目を閉じていても、涙は顔をつたう
今私は誰かに執着することで現実逃避をして生きながらえている。
ふと1人帰り道に私が16歳の頃1番好きだった曲を聴くと、本来の私がすごく救われて、今私が救いを求めてる曲には全く救われていないことに気づく
単純接触効果だったり、距離の近さに私は自分の感情が曖昧になって意識が朦朧として、深く考えられなくなっているのかもしれない
認められたい、褒められたい、それだけで私はがむしゃらに体を動かして、
誰かのためにこんなに頑張れた!なんて言葉では片付けられない
はたから見たら宗教の様なそれに、自分で居なくて良いという居心地の良さを感じてそこでたゆたっている
少女とは言えない年齢になってもなお、それ、が作る物語に出てくる少女に私を無理やり当てはめ、特有の共感性の高さを使いこなし、それ、が褒めてくれるだろう感想を伝える
なぜ、好きというだけでこんなに苦しくならなくてはならないのだろうか、単純にファン、で、居たいのに
私が1番好きだから大丈夫、1番好きだから大丈夫、1番好きだから、1番だから
今までの時間が全て後悔になっても、これからが地獄でもそれでもいいから、どうか私を狂わせて、信仰させて、
それ、が作る曲に救われる未来がありますように
願いながら遠征帰りの飛行機に乗っている