DX系の記事は何度か書いてきました。
これまで福祉施設や病院のネットワーク体制の脆弱さ、そしてそれに対して補助金が十分でないことを説明してきました。
紙問題
多くの人が「DXは効果が薄い」という印象を持っているのではないでしょうか。その背景には、日本社会に根強く残る紙文化があります。紙は人類が長く扱ってきたツールであり、電子に頼らない安心感を与える存在でもあります。逆に言えば、紙と電子を対立的に捉え、「電子は一括りにして扱うもの」という構図が固定化されているように思えます。
個人情報の流出問題についても、実際には紙媒体での流出の方が件数としては多いのです。しかし電子データの場合、一度の流出で数百から数千件に及ぶため、過度に警戒されがちです。だからといって「紙の方が安全だ」という話にはなりません。重要なのは取り扱う量ではなく、個人情報が流出するという事実そのものです。論点がずれてしまっているのではないでしょうか。
効果の可視化問題
以前WIFIについて触れた際にも述べましたが、経営者はIT機器導入に際して費用対効果ばかりを追いがちです。特にネットワークでは「スピード」にばかり注目していないでしょうか。しかしネットワークは速度だけでなく、セキュリティ面でも極めて重要な役割を果たします。
大企業でサーバーが乗っ取られたというニュースを耳にすると、セキュリティの重要性について質問されることがあります。一度乗っ取りを受けた場合、出入り口のファイヤーウォールだけでは防げず、そのネットワークは二度と安全には使えません。例えば設置しやすい192帯を使っていた場合、全セグメントを変更する必要があります。ネットワーク再編の負担を考えれば、サーバー入れ替えなどの費用比較にはならないほどです。つまり、目に見える部分だけで費用対効果を測ろうとすると、真の効果を数値化することは難しいのです。
DXは「人」が使いこなして初めて意味を持つ
紙文化や費用対効果の誤解を引き寄せている根本的な問題があります。それが「人材」の問題です。
介護や福祉の基本は人対人のケアです。そのため、ITやDXの話になると現場では抵抗感が生まれやすいのです。研修や講話に参加すると、ケアについての内容は非常に勉強になりますが、DXに関してはベンダーやソフトメーカーが代役を務めることが多く、実際の現場感覚とは乖離していることが少なくありません。
現場の人材不足も拍車をかけています。ITに詳しい人材が不足しているというより、そもそも人材そのものが不足しているため、少しでもPCに詳しい人にDX関連の業務が集中する傾向があります。すると「その業務は○○さんの仕事」といった住み分けが生まれ、属人化が進みます。結果として「私はわからないから○○さんに任せる」という姿勢が定着し、学ぶ機会すら奪われてしまうのです。
この属人化とITへの苦手意識、心理的抵抗こそがDX化を大きく妨げています。現場の努力だけでは限界があり、制度設計の側から人材育成を支える仕組みがなければ、DXは定着しません。
都道府県の研修の在り方
ここまで見てきたように、DXの課題は技術や費用対効果だけではなく、人材育成に深く関わっています。そして、この人材育成を支える研修には盲点があると考えます。
この1年で都道府県が開催した介護DX関連研修のうち、代表的な10件を抜粋しました。
都道府県の介護DX研修事例(2024〜2025年度)
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都道府県 |
研修名 |
内容・特徴 |
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広島県 |
介サポひろしま「介護DX普及推進セミナー」 |
DX先進モデル施設の事例発表、補助金申請要件対象研修 |
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奈良県 |
介護デジタル中核人材養成研修 |
厚労省委託事業、動画学習+集合研修+職場実践 |
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山形県 |
デジタル中核人材養成研修(地域版) |
厚労省事業の地域実施モデル、県の生産性向上総合相談センターが事務局 |
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三重県 |
デジタル中核人材養成研修(地域版) |
山形県同様、自治体主導の試行的実施 |
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東京都 |
特養施設事例発表を含むDX研修 |
内閣総理大臣表彰施設の取組紹介(砧ホームなど) |
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富山県 |
福祉法人事例発表を含むDX研修 |
表彰施設の取組を紹介し、県内施設へ展開 |
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奈良県介護福祉士会 |
ICT活用研修(厚労省事業連携) |
GoogleアプリやZoomを活用した演習 |
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全国(都道府県連携) |
厚労省「介護デジタル中核人材養成研修」 |
介護DXリーダー5000人育成を目標、各県で開催 |
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オンライン(自治体連携) |
介護DXオンライン講座 |
ICT・AI・IoTを学び、介護福祉分野のDXを理解 |
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全国+地域版 |
厚労省「介護DX生産性向上ビギナーセミナー」 |
都道府県で動画視聴+集合研修を組み合わせて実施 |
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介護現場の方であれば、これらの研修に誰が参加しているかを想像できるでしょう。果たして現場を束ねる役職者や、ITが苦手な職員が積極的に参加しているでしょうか。
「中核人材」「DXリーダー」といった表現が使われているのに、実際には現場のリーダー層が参加しているケースは少なく、むしろ「PCに詳しい人」に任されているのが現状です。現場リーダーが参加しないことが研修制度の盲点ではないでしょうか?
そして、DX関連の補助金は機器導入に偏っており、人材育成研修への補助は十分ではありません。そのため、研修が継続的に実施されず、現場全体の底上げにつながりにくいのです。

まとめ
日本の介護DXを進めるためには、まず人材育成を最優先すべきです。介護DX=人材育成DXへとシフトする必要があります。
- eラーニングやOJTを組み合わせた教育モデルの導入
- 単発研修ではなく「学び続ける仕組み」の制度化
- 機器導入だけでなく教育費まで制度設計に組み込むこと
目に見える効果ばかりにとらわれず、制度の中心に人材育成を据えることこそ、現場全体の底上げと介護DXを持続可能にする鍵だと考えます。