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何がしたいのか?

1. 散歩の途中にあった神社で本を読んでいたんですが、くしゃみと鼻水が止まらなくなって早々に退散しました。家に帰っても全然治まらなくてすごい。でも一週間ぶりに少し読書ができてよかったです。サリンジャーのグラース家の話を借りているんですが、難しすぎて完全に心を折られていたので……

 

ナインストーリーズは日本語で読んだことがあって、それと雰囲気は近いかと思ったんだけど全然ダメでした。そもそも冷静に考えるとシーモア・グラースが銃で自殺することしか覚えていない。なんで自殺したのかも覚えてない。特に理由とかなかったかもしれない。いったん諦めて違う本を読んでます。

 

2. 資格の勉強も趣味の勉強もはかどってなくて寝てばかりいる。今週末の収穫はChordWikiに誰かがpoca felicitaとかブレイブリーデフォルトの曲を追加してくれているのを見つけたくらいです。これで一応弾ける。何もやりたくないときにできることって楽器で遊ぶくらいしかないですからね。自分で弾いてみて前々からしっくりこなかったコードがフラットファイブだったことが判明した。こういうのを感覚で当てられるようになったら便利だし格好いいと思います。私は困ったら総当たりするしかない。

 

3. ようやく3月ですが、春って毎年焦るんですよね。行事とか社会的なものではなくて気候のせいだと思う。冬場で全てが停止していたところから、気分だけ先に解凍されて行動が追い付いていない。色んなことに手を付けてすぐやめるのはいつも通りなんですけど、一層落ち着きがありません。

 

別に色々やるのはいいんですが、続けなきゃ何にもならないのですよ。時間だけが勝手に過ぎてゆき、気付けば全部零れ落ちて何もできなくなる。いや、この思い込みこそが私の気分の根本的原因では? 

最近気づいたんですけど、自分の能力に関連して、過去に何かを達成したとか、どこかの時点で認められたとかいうことが、私には十分な慰めにならないようです。今この瞬間に、いつでも好きな時に、それを再現可能な状態でなければいけない。できるけどやらないというのは私の意志で選んだことですが、できないからやらないという状況には選択の余地がないからです。

 

だから私は、自分にできることや知っていることを増やすことにやたら拘泥しているし、それを実現する時間が失われていくことに焦っている。ではどうすれば満足するのかというと、私にとってすべてが可能であり、それらの能力が永久に劣化することのないという状態が必要で……何を言ってるんだ私は……大体、やらないためにできることを増やすという目的自体がかなり変です。

 

いや、これは確かに私の理想ではあるのですが、もう少し目標を下げても許容できる状態というのはあるはずだ。やりたいことを実現するために、そこまで多大な時間や気力を必要としない程度には慣れていて、自己満足できるくらいの質を担保できる能力? やりたいことっていうのは例えば気になった現象を計算したり、一曲通してちゃんと弾けるようになったり、ちょっとした文章を一本書いたり、そういうことなわけですが、現状あまりに気力を要するのでなかなか最後までできない。

Q:そんなのが気楽にできるようなら各分野のプロになれるのではないでしょうか? 

A:そうですね。

できなくて当然なので、結局のところ一つ一つにそれなりの時間と労力を割くしかない。そしてそれは滅多に実現できない……この罪悪感は焦りに寄与している。

 

Q:そもそも何だって罪悪感など覚える必要が? 

A:無為に時間が失われていくのが怖いから?

Q:なぜ怖いのか? 

A:上記のような状態に到達できないまま時間切れになってしまいそうだから?

Q:なぜ到達したいのか?

A:したいことを完遂できないと罪悪感を覚えるから?

Q:なぜ罪悪感を覚える必要が? 

 

おいおい、もう勝手にぐるぐる回っていてくれ。我がことながら付き合っていられません。目的じゃなくて過程を楽しめるタイプの人だったら良かったけれど、私が過程に意義を見出せるのはほとんど散歩だけだ。それはさすがに極論か。すぐ極端なこと言いたがるのは私の悪癖です。いいから散歩しよう。




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