昨夜の開票速報で、赤い「自」のマークで一色に塗られたような日本地図を見て、相棒ちゃんが「こわいな」と言った。
大阪でさえ朝から吹雪で、車のボンネットに数センチ雪が積もっていた。歩いている人はほとんど見かけなかった。夜勤明けの相棒ちゃんを乗せて向かった投票所も、なんだかいつもより閑散としている気がした。
なんのための解散で、なんのための選挙か。それに巻き込まれるひとの大変さや、消えていく無駄な税金、野党や投票する側にまったく猶予を与えない日程の組み方、そしてやっぱり、この真冬。すべてが卑怯すぎた。
ここ最近、自分が体調を崩している最中に、職場のなかまも大病の再発に直面していることがわかって、眠剤を飲んでもなかなか熟睡できないなかで今回の解散総選挙がやってきた。
働き続けなきゃいけないし、そのためにはこれ以上体調を悪くしちゃいけないから、仕事から帰ったら、いろんなことをできるだけ考えないように、なまぬるい暮らしをしていた。
れいわの山本代表の病気のことを知って、まじめに人びとの暮らしのために政治をやろうとするひとにとって、永田町という場所がどれほど心身に悪いのかを想像した。
10年以上前だけれど、国政選挙の候補者の街宣カーで本人と一緒に一日中街宣をしてまわったことがある。その議員さんの選挙のたびに、そうしていた。そのわずかな期間でさえ、国会議員(だけではないのだろう、きっと)の仕事の過酷さを思い知った。頭のよさや、誠実さだけでは到底やっていけないと思った。繊細な心ではたちまちやられてしまうだろうと思った。
でも、そんな過酷な場所に、みんなのためには出ていかねばならないと思ってくれるひとがいて、そのひとを当選させねばならないと裏方でこれまた大変な苦労をしてくれるひとがいて、わたしはこうして働いて、暮らしている。
今回、自民党一色に染まりそうな選挙結果を、自分を除外したところで批評できない。落胆もできない。落胆するほど、わたしはなにをしたのかと思うから。
だけど、だから申し訳ないので黙って静かにしておきます、というのも違う気がする。
頭が整理できないし、言葉も整理できないけれども、やっぱり、それでシュンとしてはいけないのだと思う。
そんな気持ちで、おります。
