以下の内容はhttps://nu-so.hatenablog.com/entry/2025/11/16/160000より取得しました。


ヤングケアラーと子ども・若者育成支援推進法

ヤングケアラー問題に対して、以前こんな記事を書きました。

nu-so.hatenablog.com

nu-so.hatenablog.com

前回は随分、はりえさんに振り回されてしまったので、今回は通常の記事で書いてみたいと思います(汗)

今年の4月に、「子ども・若者育成支援推進法」という制度が施行されました。

https://laws.e-gov.go.jp/law/421AC0000000071

簡単に言うと、

"
ニート・ひきこもり・不登校・ヤングケアラーなど、困難を抱える若者への支援を制度的に整備するため、教育・福祉・医療・雇用など、分野横断的な連携を促進する


という法律ですね。
支援が必要な大人のことばかり注視されてきた中で、家族の子どもの支援が明記されたのは今回が初めてだそうです。

 

ところで、この法律が制定されたことをご存じだったでしょうか?SNSで意見を探しても、政治関係者の方の投稿が目立ち、その取り組みがなかなか見えてきません。

いつも思うんですが、最近この手の新しい取り組みの時、法律・制度設計から施行、実施の流れがワンパターン化してきている気がするんです。
学術者を呼んで委員会を開いて「行いました」という形骸化が進んでいるように思うんです。
特に今回は、18歳未満の子どもたちの支援なのに、
・子供たちが親以外の大人たちにどうやって助けを求めればいいのか?
・家庭の事情を他者に話すことの弊害や、偏見を受ける心配
・支援を必要とする大人(家族)側のプライド
等々問題を抱えています。

そこをただ手を差し伸べてる、手を差し伸べはした のような支援だけで、国は「取り組んでいる」アピールをすることに終始していません?私はそれを形骸化だというんです。
どうして「共助」を謳うのに、相手が手をつかみやすい、助けを求めやすい姿勢・政策にならないのでしょうか?
実際の不登校児を担当する教師や支援者にも理解力不足な人も多く、まだそこまでの配慮に及ばない、どこか上から目線を残す横柄な態度の相談員や支援員も見てきました。
この国全体が、まだ子どもへの「手の差し伸べ方」がわかっていないと思います。なのに支援策ばかり考え、「気づき」が必要だなどの文言に辟易するんです。

最近できた「ヤングケアラー」という言葉のため、自分に当てはめたことがなかったんですが、どうやら当時の私もヤングケアラーに属していたようです。
こども家庭庁の定義によるヤングケアラーとは、
「家族の介護その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子ども・若者」
とあります。

www.cfa.go.jp

この、「過度」に行っているが難しいんですが、
- 毎日、家族全員分の食事を作り、洗濯や掃除も一人でこなしている
- 幼いきょうだいの送り迎えや世話を、親の代わりに継続的に行っている
- 精神疾患のある家族の見守りや感情的な支えをしている
等が挙げられます。

実際私は、中・高校生とほぼ一人で、食料を買いに行き、自分のご飯を作り、洗濯をし、親の洗濯物を病院に運び、銀行に行き入院費を払い、なんてことをすべてやっていました。
このことに親から特別褒められたこともなく、それどころかまだ料理がおぼつかなく食糧費がかさむことに、母にダメ出しをくらったことの方を覚えています。
この通り頭が良くないので、成績が悪いことにもよく親に叱られ、それも自分のせいだとも思ってきましたが、勉強する時間が削られていたのも確かです。

もし当時の私程度でも、ヤングケアラーに属するとしたらと考えると、さすがに怖くなるんです。
ケアを受けている認識のない親、ケアをしていると認識のない自分、成績しか見ない学校、それぞれがそれを当たり前だ思っていたんです。

なにせ私の若い頃ですから、時代が変わり、今ならそれぞれの意識が急速に変わったと言えるでしょうか?
当時の私が今いたとしたら、みんなで手を差し伸べてくれたでしょうか?そんな確証はないんです。それが私の「怖い」なんです。

当事者を含め、ケアをしているという認識がないと、すべて「それくらいやるのが当たり前」になってしまうんです。
そして、私より年上の「当たり前」だと育ってきた人が、この法律を成立させ、今支援に動き出しているんです。
どう考えてもうまくいくように感じないんです。

支援というのは最終的には、すべて「人」なんですよ。いくらAIが進化しようと、自発的にはAIはまだ動き出せません。
なら、どうやって「人」を捻出するかが重要な中で、「教育・福祉・医療・雇用など、分野横断的な連携を促進する」ってただのなすりあいになりませんか?

社会全体が自分たちの「当たり前」を再度見直して、今苦しんでいる子どもたちのためにどんな支援が必要か見直す時期だと思います。
特に頭の固くなっている、私たち中高年が先導して事態が変わる案件ではないと思うんです。若い人材の発掘、起用を元に立案してもらうべきだと思っています。



 




以上の内容はhttps://nu-so.hatenablog.com/entry/2025/11/16/160000より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14