タイトルは適当ではあるけど、心情的にはずっとこれなんですよね。歴史的建造物を破壊するのか!!みたいなのを見るといつも思う。それたかだか100年程度のものやで?とか。
物理メディアに記録されてない写真は、その媒体が故障したらもう見れなくなってしまう
ハードディスクに写真を保存していても50年ほどで見れなくなる
物理写真は100年ほどは持つと思われるのに歴史に残る写真は保存されるだろうけれども、市民生活を伝える資料というものは、殆ど失われてしまうだろう
これね、問題なのは現代の「資料」が偶然残ることが難しいものになりつつあるってことだよね。身も蓋もない言い方をすると、市民が残す資料なんてのは物量が合っても大半はゴミでしか無い。ないんだけど、全く残らない=資料がなくなるのも困る。なので、「たまたま発見された昭和の写真」みたいなのが一級資料になったりするんだけど、現代の記録メディアはそれを難しくしているんだよなあ。
お互い、生きているうちはがんばって「語り部」やりましょうね。
なので、これも大事よね。タイトルでも述べた通りで、後世において「この時代以降は記録が完璧に残っているのでわからないことは何一つないです」みたいな歴史の1ページになりたくないんですよ僕は。21世紀初頭から中盤にかけて「オオタニサン」という謎の生物が存在した、みたいな歴史の1ページになりたい。