1. あまりに何も考えず生きてるような気がするので、しばらく暗い部屋に座って反省していました。散歩するのも結構だが、黙って座っている時でないと考えられないような内容もある。
とりあえず、最近何があったっけ?とか思い返していたのですが、二週間以上前のことになると、驚くほど具体的なエピソードが出てこないのですよね。確かに私は活動量の少ない人間ではありますが、全然何もしてないってことはないはずだ。でも思い出せない。きっと私の走馬灯はスカスカに違いない。
昔から意識的に過去を思い出すのが苦手です。学生の時、自分史という名目でこれまでの人生について書かされたことがあるのですが、その時も全然ダメでした。書くことなんか何もねえよと思ってヤケクソな気持ちで内容をでっちあげました。そのエピソード自体が過去回想じゃないかって? 一理ありますが、こういう、覚えてる出来事の密度が著しく低い。
恒久的に覚えておこうと決意した内容でないと、細々した記憶がすぐ廃棄されてしまうような仕組みになっている気がします。ある期間に対するぼんやりとした印象みたいなものはあっても、具体的な内容までは思い出せない。一般に、過去というのはほとんど思い出さない方が良いことから構成されているものなので、特に問題はないんですけど。
たぶん私が、いま自力で思い出せる人生の出来事すべてを書き出す気になったとしても、その分量は、たった一年分の日記に遠く及ばないと思います。部分が全体より大きいという矛盾。いや矛盾ではない。質量欠損みたいなものです(?)
2. 浮世の画家という本を読み終わったので、今日は図書館に行きました。今さっきタイトルを調べて、floating world⇔浮世という訳であることにびっくりした。執拗にイシグロの本を読み続けているため、一種の過学習でこの人の本だけやたら早く読めるようになっているし、図書館に置いてある長編が枯渇しつつある。でも私たちには、他館からの取り寄せというすばらしい手段が用意されています。おお公共施設!
今のところ読んだ全著作に共通しているのが回想の多さですね。しかも大体、「これが正確な会話だったかはわからない」「今語ろうとしている内容からは脱線しすぎたかもしれない」みたいな表現を伴っている。何が実際に起こったことなのか曖昧で、たとえば今回の主人公は、自分の後ろめたさから、やや被害妄想的な状態に陥っている気がします。基本的に語り手のことが信用できない。そういうのが好きです。
あと今日借りたのは相変わらず現代の本ばかりなんですが、ちょっとは古い文にも慣れたいので、ポーの短編と詩集も借りた。古いといっても19世紀だし、たぶん何とかなるでしょう。17世紀はやっぱ遠いな……
3. 初めてゲームのイベントに行きました。プレイするんじゃなくて展示品とか置いてあるタイプのやつです。行くの怖すぎてすごい冷や汗かいてましたが……
以前だったら絶対こういうの参加しなかったんですけど、気の迷いで予約してしまったため、周囲に怯えながら一周して逃げ帰りました。地獄の門と黄金の枝の写真だけ撮った。気力を使い果たしたので、しばらく外出しないと思います。散歩は除く。