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トインビーが書いていない「民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」についての深堀

 歴史学者アーノルド・J・トインビーが「12、13歳くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる」と述べたという言い回しがある。これは既に国会図書館のレファレンスにおいて、

・この言い回しの出典は不明
・類似文言は戸松慶議『生存法則論 :日本民族の世界観. 第1巻 (古事記篇)』(1959)が最古
("中等学校の卒業生にして自国の古典を知らぬ民族は例外なく滅ぶ")

という調査結果が出ている。さらに「ヤシロぶ」という個人ブログにおいて上記のレファレンス結果を受けて「追跡:「古事記ビジネス」に騙り継がれるトインビー「民族の神話」の系譜」という記事が書かれている。「ヤシロぶ」の記事はこの言い回しの調査であり、どの様にこの言い回しが変化したのかがわかる労作だ。

1959 戸松慶議
”中等学校の卒業生にして自国の古典を知らぬ民族は例外なく滅ぶ"
1986 吉川正文
"中等教育を終へたる者にして、その国の古語(古典)を解せざる民族は、例外無く滅びてゆく"
2004 出雲井晶
"12~13歳頃までに自分の国の神話を教えられていない民族は、例外なく滅んでいる"
2007 木原秀成
"12、13才くらいまでにその民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく亡んでいる"
2010 竹田恒泰
"十二、三歳までに自分たちの国の神話を教えなかった民族は、百年以内に必ず滅ぶ"
2011 竹田恒泰
"十二、三歳までに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる"
2016 竹田恒泰
"十二、十三歳くらいまでに民族の神話を学ばなかった民族は、例外なく滅んでいる"

この様にこの「トインビー」のものとされる「格言(?)」はレファレンス及び、「ヤシロぶ」において実際には出典が明かされていない、要は捏造格言であるとの結論といえる。ただ現状でも流布していること、また初出とされる戸松慶議周辺に対する補足が出来るのでそれを記しておく。
 この戸松慶議についての検証部分で「ヤシロぶ」は”この文句にトインビー要素はほとんどなく、十中八九、戸松慶議本人の思想が反映された言葉に思えます。検証過程を詳述すると長くなりますのでやめます。”と再検証する側としては困る記述がなされている。なのでここから受け継げるものは特にないので独自に始めるが、このトインビーの戸松本『生存法則論』(古事記編)はレファレンスでは1959年5月に綜合文化協会から刊行されたというが、1952年に大和新聞社から59年版のもととなる本が刊行されている可能性がある。傍証としてしか示せないが1952年には『生存法則論(思想編)』が刊行されており、この思想編は59年版にも存在し、後述する59年版の直前に刊行された戸松の別書籍の巻末には『生存法則論』は59年に全6章の書籍が一定間隔で刊行されているのが確認できる。とはいえ、52年版は国会図書館を含めた各地の図書館、古本屋にはどうにも現存しておらず(「思想編」のみが所蔵、販売)その内容や存在自体が確認しようがない*1。なおこの本を著した戸松慶議は右翼団体「大和党(ダイワトウ)」のトップであり*2、『生存法則論』という書籍は彼の思想、主張が全六章に分けて刊行され、その第1巻が古事記篇ということとなる*3。初出とされる『生存法則論』の刊行年が1952年にまでさかのぼれれば日本で刊行されていたトインビーの書籍は『歴史の研究』1~3巻と限定される。とはいえ、52年版が確認できない以上、52年版=59年版と断言することは出来ない。しかしそのほかの情報から戸松の読んだ本は『歴史の研究』である可能性が高い。そもそも『生存法則論』ではp.3にトインビーは『歴史の研究』を書いたことを記述している。つまりは戸松の「出典」は『歴史の研究』と考えるのが自然だ。
 そして『生存法則論』における「中等学校の卒業生にして~」という記述はレファレンスでははしがきに書かれているとあるが、実は他のページにも存在する。しかし、この記述ははしがきと一致していないという不可思議な現象が起きている。

p.2
「トインビーは「中等学校の卒業生にして自国の古典を知らぬ民族は例外なく滅ぶ」と極言している」
p.107
「トインビーも「中等学校を出たものが、自国の古典を知らぬように教育された国民は、歴史上必ず亡んでいる」と云っている」

この様に戸松によるトインビーのものとされる発言は鍵括弧によって引用の体を外見上はとっているにもかかわらず一致しない。そして実際のところトインビーによる『歴史の研究』において上記の様に引用できる文章は存在しない。つまりは捏造と言える。もしくは戸松としては鍵括弧は引用ではなく、トインビーの主張を戸松なりに「要約」しただけという反論も可能ではあるが、国会図書館デジタルコレクション上の『歴史の研究』において例えば「中等学校」という文言は使用されていないし、それに類する単語としての「学生」もこの様な文脈で使用はされていない。また「古典/神話」「滅ぶ/亡ぶ/滅亡」などの単語で検索したが直接的な表現で戸松の鍵括弧内に相当する場所は見つけられなかった。また「要約」ですらない可能性が戸松の別書籍における書きぶりから挙げられる。戸松は1959年3月刊行の『天皇論 : 国体を破壊する皇室に訴える』*4においてもトインビーの『歴史の研究』について述べている。ただこの『天皇論』という書籍中には次のように「古典」の重要性を語る箇所が複数あるものの、「中等学校の~」というトインビーのものとされる発言は利用されていない。

p.29
"古典教訓が万邦無比、万古不易のものであるかについても何一つ知らなかった。"
p.45-46
"トインビーはその名著「歴史研究」(ママ)の中において、文明の興隆は創造力と統一であると指摘している。この原則からするならば模倣民族の日本の運命は滅亡以外にない事を物語る。創造力の根源は伝統維持とそれを尊重する精神の中に発すものであって、古典や伝統の価値を否定し、これを破壊しようとする日本人の前には創造は成り立ない。近世か現代の日本は西欧崇拝に狂って古典を軽視し、歴史伝統を無視して、日本の生命本質から隔絶された百年であったといって過言ではない。"
p.71-72
"自国の特色を現す古典を学ばずしては、祖国を知ることは勿論、建設することも不可能である。近代人の多くは自国の古典を学ばず、"
p.95
"われわれは古典や歴史伝統を守る理由は、即ちこの永遠につきることなき創造力の源泉を古典が持っているからである。トインビーは文化の興隆は実に創造にありと断言しているのをみてもその価値がわかるであろう。"

上記の複数の引用以外に付け加えるとするならば『天皇論』ではp.90にて、ドイツの歴史学者ランプレヒトの言葉として”低度の文化をもつが、高度の外来文化に接する場合、大概は奔流され滅亡する”という言葉が紹介されている。このランプレヒトの言葉は『生存法則論』におけるp.107のトインビーの「中等学校~」発言のすぐ前に位置していた言葉なのだが(両者で文章の細部は異なる)、『天皇論』においては少しおいてからトインビーは”文化の興隆は例外なく創造力と統一力である”という言葉が紹介されている。事程左様に『天皇論』において戸松は古典の重要性を語る論旨上、トインビーによる「中等学校~」を使用できるタイミングがあるにも関わらず、何故かこの言葉を一切使用していない。もともと存在していない「格言」の様なものであったために意図的かなのかは不明だが、『天皇論』には用いなかったのは重要な事実だろう。なお、”文化の興隆は例外なく創造力と統一力である”という言葉が『天皇論』でも『生存法則論』でもトインビーの言葉として使用されているが、『歴史の研究』においてこのような直接的な言い回しはない。これはランプレヒト*5の言葉として書かれている「低度の文化~」も同一であり、ランプレヒトの邦訳された著作である『近代歴史学』上にはこの言葉通りの言い回しそのもののは存在しない。とはいえ『近代歴史学』p.158には”極めて低い文化をもった民族が、極めて高度の文化を輸入することによって滅亡する”といったように、それに近しい事は書いてはいるので戸松なりにランプレヒトの言葉を解釈して出力された要約が戸松による鍵括弧内の文章なのだろう。つまり戸松によるこの鍵括弧で括ったトインビー引用スタイルは実際の文言がないだけに捏造ともいえるが、ただ戸松によるトインビー言及やランプレヒトの例を見ると一からの捏造というよりも「戸松なりにトインビーを解釈」し、要約及び自身の主張に寄せて記述しているとも考えられる。ただし「中等学校の~」という言い回しはそういった「要約」の可能性は低い。何故ならば実は『天皇論』を「古典」ではなく「神話」という単語で見ていくと次のような言い回しが存在する。

p.48
"神話の滅んだ民族は必ず滅ぶ"

上記の言い回しは『生体法則論』における「中等学校の~」とほぼ同一のものだと言えるが、ここにトインビーからの引用であるとは一言も記されていない。該当箇所は「日本を知らぬ現代日本人」という項目の出だしの一言となり、トインビーによる発言であると付け加えることは十分に可能であるにもかかわらずだ。『天皇論』でトインビーの言葉として「中等学校の~」という言い回しを使用していないことを見ると、この「民族の古典(神話)を」云々をトインビーの格言とするのは正しくなく、戸松による捏造格言と判断して良いだろう。

民族滅亡の三原則

 上記とは別にトインビーが言ったものとされる言葉として「民族滅亡の三原則」というのが紹介される場合がある。この三原則とは大まかに次の様なものだ。

1、理想を失った民族は滅亡する
2、価値を金銭に求める民族は滅亡する
3、歴史を忘れた民族は滅亡する

この言い回しには複数個あるものの、内容そのものはほぼ変わらない。結論から言ってしまえば3番目にある「歴史を忘れた民族は滅亡する」からトインビーが言ったとされる発言と関連付けたに過ぎないものと考えられ、もともとは2010年の『月間致知』にてアサヒビール名誉顧問の中条高徳の言葉として出てきたのが初出だろう*6。これ以前にはこの「三原則」はネット上は見受けられず、またトインビーとしての言葉として現れるのは調べた限りでは2016年1月25日の新エネルギー新聞に掲載された株式会社森のエネルギー研究所の大場龍夫による発言だ。この発言は森のエネルギー研究所に全文掲載されており、第三の原則の後に括弧付で「12、13歳までに民族の神話を~」も挿入されている。果たして大場がこの三原則をトインビーと関連付けた人物なのかまでは不明だが、このころにはトインビーの言葉として一部で流布している事がわかる。なお大場の発言は2016年だが、実際にネット上で複数の流布を確認できるのは2020年代以降となる。例えばX上では「民族 三原則 トインビー」(2023年12月31日まで)という検索では2019年の投稿が一つだけ引っかかるが、それ以外は2020年以降に増えてくる。またグーグルの検索では2018年における日本APRA総会(人が輝く経営実践会)でこの発言が見られるが、それ以外の多くは20年代以降のHPだ。例えば戦国マーケティング会社(2020年12月)、テンミニッツTV(2021年3月)、EXTECH(2022年3月)、仕組み経営(2023年1月)、THE GOLD ONLINE(2023年8月)などなど。そしてこれらの民族滅亡の三原則が紹介されているHPの多くには共通点がある。テンミニッツTVは10分で学べる教養を売りにしたサイトだが、その他は企業経営にまつわる情報としてこの三原則を紹介している。どうにもいつからか経営者やビジネスマン向けの言葉として、例えば「滅びる会社の3原則」のような紹介の仕方で広まっている模様だ。おそらくこの「倒産」と関連付けという意味では、2018年3月号の『致知』においては鳥羽博道ドトールコーヒー名誉会長)と越智直正(タビオ会長)でこの三原則と共に倒産について語られたのが起点だろう*7。この鳥羽と越智の対談においてはトインビーとの関連付けはされていないが、倒産と組み合わせて経営者、ビジネスマン向けの言葉としての流布はこのあたりとなるのだろう。
 この「トインビーの民族滅亡の三原則」が訂正されずにこのまま「定番」の語り口として生き残っていけば、より広がっていく可能性のあるものだろう。なお、単語を初めて紹介した致知のX上の投稿では2022年における投稿でこの三原則を紹介しているが、当然ながら中條高德の言葉としている。

おまけ:「ケマル・アタテュルク」の言葉?

 トインビーのwikipediaの記事には2025年現在「民族の神話を学ばなかった民族は例外なく滅んでいる」という項目があって三原則なども紹介されているのだが、最後に”類似した言葉がイスタンブール軍事博物館にてケマル・アタテュルクの言葉として掲示されている”とある。その言葉はトルコ語で”Tarihini bilmeyen bir millet yok olmaya mahkumdur.(歴史を知らない国家は滅亡する(自動翻訳))”となっている。ケマル・アタテュルクトルコ共和国の初代大統領であり、のちにはケマル主義という言葉も生まれていたりするのだが、実はこのケマル・アタテュルクはトインビーの『歴史の研究』にも名前が出てくる人物である。ただトインビーの書籍にはケマル・アタテュルクの言葉は紹介されていないので、この線からの戸松への伝播もない。というよりも、このケマル・アタテュルクによる"”Tarihini bilmeyen bir millet yok olmaya mahkumdur."だが、現地のネットや多少の書籍には使用されている「名言」であることは事実だが、実はどこにもその出典は書かれていない言葉となる。また英語でケマル・アタテュルクの名言を検索すると、どうにもこの言い回しの英語バージョンは存在しない。ネット上だと2009年ごろには使用されていたようだが、膾炙はしているが出典が見えてこない「怪しい」言葉と言える。「おまけ」なので、このケマル・アタテュルクの文言の検証はここまでにするが、この種の言葉はくすぐるものがやはりあるらしい。

投げ銭用ページ
note.com

*1:ちなみに拓殖大学図書館において刊行年が1952年の『生存法則論, 第1巻 古事記篇』がHP上では見えるが、問い合わせたところこれは1959年版であり、1952年は誤りとの事だった。」

*2:「大和党」は「中和党」からの名称変更によるもの。この「大和党」ものちに名称が変更され、その外郭団体として綜合文化協会が出来るに至る。

*3:なお52年版での1巻は思想編であり、59年版とは章の順序が異なっていたようだ。

*4:ちなみにだが1959年の『生存法則論 古事記編』は1959年5月刊行

*5:国会図書館のデータベーズ上においては「ラムプレヒト」と記述されている。調べるならばこちらの単語で検索のこと。

*6:紙面は確認していないが、X上だと2010年3月の投稿においてこの旨の発言が確認できる。https://x.com/yudebiifun/status/10122877625https://x.com/hikimichi/status/10242499052

*7:例えばhttps://www.facebook.com/t.yonep/posts/2081212948572223https://x.com/otasuke888/status/968633902775463936https://x.com/Shinji58775678/status/1430056384863752203で確認できる




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