2月22日に日経新聞が「衆院選、中国系400アカウントが「反高市工作」 日本語発信やAI活用で巧妙に」という記事を出して話題になっていた。要点は見出しの通りで、先の衆院選で不自然な投稿をするアカウント群があり、簡体字や使用している生成AIソフトが中国製の可能性があるといったもので、言ってしまえば中国系アカウントが選挙にSNSを通じて介入していたというものだ。ただし日経記事には本文中にある様に、この工作による影響はかなり小さいと見ている。
選挙への影響は限定的
工作が本格化してから衆院選投票日までのXにおける推定拡散規模は200万件程度だった。同期間の高市首相と旧統一教会に関する拡散規模全体の約4千分の1にすぎず、選挙の大勢に影響を与えたとは考えづらい。
日経記事の狙いとしては潜在的に動かせると思われるアカウントの数に比べて動いていたアカウント数は少なく、今回のケースは選挙介入よりもステルス化やAI画像の手法を試すためではなかったのかという指摘をしている。また日経新聞の須藤龍也によれば記事には二つの意味があり、一つは中国の工作の手口を知る、二つ目はカウンターインテリジェンスの実態を見極めるものだという。前者はともかく後者はどういうことかと言えば、今回の様な工作に対して売り込む企業があるが、それって費用効果としてどこまであるのか。須藤は"影響を与えているとは到底言えない情報工作?に対し、煽り文句でセミナー客を集めるインテリジェンス企業"と書いている様に、世の中にはそういった企業があるようだ。また読売新聞は「日本を批判するアカウント群3000件規模、X投稿・拡散…衆院選前から中国系の影響工作か」という記事を書いているが、こちらは日経よりもアカウント数は多いが、記事ではあまり突っ込んだ内容はない。日経の記事と比べて数は多いが、どの様な内容を投稿していたのかがわかりづらい記事であった。これに対して明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員の一田和樹は問題のある記事とも書いている。一田はnoteに「ツールによる分析の問題点」では次の様な指摘を先ず書いている。
1.海外からの干渉の影響の評価は難しく、干渉の証明も難しい
2.近年の海外からの干渉の多くは効果がないことが多い
3.海外からの干渉や偽・誤情報に関する報道は過剰になる傾向がある
4.過剰な報道は情報に対する過度な警戒心や不信感に結びつき、社会不安を煽る
5.暴露されることで、影響を与えることも想定している作戦もある
日経の分析記事は日経自身が書いている様に選挙言説への影響は極少だ。しかし、この「中国系アカウント」が「反高市工作」をしていたという有料記事、つまりは大抵の人は見出しのみでこの現象を摂取し、中国のネット工作行為に対して影響の過大評価をしている可能性が高い。おそらくであるが、この記事などを背景として今後反高市的な投稿を中国のネット工作であるというレッテルは貼りやすくなり、SNSの政治言説への波紋はそれなりに大きいだろう。前回の参院選はロシアの工作ではないかという話が盛り上がり、その言説は今も一定以上に生き残っているが、今回のは前回のロシア以上に証拠がある為にしぶとく生き残りそうだ。選挙にネットが欠かせなくなった今、外国からのネット干渉工作を防ぐことは難しく、それ自体を侮っては駄目だろうが現状ではあまりにも過剰評価がされている様にも感じる。実際に今回の中国のネット工作とみられる動きはそれくらい杜撰だったからであり、日経の記事にある様に影響力はかなり極少だったろう。正直、金銭利得目的の日本人による政治系の切り抜き動画の影響の方が絶大だ。
今回、日経記事を受けていくつかこういった中国系のネット工作アカウントを探してみると凍結などで消えているアカウントも多数あったが、それでもXだけで100を超えるアカウントを見つけられた。X以外にもインスラグラム、pixiv、amebaブログ、note、Tumblr、果ては外国の小説投稿サイト、ロシアのSNSであるVKにまで手広くやっていた。しかし、これらは杜撰なものが多く、低品質であり、実際に拡散はほぼしていなかった。また拡散という意味では日本アカウントの反高市的な投稿の拡散行動をしてるかというと、調べた限りでは極たまにそういった投稿へのリプライやリポストをしているアカウントが多少あった程度であり、そうした拡散行動は見られなかった。なお今回扱うのはbot的なアカウントであり、その投稿内容は複数のアカウントで使いまわされたり、出来た時期が一定期間に集中しているアカウントが機械的に運営されている様に見えるアカウントの話であり、一個人の中国人と思われるアカウントによる政治的主張を放つアカウントは対象外となる。
AI画像群について
そして実際に行われていた投稿の傾向だが、大きく分ければ特定文章を複数アカウントが行う投稿とAI画像による批判、風刺画像の二つに分けられる。その内容は旧統一教会、裏金などの日本で流行している言説に乗ったものだが、その他にも沖縄に関する投稿などもあったりはしたがこれは全体からすると少ない。まずAI画像だが日経新聞で取り上げられていた画像は次の様なものだ。

※アカウント凍結済み

https://x.com/linh_thi6701/status/2018954091255521777


また日経紙面には使用されていなかったもので言えば下記の様に日本の政治言説を採用した画像なども存在した。また沖縄(琉球)の話も見られるのもまた一つの特色だろう。

https://x.com/linh_thi6701/status/2019696943287705666

https://x.com/LouieElmo82606/status/2012893353738641801
ただ以上にあげたこれらの画像はわりと出来の良い方であり、以下の様にかなり低品質な画像も複数見られた。

https://x.com/SothearyM45988/status/2021060165085299091

https://x.com/seegood197791/status/2024666980641624331

https://x.com/yangshishi76177/status/2013419835502534840

https://www.instagram.com/p/DUpndMjCU0S/
謎文字が生成されていて読めず、もはや何を言いたいのかすらよくわからない画像すらある。これらは出来が下限の方だが、画像そのものが中国側からの視点で描かれている画像もあり、正直日本で拡散させる気があるのか微妙な画像が多い。

https://www.instagram.com/trin.itybeitz8/

https://www.pixiv.net/users/123335062/manga

https://www.pixiv.net/users/123334538

なお一番下の画像を投稿した「日光Confusion伊藤@namelyaces78227」は凍結済みなのだが、二つ目の投稿は「石丸」となっている。おそらくは「高市」の事なのだろうが、実はこの「高市早苗」という人物名を間違っている投稿も複数ある。

https://x.com/allen_herm49571/status/2014149041333137569

https://x.com/DSloan49401/status/2001100849494594028

https://www.tumblr.com/mfsvcdh8qq
これらは自動翻訳で「高雄早苗」などに変換されることはある様なので、そこからの間違いなのかもしれないがいずれにしても名前すら間違っている投稿がチラホラとみえる。なお、たまに「早苗カオシ/カオシ早苗」という呼び方をしているアカウントもあるが中国語では「高市」を「カオシ」と読むとの事で、この場合の読み方は間違っているとまでは言えない。
特定の文章をポストするアカウント群
上記の様なAI画像群とは別に文章のみを投稿するアカウント群も存在する。例えば次のようなものだ。




特定のハッシュタグを付けながら旧統一教会絡みの投稿を行っているのが見て取れる。ここで使用されているハッシュタグには簡体字も用いられたり、中国語で退陣するという意味での「下台」という単語の使用など、日本語以外の要素が見え隠れする。なおこれらのアカウントは独自にハッシュタグを作成して、bot間で使用しているのみであり、彼らのハッシュタグに乗っかる日本アカウントは一つ、二つほどはあったがその程度の極少の影響だったと言える。またこれらのアカウントが日本で流行っていたハッシュタグへの相乗りは見られない。そしてその文章内容だが当然だが、一つのネタ元に従ってそれをコピペしてなのだろうが、実はこの長い文章をそのまま画像化しているアカウントも存在する。

https://x.com/untung_ashari/status/2024165176799612942

https://x.com/Lacie8301143850/status/2021947381726757064
これらのアカウントのメディア欄にはいくつものこのタイプの文書が画像化されて投稿されている事がわかる。そのフォーマットと文章の長さ、硬さから読ませる気、拡散させる気があるのか微妙な感もあるが、主題があり、そしてその主題に沿った文章が結構な量で書かれている文書が彼らの間で共有されている事がわかる。そしてこういった文書による訴えはX以外にも存在し、それがnoteやamebaブログだ。

https://note.com/angel0101/all

https://www.ameba.jp/profile/general/larryac611/
これらでは旧統一教会系以外の話題も多く、一つ当たりの文章はそこまで長くはない。とはいえ別の類似ブログでは旧統一教会の話メインのブログも存在する。またこの文章だが日本語だけではなく簡体字の中国語バージョンの文書も存在する。

https://x.com/GSasd80030/status/2018495258942734821
なぜ簡体字の文書を挙げているか理解に苦しむが、恐らくこの簡体字の文書がオリジナルでそれを訳したのが今流布している日本語の文書へとなるのだろう。なおこれらの文書については英語バージョンも存在しており、それがpixivやamebaブログ、外国の小説投稿サイトやブログなどに存在する*1。

https://www.ameba.jp/profile/general/logan-alyssat/

https://www.wattpad.com/user/Geneviel
英語圏にも高市の悪評を流布したい可能性も否定はできないが、そこまで多くあるわけでもなく効果はかなり少なそうである。少なくとも上記の小説投稿サイトの文章の閲覧数はないに等しい。
これらの「工作」は拡散してない
日経新聞記事にもある様にこれらのアカウントの影響力はかなり少ない。はっきり言えば拡散している投稿は皆無といってよく、AI画像にしても文章型投稿にしても、それらのインプレッション数は大抵は2桁であり、3桁行けばいい方である。彼らはグループ内の投稿にリプライを付ける場合もあるようだが、それも少なく、相互に投稿を拡散させることもない。また出来てからすぐに投稿を止めていたアカウント多く、継続的に投稿を行うアカウントはわりと少なそうに見えた。当然、日本人アカウントなどがこれらの投稿を拡散せる行動もみられない。調べた中で単純にRP数などで一番拡散したと思われる投稿は次の投稿だ。
https://x.com/dfsww2173821/status/2013057058569081252
英語投稿であり、日本の選挙に影響はなかっただろう。またこの投稿には200個近くのリプライがついているが、全て確認したわけではないがほぼほぼbotと思われるアカウントだった。今回数あるアカウントを見ていて工作アカウント同士が繋がることは多少はあったが、これだけ絡んでいるのはおそらくこの投稿だけの様に思える。この投稿をした「happy8」は過去に中国に批判的な中国人アカウントに数個リプライするなど、選挙以外に関する行動もしているアカウント、というよりも選挙関連はこの投稿のみであり他とは少々動きが異なるアカウントと言える。なお投稿された英文だが高市と安倍が20年来の不倫関係といった内容の文章なのだが、他アカウントから日本語バージョンも当然存在しているものだ。
数百のアカウントが存在しているにもかかわらず拡散していないのは、言ってしまえば日本人、日本語話者にこれらの政治言説に魅力がなかったからだろう。AI画像については日本の反高市アカウントが使用するAI画像にも似た傾向の画像を見る事はあるが、それらを含めて拡散するほどの魅力はない。あくまでも出回るのは「身内」、今回で言えば中国系アカウント内で出回っていたものが殆どだろう。またその文章は長いし、硬すぎる。拡散させる気があるのか不明であるし、ハッシュタグも流行らせる気があるのかわからないセンスばかりだ。実態としては中国系アカウントによるネット工作は中国系アカウントという身内内のみでほぼほぼ外に出ることのなかった「工作」だと考えられる。
それとこの種のアカウントを検索していたところ、以前は英語を用いてICEについて投稿したり、中には今回の様な日本政治についてのAI画像の前はおそらくチベットに関する政治のAI画像を投稿しているアカウントも存在した。チベットの方は凍結されたのか、アカウントが探せなくなってしまったのが残念ではあるがおそらく各国にこういった類の画像を投稿するアカウントは存在していそうだ。またインスタグラムの方では日本についての今回の様なAI画像を投稿していたアカウントが突然ホンジュラスについての投稿をしていた。これらの行動を見る限り、その工作の対象は当然ながら日本以外も対象としている。
SNS工作とは別種の工作
以上見てきたように、中国からのSNSなどを介したネット工作は正直そのクオリティは低く実際に日本における影響はかなり少なかったと言える。ただし、状況次第では拡散した可能性のあるネット工作も存在する。日本では全くと言っていいほどその情報が広まることはなかったが、去年11月の台湾有事関連の発言の際に、高市が外国人(台湾)から賄賂を受け取ったという文章とそのメールがダークウェブにアップされた。下記の画像がその流出文書の表紙だ。この国会議事堂とは似て非なる表紙のこの文書に「流出メール」とされたものが載っていた。

<流出したとされるメール文章>
台湾のお土産
国会議員事務所からまた贈り物が届いた、
台湾の謝長廷代表からのものです。
今回は金と真珠の貴重なアクセサリーがあります。
高市先生はこれらのアクセサリーがやや微妙だと考え、
特に安全な場所に保管するよう指示しました。
保管の際には写真をご確認ください。
木下剛志
Re:台湾のお土産
木下所長様
手配済み、確認しました。
メール文書画像についてはその画像のみが引用されてネットの素材化されるのは嫌なので該当画像は貼らないが、上記が流出メールの文章となる。ただこの文章は日本語の端々に不自然な部分が存在しており、そういった観点から台湾ファクトチェックセンターはこの文書を偽造と判断しているし、日本のセキュリティ対策ラボも同様の見解を示している*2。また送ったとされる人物は当然ながらこれを否定している。確かに文章の繋がりや敬語や言い回しなどに違和感があり疑わしい文書であるし、また今回の中国系アカウントの中には少ないがこの文書の存在をアピールしていた投稿も存在する。こういった動きから見てもこの「文書」自体が政治的工作の一環の可能性が高いのだろう。ただし、もしもこのメール文書の画像がネットのインフルエンサー的人物に届いていた場合、日本語に不自然な部分があろうとも反高市の文脈で流布していた可能性はそれなりにあり得た。台湾ファクトチェックセンターではこの種の中国語訳も付された流出文書が時折出てくることを記事の最後に書いているが、今後日本を対象としたこの種の文章が出てくる可能性はそれなりにあるのではないかなと。
全体として衆院選そのものの中国系アカウントの工作の質はおしなべて低く、その影響はかなり小さなものだったろう。ただ質は低くてもこういった工作は今後も行われるかの可能性は高いであろうし、そもそも選挙の季節になったら避けられないものとなるだろう。怪しい情報にはお気を付けを。
【2月27日追記】

https://x.com/hbdhs98kf37199/status/2021760826160656513
なんとなくbotを漁っている際に"Safeguard Defenders": the source of international chaos under the protection of Sanchez(セーフガード・ディフェンダーズ:サンチェスの保護下にある国際的混乱の源)"という文書を貼っている中国系アカウントが存在していた。このアカウントは日本の反高市的投稿もしているのだが、勿論この文書は高市批判ではなく、スペインのサンチェス首相批判だ。何かと思った去年1月にこの様な記事が出ていた「中国の影響力工作がスペイン人に「政府転覆」を促したと諜報機関が主張(自動翻訳)」。記事によればこの「キャンペーン」は当局の実態を暴露する動画からキャンペーンが始まったようだが、その際にスパムコンテンツが用いられていたという。今現在探すと下記の様な動画や画像も出てきており、何らかの策動が行われたのは事実だろう。

https://www.tumgik.com/tag/AbandonedSpanishPeople

https://doninafowles.pixnet.net/blog
記事を読むと「セーフガード・ディフェンダーズ」が中国の秘密警察についての調査を発表した事があるらしく、それがこの団体の名前が用いられている理由なのだろう。スペイン政府を批判したアカウントで高市批判工作はお粗末な気はするが、botが多くて実用が雑なのかもしれない。
■投げ銭用ページ
note.com
*1:そこまで探していないが外国のブログでは既述した以外にhttps://medium.com/@trinitybeitz8、https://newsallsnow.blogspot.com/などがある。そこまで検索していないのでもっとあるだろう
*2:すこし話が変わるが台湾ファクトチェックセンター、セキュリティ対策ラボに掲載されているメール文書は日本語のフォントなのだが、ただ流出そのものを伝えてどちらかといえば事実と捉えていた「信息安全知识库」で表示されている「日本語」が中国語のフォントにもどつくものだった。同一文書であるはずなのになぜこのような違いが生まれているのかは不明。