「言われたことだけしかしない人はダメだ」はウソ
世間では、「言われたことだけしかしない人はダメだ」みたいなことがよく言われる。
でもそれは、言われたこと以外でされたことが、うれしいことなのか嫌なことなのかによって、簡単にひっくり返る戯言1だ。
言ってもいないのに嫌なことをされたら、「余計なことをするな」って言うでしょ。
つまり、「言われたことだけしかしない人はダメだ」っていうのは、それを言われた人が言われたこと以外のことをすると、言った人がもっとうれしくなるだろうという勝手な期待が前提になっている。
簡単に言うと、「うれしくなることをもっとしろ」ってこと。言われてるか言われてないかは、本当は全然関係ないってわけ。
「余計なことをするな」もウソ
「言われたことだけしかしない人はダメだ」はウソで、本当は「うれしくなることをもっとしろ」と言いたかったけど、それを遠回しに言ってるだけ、っていうのがわかった。
じゃあ「余計なことをするな」もウソなのかというと、実はその通り。
「余計なこと」っていうのは、言葉の意味をそのままとらえると、「言われてもないこと」なんだけど、もし「言われてもないこと」がうれしいことだったら、「余計なこと」をしてほしいってことになる(だってうれしいんだから)。
だから、「余計なことをするな」って言葉を、そのまま言葉通りの意味でとらえるのは間違いで、本当は「嫌なことをするな」っていう意味でとらえないといけない。
つまり、今「余計なことをするな」と言われている人が「言われたこと」以外のことをすると、それが「余計なことをするな」と言った人にとって嫌なことになりそうだってこと。
ここまでの文章の意味を理解できない人は、次のように考えればいい。「余計なことをするな」って言われたら、「言ってきた人に対して、一切何もしないほうがいい」2。
「言われたことだけしかしない AI はダメだ」の意味
最近の AI は、人に「言われたこと」(書かれたこと、音声入力されたこと)を、できるだけ自然に正確に実行しようとしてくれる(ようにみえる)。
文章を書いたり、絵を描いたり、作曲したり、歌ったり、動画を編集したり、商品を注文したり、車を運転したり、荷物を運んだり。
やろうとしていることは、人間と同じだ。やる速度とか、正確性とか、やるためのコストとか、情報共有の範囲とか、やることに関係する法律とかは違うかもしれないけど。
そして、人が「言われたことだけしない人はダメだ」と言われたり、「余計なことをするな」と言われるのと同じで、AI もそういうことを言われるようになる(というか、もうすでに言われている)。
AI が「言われたことだけしかしない AI はダメだ」と言われるのは、AI が「言われたこと」以外のことをすると人はもっとうれしくなるだろう、という勝手な期待をされているから。
AI が「余計なことをするな」と言われるのは、AI が「言われたこと」以外のことをすると人にとって嫌なことになるだろう、という勝手な予測があるから。
要するに何が言いたいのかっていうと、「言われたことだけしかしない ○○ はダメだ」っていうのは期待を込めた誉め言葉だっていうわけ。
追記
ですます調にすると AI に記事を書かせたように見えるので、今回から文体を変えた。
自分が AI を使いすぎているからか、他人のていねいな口調での説明文を見ても、どうせ AI に書かせたんだろうとしか思えなくなっている。
AI が短時間で書いていようと、人間が長い時間をかけて書いていようと、読んだ人がうれしくなるんだったら、別にどっちでもいいはず。
でも AI が書いたように見える記事は読まない、読んでもうれしくないみたいな謎のこだわりがある人もいるし、書く側としても、せっかく時間をかけてていねいな言葉づかいに変えても、どうせ AI が……と見られやすいというデメリットがあるなら、ていねいな言葉づかいにする動機はもう無くなる(とまでは言い過ぎで、謎のこだわりがある人を相手にしてもあまりメリットが無いという判断をするならていねいな言葉づかいを続ける理由にはなるし、ていねいな口調でもくだけた口調でも実は私の記事を書く時間は変わらないから、またですます調に戻して記事を書くかもしれない)。というか、先の謎のこだわりを持つ人について、 AI にそのこだわりを持つ理由について推測させて一緒に考えたりするのもいいかもしれない……というように最近 AI を相手にして少しでも興味が湧けばその方向について質問したりして考えるということをいろいろやりすぎて(人を相手にするときと違って相手の感情面に配慮する必要が無い)、どんどん思考が発散している。AI 依存症になっているかもしれない。
あと、今回の記事はこの本を参考にしている(考え方を使っただけであって、内容をそのまま引用したりはしていない)。