はじめに
こんにちは。ドコモ6Gテック部の趙 寅暉(ちょう いんき)です。
近年、IoTデバイスはさまざまな分野で利用が進んでいますが、非常に小さなデバイスを大量に設置したい場合や、電池交換や充電が困難な環境では、従来のIoT技術では対応が難しいケースもあります。
このような課題にあたって、3GPPでは Ambient IoT(アンビエントIoT)と呼ばれる新しいIoTの仕組みが検討されています。本記事では、3GPP Release 19で標準化が進んでいるAmbient IoTについて、コアネットワーク視点での新設計思想をわかりやすく解説します。
- はじめに
- Ambient IoTとは何か
- Release 19で何が決まったのか
- ネットワークから見たAmbient IoT
- Ambient IoT Function(AIOTF)
- デバイス識別と一括管理の考え方
- おわりに
Ambient IoTとは何か
Ambient IoT(アンビエントIoT)は、バッテリーを前提としないIoTを実現するために検討されている新しい技術コンセプトです。 環境中に存在するわずかなエネルギー(例えば周囲に飛び交う電波など)を利用し、必要なときだけ短時間動作するデバイスを想定しています。これらのデバイスは、非常に小型・低コストであることが求められるため、通信や処理の機能は最小限に抑えられています。通信も、デバイスが自ら電波を発射するのではなく、外部から送られた電波に対してデバイス側で反射特性を切り替えることで情報を載せる(バックスキャッタ通信)方式が基本となります。
このような特性を持つAmbient IoTは、従来のNB IoTやLTE Mを置き換えるものではなく*1、それらではカバーしきれなかった領域を補完する存在として位置づけられています。
具体的な利用シーンとしては、例えば倉庫や工場内に多数の物品が保管されており、それぞれに小型のタグが取り付けられている状況が考えられます。 これらのタグは、電池交換を前提とせず、設置後は人手による管理をほとんど必要としません。定期棚卸しや出荷前の確認といった必要なタイミングで、ネットワーク側から問いかけを行うことで、現在どの物品が存在しているかを一括して把握する、といった使い方が想定されます。
このように、「高い通信性能」よりも、「大量に、長期間、ほとんど意識せずに使えること」が重視される点が、Ambient IoTの大きな特徴であり、後述するネットワーク設計の前提条件となっています。
Release 19で何が決まったのか
3GPPでは、Release 18においてAmbient IoTに関する技術検討が行われ、その基本的な方向性やユースケースが整理されました。Release 19では初めて仕様としての標準化が行われました。Release 19の大きな特徴は、「できることを一気に広げる」のではなく、実現性を重視して対象を明確に絞り、主にプライベートネットワークでの利用を前提とした仕様が定義されている点にあります。
標準化の第一歩として、最もシンプルなAmbient IoTデバイス(一般にDevice 1と呼ばれるタイプ)に焦点が当てられました。 このDevice 1は、以下のような前提で設計されています。
バッテリーを持たない、またはごく小さなエネルギーしか使えない
自ら通信を開始せず、ネットワークからの問いかけに応答する
送受信できる情報量は非常に限られている
このような制約の強いデバイスを前提とすることで、Release 19では仕様の複雑化を避け、確実に実装可能な範囲に標準を収めることが重視されました。
また、ユースケースについても同様に絞り込みが行われています。Release 19で主に想定されているのは、次の2つの屋内シナリオです。
- 屋内での物品管理(インベントリ)
倉庫や店舗などで、多数の物品を一括して把握するケース
- 屋内での簡単な指令(コマンド)
デバイスに対して、ON・OFFなどの非常に単純な操作を行うケース
いずれも、通信頻度やデータ量が小さく、デバイス側の動作を最小限に抑えられる用途です。
Release 19では、こうした典型的なユースケースに集中することで、Ambient IoTの基本的な仕組みをまず確立することをめざしています。
このように、Release 19はAmbient IoTにとって「最初の完成形」ではなく、「確実な出発点」と位置づけられます。
機能をあえて限定することで、次のリリース以降に向けた拡張や進化の土台を固めている点が、大きな特徴と言えるでしょう。
ネットワークから見たAmbient IoT
Ambient IoTをネットワークの観点から見ると、最大の特徴は従来の5G端末を前提とした設計が、そのままでは当てはまらない点にあります。
一般的な5Gの端末は、ネットワークに登録し、必要に応じてページングされ、セッションを確立して通信を行います。一方、Release 19で想定されているAmbient IoTデバイスは、一般的なセルラ網での広域・常時利用を前提としたものではありません。自ら通信を開始することができず、ネットワークからの問いかけに対して短時間だけ応答するという、非常に限定的な動作を前提としています。エネルギー制約や運用特性を踏まえ、専用のネットワーク機能や限定された構成のもとでの利用が想定されています。
このようなデバイスに対して、従来と同じ手順で登録管理やセッション制御を行うことは、現実的ではありません。 そこでRelease 19ではAmbient IoT向けに専用のネットワーク機能が導入されました。
Ambient IoT Function(AIOTF)
Ambient IoT Function(AIOTF)はアプリケーションからの要求を受け取り、対象となるデバイス操作を制御・集約する役割を担います。 AIOTFの主な役割は、以下のような制御と管理にあります。
Ambient IoTの操作(インベントリやコマンド)の開始を制御する
対象となるデバイス群を選択し、ネットワーク側の動作をトリガーする
デバイスからの応答を集約し、アプリケーションに引き渡す
このように、Ambient IoTでは「常時接続された端末」を前提とせず、必要なときにだけネットワーク全体を動かすという考え方が、コアネットワーク側にも取り入れられています。 その結果、Release 19のAmbient IoTは、既存の5Gコアネットワークを大きく作り替えるのではなく、必要最小限の拡張によって新しいデバイスを受け入れる設計になっています。 これは、将来の機能拡張を見据えつつ、まずは確実に動作する仕組みを整えるという、Release 19の全体方針とも一致しています。

デバイス識別と一括管理の考え方
Ambient IoTでは、デバイスの能力が非常に限定されているため、ネットワーク側でどのデバイスを、どのように扱うかがこれまで以上に重要になります。 特に、多数のデバイスを一度に扱うことを前提とするため、個々のデバイスと1対1で通信する従来の考え方は適していません。デバイスが常時応答することは前提とされておらず、ネットワークからの要求に対して必ず応答が得られるとは限りません。この点も、従来のIoTデバイスとは運用上の考え方が大きく異なる特徴の一つです。 Release 19のAmbient IoTでは、各デバイスに対してグローバルに一意な永久識別子(Permanent Identifier)を持たせることが想定されています。 この識別子は、デバイスがネットワークに常時登録されていなくても、「どのデバイスか」を判別するための手がかりとして利用されます。 重要なのは、この永久識別子が単なる接続管理のためだけに使われるものではない点です。 Ambient IoTでは、通信のたびにセッションを張るのではなく、必要なときに、必要なデバイスだけを選んで応答させるという使い方が基本になります。そのため、デバイスを効率よく特定できる仕組みが不可欠です。

「常時接続しない」前提での管理
従来のIoTでは、デバイスがネットワークに登録され、状態を維持することが一般的でした。しかし、Ambient IoTではデバイスがほとんどの時間、ネットワークとかかわらないことが前提になります。そのため、デバイス管理も「接続状態を追跡する」のではなく、識別子とネットワーク側の管理情報をもとに、必要なときだけデバイスを扱うという考え方に変わっています。
おわりに
本記事では、3GPP Release 19で標準化が行われたAmbient IoTについて、デバイスの特徴からネットワーク設計、そして一括管理の考え方までを、主にコアネットワークの視点から紹介しました。Ambient IoTは、従来のNB IoTやLTE Mの延長線上にある技術ではありません。「常時接続できる端末」を前提とするのではなく、ほとんどの時間は何もせず、必要なときだけ最小限に動作するデバイスを、ネットワーク側の仕組みで支えるという、発想の転換が求められています。
Release 19では、その第一歩として、あえて機能を絞り込み、最もシンプルなデバイスとユースケースに焦点を当てた設計が採られました。これにより、実装可能性を確保しつつ、将来の拡張に向けた共通の土台が整えられています。今後のリリースでは、より高機能なデバイスや新しいトポロジの検討が進む予定ですが、その出発点となるのが、Release 19で定義されたAmbient IoTの基本的な考え方です。
ドコモとしても、標準化活動を通じて、こうした新しいIoTの形が実際のサービスやビジネスにつながるよう、引き続き検討と議論を進めていきます。
*1: NB‑IoT(Narrowband Internet of Things)およびLTE‑M(LTE for Machines)は、3GPPで標準化されたセルラIoT技術であり、電池駆動デバイスの常時/準常時接続を前提とした通信を対象としています。Ambient IoTとは、想定するデバイス特性や運用形態が異なります。
*2:本図はAmbient IoTを支えるコアネットワーク構成の概念図です。
AIOTF:Ambient IoT Function
ADM:Ambient IoT Data Management
NEF:Network Exposure Function
AMF:Access and Mobility Management Function
NG‑RAN:Next Generation Radio Access Network
詳細は 3GPP TS 23.369 を参照してください。
*3:本図はAmbient IoTデバイスの識別子構造の考え方を示した概念図です。
ID Type:識別子の種別
PLMN ID:Public Land Mobile Network Identifier
NID:Network Identifier
Third Party Identifier:外部事業者識別情報
Identification information:デバイス識別情報
各フィールドの定義やビット構成の詳細については、3GPP TS 23.369 および関連仕様を参照してください。