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高負担低福祉

前回、利用控えとダンピングという記事を掲載させていただきましたが、今日はこの続きについて書いてみたいと思います。
前回も記事内で政治的な内容を含みましたが、私には支持・不支持の政党はありません。そもそも私のブログで政治の話をしたくはないんですが、福祉が政治と密接にかかわっており、致し方なく政治の領域に踏み入るのであって、与党・野党、保守的・リベラルなどの意見ではないことをご理解ください。
またそのような内容を期待されても困りますし、純粋に福祉の問題を私なりに考えている記事ですので、重ねてご了承ください。

 

高齢者の経済感覚

日本の福祉政策は大きく誤っていた部分があります。2000年当初は介護保険を導入し、高福祉を謳いながらも、福祉を元に、高齢者が持つ600兆円(2000年当初)を超す貯金を原資に、経済を動かすという目論見があったはずです。国は国の経済発展のために高齢者の貯金を狙っていたわけです。なんとか国の負担は少なく、個人の負担は多くできるように、民間企業も巻き込み、福祉というより福祉ビジネスにかじ取りをしました。思うように社会保障費が抑え込められなくなれば、「介護予防」を掲げ、健康寿命を延ばすという名のピンピンコロリを推し進めました。そうやって手を変え品を変え、何とか福祉を利用するお金を国民から引き出そうとしてきましたが、結局は今回のように、経済が物価高騰に転じると、経済を回す頼みの介護保険も利用控えが起き始めました。
もし、国の福祉ビジネスの最終地点が、個人一人ひとりの高負担を着地点にしようとするのであれば、その誤算は経済の不安定さだったのでしょう。不景気が数十年も続きながらの、老後は2000万円必要だといわれる中で、物価高騰がおきれば、日本人高齢者の経済感覚から言えば介護保険の利用控えが起きるのはごく当然の動きだと言えます。

 


処遇改善に終始してしまった

では国は高福祉を実現するために何を頑張っていたかといえば、福祉職員の給与改善に取り組んできました。ただ保険収入や委託費、措置費を増やして事業者側の懐を温めるようなことで終わらせないため、直接福祉現場職員の賃金改善に取り組んだのが、処遇改善という補助金の創設です。ちょっと脱線しますが現役福祉職員でも知らないというので、改めて説明しますが、処遇改善は介護保険施設保育所障がい者施設に出ている補助金のことで、各分野によって「処遇改善補助金」だったり「処遇改善交付金」だったりと名を変えていますが、すべて同じものです。ちなみに特定施設を持たない軽費老人ホームや養護老人などの措置施設には出ていません。もしかしたら出ている地域もあるかもしれませんのでこれは概ねだと思ってください。
処遇改善の補助金は莫大な費用が掛かりました。この補助金があることで、ひと施設の会計上の人件費率は10~20%増えたほどです。それほどに福祉現場での人手不足は深刻であったことの裏返しです。
これは効果があったかなかったかと言われれば、私は「効果があった」と感じています。実質、介護現場の離職率が低下した経過があったからです。でもこれにはもう一つ理由があり、介護保険施設は金太郎アメのようにどこの施設に行っても様変わりがないということに、介護職員たちもわかってきたということもあります。これは隠れた大問題でもあります。

 


高負担低福祉はなにを生み出したの?

国は高福祉を目指すために、職員の賃金を上げることに終始してしまいました。そして、現場職員はどこの施設に行っても代わり映えしないことに気づきだしました。福祉施設というのは人と人との関わり合いが強いところです。利用者だろうと同僚であろうと合わない人はいるもので、それはどこに行っても同じことですから、多少我慢ができるのであれば少しでも同じところでキャリアを重ねたほうが給与は上がるものです。それに介護職員たちが気づきだした・・・。なにが問題かお分かりになるでしょうか?

簡単に言えば、介護保険を利用したらなにがあるのか?

です。医療は治療をしてくれる、幼稚園は子どもの教育をしてくれる、授産施設は就労支援をしてくれる。
でも、福祉施設は何をしてくれるところでしょうか?ただ生活を維持するところであり、それ以上でもそれ以下でもないというのがみんなわかってきたということです。介護保険施設は、もしかしたら介護予防につながっているのかもしれません。でも「必ず」ではないのです。
私も含め我々福祉職員は、国が思い描いたように、個人負担が増えても利用したくなる福祉施設があるのではないかと思ってきました。そんな福祉施設利用を促すために、どこかにはもっと福祉の先進的な活動をしているところはないかと、探してきましたが、でもそんな先進的なものにあえないのです。あえないのではく、そもそもないのではないか。

ただ残ったのは残酷な、高負担低福祉という現実ではないのかと、今の私は感じています。利用控えしても困らないんですから。
いち福祉職員として、この体たらくのままではいけないと感じています。意義のある福祉でありたいと思っています。何をもって高福祉というのか手探りが続くのではないでしょうか?




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