
「お疲れのようだね、少しは休めないのかい?」

「うーん、人間関係に苦しんでいるわけではないので、まだ大丈夫だとは思うんですが・・・。」

「ああ、痩せてないようだし、食べられているんだね?」

「・・・」

「今日の話は、福祉の話というより、福祉施設の経営者層の人に多いなーという話です」

「あー個性の強そうな人達といったところかね」

「苦労はしてきたが、順風満帆な人生だった人と言えばいいのか、ビジネス書にあるような人生の成功について語る人など、ちょっと癖のある人が多い印象ですね」

「『失敗があるから成功がある』『努力したから成功がある』みたいな言葉かい?おら苦手なタイプだね」

「これらの人を、『ストーリー(物語)の主人公補正』と名付けることにしました」

「どういうことだい?」

「世の中、みんなが物語の主人公じゃないんですよという皮肉を込めています。」

「自分が死んだら世界も終わると思っているんじゃないかと」

「そういう人はいるだろうね」

「なので、人生は必ず自分が思うような帳尻合わせがあると思っているんじゃないかと。」

「ポジティブな考え方をすることはいいことだけど、それを押し付けるようなことはされたくないよね」

「具体的に言えば、うーん、『魔王と勇者』みたいなことでしょうか」

「考え方は面白いけど、実力を持っているという意味では経営者という人たちは『魔王』側のひとなんじゃない?主人公である勇者は誰になるの?」

「あ、なるほど・・・、例えが悪かったか・・・。例えるのも難しいな。じゃ例えを変えてみましょう」

「ドラえもんで考えてみますか。ドラえもんというのは、のび太という少年のやっかみから物語が始まるじゃないですか?」

「スネ夫というお金持ちの子が、うらやましいものを持ってきたり、ジャイアンという乱暴者がいたりするわけです」

「のび太はどちらの力も持ち合わせていないから、その力がほしいとドラえもんにねだり道具を出してもらうんです。よくある話でいえば、スネ夫がカッコいいラジコンを持っているのを見て、のび太がドラえもんに道具を出してもらい、しずかちゃんに見せびらかしにいく。というのがいつものパターンですよね?」

「今はどうなってるかしらんけど、だいたいそんなもんだね」

「私が言いたいのは、現実世界の私たちの多くは『しずかちゃん』なのだということです」

「しずかちゃん視点でストーリーを見てみましょう。
スネ夫がラジコンを見せびらかす→別にラジコンなんて興味ないけど珍しいと思いその場に合わせる
なのにのび太はうらやましがり、時には落ち込む→かわいそうだから励ます
ドラえもんにより、珍しいラジコンを持ってきて上機嫌なのび太→やっぱりラジコンには興味ないけど、さっき落ち込んでたから合わせてあげる
というのが、しずかちゃん視点だと思うんですよ」

「うまい表現だね」

「(笑)しずかちゃん視点からみたら、全くストーリーなんて始まってすらいないんですよ」

「みんなにあわせているだけで。でもしずかちゃんはラジコンがなくたって困らないし、人生損したとも思っていません。きっとのび太には理解できない世界なんでしょうね。でもしずかちゃんは不幸ではありません。ただ単に友達に合わせてるだけな人です」
「そんな人に、ドラえもんが出してくれたラジコンをくれても喜ばないんですよ。のび太に合わせているだけですから」

「主人公ののび太にしたら、しずかちゃんは物足りなく映るでしょうね。でも世の中なんでも思い描いたように物事は進まないことをみんな知っているんですよ。そうやって無難に生きたいわけです」

「その例えは分かりやすいんじゃないかね。おらもラジコンいらないね、ドラえもんという友達なら欲しいけどさ」

「ドラえもんを『運』だと考えれば、誰でも『運』を持ち合わせてるわけじゃないし、誰かに『運』を欲しがるべきだ、なんていわれたら、欲しいとは思うけど。という構図に近いと思うんですよね」

「経営者層の人たちに多い傾向であるこの『主人公補正』って、合わせてくれている人がいることに気づけないんですよ」

「なるほどね、成功して上り詰めたし、ドラマチックな展開がありながらも、帳尻があうと思って生きてるわけだね」

「特に福祉業界って、どの業種も端的にいえば、人の営みを支える世界なんですよ。それを『みんなが主人公に』という言葉にしてしまうことって、私からすれば人への敬意のない物言いだと感じているんです」

「どんな生き方をしてたっていいんですし、その生き方を支えるのが自分たちの仕事だと思うんですよ」

「ポジティブな生き方をしてるのはいいけど、そのポジティブを押し売りしてくるのは、一種のハラスメントなのかもしれないね?」

「私たち福祉職は、のび太ではなくしずかちゃん側の人間でありたいと思います」
