【10月17日】
記事の一部を加筆修正
自民党総裁選に出馬している高市早苗が初見発表演説会において刑事事件を起こした外国人についいて、「警察で通訳の手配が間に合わず、不起訴にせざるを得ない」といった旨の発言をしていた。この発言の真偽については毎日新聞「自民党総裁選 高市氏「外国人、通訳間に合わず不起訴」発言 識者「実態と異なる」」、西日本新聞「「外国人が通訳不在で不起訴」「訪日客がシカ蹴る」高市氏発言の根拠は? 専門家反論「実態と異なる」」、山陰中央新報「「通訳いなくて外国人不起訴」?」」(この見出しで他の新聞社の記事がある事から通信社の記事か)などによって識者はその様な実態はないと否定する。また立憲民主党の議員である米山隆一が警察庁に問い合わせたした結果として、”そんな例はない”という返答を貰っている。そして実はこの言説そのものは国会での質疑も存在する。それが2024年3月22日に行われた参議院法務委員会における次の質疑だ。
和田政宗
そうすると、ネット上で流布されている、その司法通訳人が足らないから検察官が公判維持などもできないし、しっかりと聴取ができていないからそういうような不起訴になるんだというような言説があるわけでありますけれども、それはそうではないということでよろしいんでしょうか。
松下裕子(法務省刑事局長)
御指摘のとおりでございまして、通訳、必要な通訳人の確保には努めておりますし、外国人事件には必ず通訳人を付して捜査を行っておりますけれども、通訳人が足りないからということで不起訴になりがちであるということについては、当たらない御批判であるのではないかと理解しております。
またもう一つ関連した国会質疑がある。2024年6月4日参議院 法務委員会、厚生労働委員会連合審査会での質疑だ。
片山さつき
つまり語学の壁で、調書を取るための十日から二十日間ぐらいの勾留期間がありますが、それが語学の壁が主な理由でできなくて、調書が完成せずに放免してしまうということがあるのではないか、というようなことが言われるほど、いろいろと問題が感じられているわけですね。こういった場合に、そういう壁があるようなことはまさかないんでしょうね。そうでないと、やはり不公平が生じるということだと、信用が成り立たないので、まず、このことを警察にお聞きをしたいと思います。さらに、こういった問題について司法警察の方としてはどのように考えているのかを法務省にもお聞きしたいと思います。両省お願いします。
猪原誠司(警察庁刑事局組織犯罪対策部長)
一般的に、警察におきましては、日本語が通じない外国人に対して取調べを行う場合、通訳人を介してこれを行うこととしております。御指摘の埼玉県警察におきましても同様に対応しており、トルコ国籍の被疑者の取調べにおいて通訳人が確保できずに取調べに支障を来した事実はないものと承知しております。
法務省、警察庁の見解として、通訳不在によって外国人が不起訴という事例は確認できていないと思われる。司法通訳の中でも裁判を担当する法廷通訳人については成り手不足という報道は存在する為に取り調べの際の司法通訳士が外国人の増加によって不足していること自体は塑像に難くない。しかしこの「通訳不在によって不起訴」という流言は何時、何処で生まれたのだろうか。
X上において「警察 不起訴 通訳」というワードで検索すると2020年に"警察側では通訳が絶対的に足りないから現場が追いつかない。結局、充分な証拠を集めきれず。容疑者は裁判所で不起訴になっているのかもしれませんね。"という投稿が存在するが、あくまでもこの文章そのものは憶測である。「裁判所で不起訴」という文言も単純におかしく、いってしまえば「感想」レベルの話だ。2021年、22年には今回の言説と近しい事を言っている該当アカウントが存在するが、こちらも何らかのソースを出している様には見えない*1。なお2022年7月に産経新聞で「急増するベトナム人犯罪 「隠語」通訳に警察が悲鳴」という記事が出される。この記事自体は通訳の仕事の大変さや人材確保の重要性をうたっているだけで「通訳がないから不起訴になる」といった内容は一切ない。しかしこの記事を受けていくつか通訳の不在が不起訴になる理由ではないかとの推測をした投稿が存在する*2。この様に2020年ごろからこの種の投稿がチラホラと出てくるのだが、「拡散」と言える投稿は存在しない。これらの言説そのものがどの様に出来たのかを正確に言うことは難しいが、言語の壁をある程度解消できる「通訳士」の不足とそこからの警察による取り調べの困難さ、そして不起訴が多いという印象によって、この二つの認知が繋がり「通訳士不在で不起訴」といった認識が生まれたのだと思われる。なお、この外国人は「不起訴が多い」という認知だがABCニュースが「【ファクトチェック】「外国人は不起訴ばかり」は本当?起訴率のデータを見ると…”日本人と来日外国人は大差なし”」という記事の様に起訴率そのものは日本人と外国人で大差はない。
そしてこの「通訳がいないから不起訴」という認知が拡散し始めたのが2023年だ。まず5月に「バズる」というほどではないが次のような投稿がほんの少しだけ拡散する。

https://x.com/tADi7sxPiJpmYvm/status/1661329806917779458
https://x.com/tADi7sxPiJpmYvm/status/1661391611543052296
この「坂井哲也@tADi7sxPiJpmYvm」による認知は日本の警察は相手の言語がわからないなら不起訴にするというものといえる。そしてその数か月後、「門田隆将@KadotaRyusho」による次の投稿によって初めて拡散と言えるレベルで広がる。

https://x.com/KadotaRyusho/status/1706492312208224544
2023年に発生したクルド人グループ同士による喧嘩があり、これが「クルド人問題」が盛り上がる一つのきっかけともいえる事件があったのだが、この際に逮捕された人物が不起訴になったという報道が行われた。それに門田が何故「不起訴」になったかの解説を行った投稿といえるが、そこで「通訳の不足」とそれによる聴取の困難さによって不起訴が定着したと書いている。また同年11月には「髙安カミユ(ミジンコまさ)@martytaka777」が次の様な投稿をしている。

https://x.com/martytaka777/status/1724072661930942814
髙安カミユの話の元ネタは投稿にある様に夕刊フジのネットメディアzakzakによる「〝言葉の壁か〟外国人犯罪、不起訴多数の実態 48時間以内の送検、犯行証明の難しさ「通訳人確保は政府が音頭とるべき」」(2023年10月12日)だ。この記事は上記のクルド人グループ間の事件の不起訴事例に端を発している記事と言えるが、そこで元警視庁通訳捜査官の坂東忠信が48時間以内に送検というタイムリミット内に通訳者を見つける事が困難である事などを述べており、捜査の困難さを述べている。坂東自身は通訳確保の困難さを述べているだけで(加えて単純な犯行証明の難しさを述べている)直接的にそれが不起訴になる理由だとまでは触れていない。ちなみにだがzakzakの見出しを受けて、逮捕(身柄拘束)されてから「48時間(2日間)」で通訳が付かなければ不起訴になるといった話も一部であるのだが、48時間以内に検察官への送致有無、検察はこの送致から24時間以内に勾留請求、勾留状が出ると最長20日の拘留が行われ、つまり逮捕後23日以内に起訴・不起訴が決まるのであって48時間以内に起訴するかどうかが決まるわけではない。この記事は「不起訴」の話を主題に置き、その原因の一つを「通訳士」に求めているといえ、この不起訴と通訳士を繋げた言説が記事によって結ばれたといえる。また2023年11月23日にて、青山繁晴がyoutube「【ぼくらの国会・第635回】ニュースの尻尾「外国人不起訴を増やすな」」で類似のことを述べていた。埼玉県の事例を話しており時期的にもzakzakなどを受けての話題だろう。言葉がわからないので不起訴的な話をしているが、特に根拠が述べられているわけではない。
この様に2023年に通訳と不起訴との関連付けが行われて拡散もしたのだが、その次の年の2024年では投稿層のものはチラホラとあるが拡散といえるレベルのものは見られない。再びこの話題が出てきたのが2025年だ。4月ごろから「日本語ワカラナイ」といえば不起訴になりやすいとった話が流布される。拡散者は当時国会議員であった浜田聡だ。

https://x.com/satoshi_hamada/status/1917473722489004282
浜田投稿の引用元である「すぎまるこ@sugimaruko」は”不起訴の場合の理由はおおかた「ニホンゴワカラナイ」だと思います”という「推測」なのだが、それを浜田は「事実であれば」という前提を付けつつも日本語分からなければ不起訴になりやすいといった認知を広めたと言える。この日本語がわからなければ不起訴という認知の膾炙については、その他にもこの投稿の影響を受けたであろう「ぴろん」や「髙橋𝕏羚@闇を暴く人。」などによっても拡散している。

https://web.archive.org/web/20250601031209/https://twitter.com/pirooooon3/status/1929013069679919433

https://x.com/Parsonalsecret/status/1929374275087049202
また坂東忠信は5月に通訳不足問題と絡めて取り調べ不足ならば不起訴にするといった投稿をして若干の拡散を得る。

https://x.com/Japangard/status/1925338512624427010
上記投稿は参政党の吉川りなに対するリプライなのだが、坂東は参政党の応援演説をするほどに参政党の支持者である。そしてその応援演説の動画が9月にアップされたことにより今まで以上の拡散を得る事になる。

https://x.com/bcfe70bord/status/1966993208686326153

https://www.youtube.com/shorts/Gq3eJSWFz5o
上記は「不起訴」ではなく「釈放」と書いているもののおそらく混同している人間は多くいるだろう。坂東忠信は過去の職務経験からの発言とは言え、国会における法務省の発言や新聞による関係者などへの取材から考えると、通訳士不足そのものの話題には首肯できるが、そこから不起訴という話には短絡的なつながりに見える。そもそもこの話題が盛り上がってきた時点での坂東の発言はそこまでは踏み込んでいないが、演説などによって聴衆にわかりやすい形に変化している様に見える。
今回この発言をした高市がどのルートからこの認識を得るに至ったかは謎だが、一つ言えるのはこの言説が存在した場所はインプレッション稼ぎを含むネット保守層、N国、参政党関連の人間たちの場である。高市はそういった場所で情報を摂取し、そして発する事で自身がどういう考えの人間であるかを示したと言える。
【10月3日追記】
朝日新聞が「「通訳が間に合わず不起訴」 高市氏の発言、捜査の現場はどうみたか」という記事を出していた。そこでは、
容疑者が逮捕されてから起訴するまでの勾留期間は最長で23日間。勾留しなくても任意の取り調べはできる。各地の捜査事情を知る警察幹部は「通訳は潤沢ではないが、取り調べができる期間中に通訳が接触できないという状況ではない」と話す。通訳不足で不起訴になった事例は「聞いたことがない」と言う。
起訴するかしないかを決める権限を持つ検察内部でも同様の意見が聞かれた。地方の検事正経験がある幹部は「地方では希少言語の通訳確保に苦労することはある」としつつ、テレビ会議システムを使ったリモート通訳を活用するなどしており、通訳を確保できないという理由で「起訴すべき事案を不起訴にした事例は聞いたことがない」と言う。別の幹部も高市氏の発言は「あまりに根拠不明だ」と首をかしげた。
と実質的に警察、検察の幹部が高市言説を否定した形となる。やはりこの「通訳不在で不起訴」という言説は「司法通訳の不足」という情報と「外国人の不起訴」という印象が合わさって出来た風説に過ぎないのだろう。ところで高市事務所はこの記事の中で"そういう話が『人口に膾炙(かい・しゃ)する』くらい、国民の間に不安が広がっている、ということを言いたかった"とあるが、果たしてこの言説が「人口」に膾炙している程かと言えば、この記事で扱ったような人々の間以外に広まっているとは思えない。この釈明(言い訳)は自己正当化をしようとしているが、高市が何処を見て「社会」を理解しているかを露にしている様に見える。
【10月17日追記】
警察庁に問い合わせを行い、令和6年度中の全国警察における通訳件数のデータを入手したのでここに追記しておく。

その件数は約14万5500件となる。現時点で最新である令和6年版犯罪白書によれば(※なので統計は令和5年)、外国人(来日、その他含む)の刑法犯検挙人数は9726人、特別法犯検挙人数は6930人となる。また検察庁終局処理における公判請求、略式命令請求、不起訴、家庭裁判所送致の合計人数は21852人(うち来日外国人17512人)となる。また不起訴、起訴猶予は9309人(来日外国人7579人)となる。統計年に1年のズレがあるとはいえ通訳件数と検挙人数に大きなズレがあるが、一人に対して複数回の取り調べが行われる事はあるだろうから約14万件という数字の上振れはそういったものを含むのだろう。なお警察庁への問い合わせの中において、通訳が必要にも拘らずに手配できなかった件数も同時に尋ねてみたが、そちらに関してはその様な統計はないとの返事だった。この「約14万件」の通訳件数が必要な件数を満たしていたかまでは不明ではあるが、朝日新聞の記事などを鑑みると現場では相応の対応は出来ているのではないかなと。