわからんが、守ろうおおたかの森)(オオタカはいなかったけど)