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信仰にも体力が必要

目を閉じていても、涙は顔をつたう

今私は誰かに執着することで現実逃避をして生きながらえている。

ふと1人帰り道に私が16歳の頃1番好きだった曲を聴くと、本来の私がすごく救われて、今私が救いを求めてる曲には全く救われていないことに気づく

単純接触効果だったり、距離の近さに私は自分の感情が曖昧になって意識が朦朧として、深く考えられなくなっているのかもしれない

認められたい、褒められたい、それだけで私はがむしゃらに体を動かして、

誰かのためにこんなに頑張れた!なんて言葉では片付けられない

はたから見たら宗教の様なそれに、自分で居なくて良いという居心地の良さを感じてそこでたゆたっている

少女とは言えない年齢になってもなお、それ、が作る物語に出てくる少女に私を無理やり当てはめ、特有の共感性の高さを使いこなし、それ、が褒めてくれるだろう感想を伝える

なぜ、好きというだけでこんなに苦しくならなくてはならないのだろうか、単純にファン、で、居たいのに

私が1番好きだから大丈夫、1番好きだから大丈夫、1番好きだから、1番だから

今までの時間が全て後悔になっても、これからが地獄でもそれでもいいから、どうか私を狂わせて、信仰させて、

それ、が作る曲に救われる未来がありますように

願いながら遠征帰りの飛行機に乗っている

人それぞれの非情

なんかふと、わたしは何にでもなれるし何でもできるけど何もしないという選択肢を忘れてはいけないなと思った

生きるだけでいいし生きてればいいからそこにそんなに意味を求めたら焦燥感でやっていけなくなる

お金は今みたいに女の尊厳を売り買いしてれば生きていけるし、

誰かを好きでいることも義務じゃないし自分を好きでいなくちゃいけないなんて義務もない

だからといって誰かを憎むな、なんてことは無いし、許せない人を何度も心の中で殺しまくってるけど

私のことを特別とか、悲劇のヒロインとか、カフカの変身かよ、とか、きちがいとか、かわいいとか、バンギャごっこしてるとか、かわいそうな子とか、病気とか、売女とか、頭の弱い子とか、二世とか、世間知らずとか、整形顔とか、頭がいいとか、ブスとか、でぶとか、金持ちの道楽とか、文才があるとか、才能があるとか、あばずれとか、こどもとか、死んだ方がいいとか、特別とか、色んなこと言われるけど、全部それは私じゃないから、あなたの中の私に、あなたが勝手に気持ちよくなって射精しないでね、って話しで

でもこれを読んで、それをわかってくれる人はほぼほぼ居ないから、また私の出来事に無責任な言葉を産み付けて無責任に私を苦しめる

優しささえも押しつけならば暴力だから、そして、その優しさを受け止めない私は非情だと言われるから

 


こうやって書き記す事で忘れないようにする

私の頭の中はいつだってずっとよくわかんない意味もない言葉が沢山流れているから、たまには記したくなる

 

12/29

今日のこと、忘れないと思う

改札から2番出口に向かう、黒い服。

極彩色の花びらの中に彼がいる。

色々な表情の人々を黒いレースが包む、蝋燭のように揺れる人の波の中でs君がこちらに向かってくる。

彼が教えてくれた、存在だった。

闇を切り裂く、歌声とともに初めて聞いた時、この暗闇は無限に広がるけども、切り裂いてくれた隙間から光が見えた。

手を差し伸べ、微笑んだ彼の姿に永遠を見た。

頬にBTの文字をs君に書いてもらい、SSLの時のIさんみたいに目に黒い線書きたくなったら書いてあげるね、そんな話をした。

暗転、彼の影が中心にあった、ただ、影を作る存在はそこには無い。

叫び声、鼻をすする音、

心の隅っこで事務所の偉い人が変わって変な炎上商法をしていて、武道館で実は生きてました!という発表があるのでは?と思っていた。

当たり前にあるわけはなく、もう居ない、という存在がそこにはあった。

あの日から、ずっと、何故お手紙を書かなかったのだろうと後悔している。

自分の気持ちを相手に伝えることが出来たのに。好きです、尊敬しています、好きです。

簡単な言葉だけでも、考えが何周もした空ぶった言葉でも、あなたは絶対に受けとめてくれる優しさ慈愛に満ちている。

いつまでも、それはいつまでも続いてる。

 


まだ、あなたの声で聞いてない言葉がある

あなたの持つ感情を歌に乗せた、それ、を私は心のどこかで無限だと思っていた。そんなわけないことは分かっている。

曲間に客席から叫び声が聞こえる、その人は12/29、武道館にいる。

みんな、同じ時を生きて、涙を流している。

12/29武道館までの道のりを振り返ると涙と血の跡がポツポツと落ちている。目の前には閃光が。

あなたを先頭に、小さな光たちのPARADEが歩を進めてる。

 


暗黒宇宙に戸惑う私に、彼は文章表現という生き方を教えてくれたように思う。

暗黒宇宙で私は赤い靴を履き、その日が来るまで踊り続けよう。

 


音が、色が、無くなることなんて無かった、これからもずっと、私の世界を彩る

 


さようなら、出会えて幸せでした。

世界一美しくて、愛されてる人へ

 

この先

文章が、うまくかけない、今までは脳にふわふわと言葉が浮かんできたのに。

ずっと風邪薬でodして、ゲロ吐いて、座ってタバコ吸って、たぬき(匿名掲示板)で叩かれてる自分を見て泣いてた。気づいたら今だ。

吐いても吐いても何故か太って行って、冷静な判断ができる時にiPhoneをみると、食事をした形跡がある。

泣いて泣いて、涙が全てを枯らしてくれればいいのにとねがいつづけても、何も解決することはなく、ただ、現実が強く浮かび上がる。

匿名で人を殺すこと、言葉で人を殺すこと、全てが容易で、あまりにも単純すぎた。

愛されてることが小さく見えて、匿名の言葉が体内で膨らんでいった。

歩んでいくことを、辞めたくなった。

耐えることも、我慢するのもおわりだ、虫の様、光を求め続け、その先にある太陽に沈みたかった。

ありふれた喜びや幸せをこれからも感じられないなら、辛いことが脳内でいっぱいになってるのなら、私は消えて無くなりたかった。

叩かれたくない、それだけなのに、何で暗闇はいつまでも着いてくるのだろう。

怒りはもう消えて、諦めになった。

私が居なくなったら、喜ぶ人がいる。

私が苦しいのを、喜ぶ人がいる。

その現実がいつまでも私を照らす。

もうつかれちゃった。

でも、生きてる、私は私のために何をしてあげられるのだろうか。

生きて、これから先、私は、愛されて、好きな人と沢山歩いて、色んな景色を見ることができる。

この両極端な事実を受け止めなくてはいけない。

まだ歩けない体と共に、歩けるようになった時のことを考えて、私は、

 

tiktokで動画を見ていると、投稿者が、ああ今恋をしているんだな、と分かる投稿が多々ある。

疑似の愛を纏ったデート動画、裏には彼、彼女達のひりつくほどの愛、時間、

被写体を明るく染める音楽、全てが高揚させる。

夢の国に行く男女、その間にあるものは経験しなければ語ることは出来ないだろう。

恋をしている微笑み、なんて美しいんだろうか。

その他にも、素材になっている芸人さんをまとめ、音楽に乗せて動画にしているのを見ると、投稿者がどういった意図で作ったのかをか考える。

そして、やはり、恋している投稿に出会う。

好きで好きでたまらなくて、動画を作ってる間も幸せで、その人を考えて、指を動かし発信する幸せ、

音楽の趣味、好きな表情、好きな言葉、1人の対象者でも、何百もの投稿がある、そんな恋という情報に埋もれて私は眠る。

触れた手

今日は拡張した耳たぶがちぎれ、その炎症が治ったので縫ってきた。

麻酔が効くと何も感じない耳たぶに、引っ張られる感覚。

久々の感覚だった。

最後に注射や針を体に入れたのはいつだろうか。

顎にヒアルロン酸を入れた2021年頃が最後だったと思う。

最近は鼻の整形を改めてしたいと思いながら、お金を貯める暇あればゆっくりと学業に専念するべきだという考えが圧倒的で、踏み込んでいない。

耳の拡張も順調に進めばもっと大きくしたかった。

色々と上手くいっていない。

手術や針を体に入れた日は熱が出る。体が違和感を感じているのだろう。

夢で触ったお父さんの手を思い出して、ふと体が熱されたまま軽くなった。

今どこで何をしているのだろうか。私の耳の拡張を怒るのだろうか、そもそも、ピアスそんなに開けちゃいけません!とか言うタイプなのかな、など考えてくすくすと笑う。

耳は許してくれそうだけど、舌と臍は嫌な顔をしそうだなと思った。

ロリータを着たら褒めてくれそうだし、s君には飯を食えと言いそうだ。

お墓参りに行かなきゃ、でも、行きたくない、”そこ”に居ると信じたくないから。

どこか自由に旅をして、いつか私の住むアパートに帰ってきて欲しい、タバコならあるよ。

s君のことだってたくさん紹介したい。私の小さな頃の話を沢山聞きたい。

共に過ごす時間があまりにも短すぎたように思う。ただ不幸だなんて思わない。出会えただけで、私という存在をお父さんが大切にしてくれた事実があるだけで私は生きていける。

明日も授業だ。

半分の力で頑張る。

対角線

不自然な心君は一体どこから来たの、私は知ってるよ

でもそれを知りたくないよ

知ってしまったらそれは1番の悲しみになるから

体の節々が痛む、関節が伸ばされてるみたいだ、気圧の上下が、体にも当てはまっているようで、体もうねりうねりと曲がって言っている。

鼻ずまりとくしゃみ、右目のアイラインだけが取れる時期になった。

高校時代はそんなこと無かったのにな。

ふと思い返す、自分の体の変化を、私はいつからアイラインを引くようになったのだろうか。

いつから点鼻薬を使うようになったのか。

小さな頃、低気圧は知らなかったが、関節痛はあった。それは、気圧のせいだったのだろうか。

私は、小さな頃の私と対角線上に向かい合う。

さて、この子は誰だろう。私は街でこの子を見かけて、私だと言えるのだろうか。

体は日々変化し自らで変えていって今に至る、その日々の中で私は生きてきた、その過程を、私は全て肯定したいと、ここ数年思う。

思うようにしている。




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