以下の内容はhttps://nolonger.hatenablog.com/entry/2025/11/09/151427より取得しました。


Je me crois en enfer, donc j’y suis.

「俺は自分が地獄にいると信じている、だから俺は地獄にいる。カテシスムの実行だ。俺は自分の受けた洗礼の奴隷だ。両親よ、貴方が俺の不幸を作ったのだが、貴方もまた、御自分の不幸は作ったのだ。想えば不憫なお人よしだ。」

 

「地獄に境界はなく、一定の場所に限られてはいない。われらのおるところすなわち地獄、地獄あるところわれらの永劫の住まいなのだ。」

 

「愛も憎しみもわたしには同じようなもので、永遠の苦悩を与えるにすぎぬ。否、お前こそ呪わるべきだ。神の意志に反して、お前は今当然悔いているものを自分の意思で選んだからだ。ああ、わたしのこの惨さは何としたものか! どこへ逃げたらこの無限の怒り、この無限の絶望から脱することができるのか? どこへ逃げようが、そこに地獄がある! いや、わたし自身が地獄だ!」

 

「こういう人々にとって、地獄はもはや飽くことを知らぬ自発的なものとなり、彼らはすでに自発的な受難者にひとしいのである。なぜなら、彼らは神と人生を呪った結果、われとわが身を呪ったことになるからだ。ちょうど荒野で飢えた者が自分の身体から血をすすりはじめるように、彼らは憎悪に満ちた傲慢さを糧にしているのである。それでいて永遠に飽くことを知らず、赦しを拒否し、彼らによびかける神を呪う。生ある神を憎悪なしに見ることができず、生の神がいなくなることを、神が自分自身と自己のあらゆる創造物を絶滅することを、彼らは要求する。そして、おのれの怒りの炎で永遠に身を焼き、死と虚無を渇望しつづけるだろう。しかし、死は得られないだろう。」

 

「さらばだ。地獄はおまえをおいてゆく。だがそれが、悪魔にとって、結局のところ、なんだというのだ。おまえは知っているかな。どこに本当の地獄があるかを。(かれの心臓をさし示しながら)そこにあるのだ。おまえが地獄を肋の下からとりさってしまわぬかぎり、おまえはずっともちつづけることになるのだぞ。罪はおまえの胸の中にある。懊悩はおまえの頭の中だ。呪いがおまえの本性だ。苦行帯をひきしめろ。おまえの主義で引裂かれろ。飢えて気絶するほどに断食しろ。へりくだれ。卑下しろ。もっとも清らかなことばをさがせ。もっともつつましい随順をもとめろ。(中略)……おれはまたやってくるぞ。……またやってくるぞ。……」

 

「呪われた、呪われた創造者よ! わたしはどうして生きたのか。ふざけ半分に与えた存在の火花をどうして消しとめなかったのか。わたしにはわからない。まだ絶望しきってはおらず、わたしの感情は怒りと復讐に燃えていた。わたしには、その家と住んでいる者どもをめちゃめちゃにし、その悲鳴とみじめさに腹鼓を打って、喜ぶことだって、できるわけだった。
「夜になると、わたしは、隠れ家を出て、森のなかをぶらついた。今はもう、見つかるのを怖れてびくびくすることもなかったので、おそろしい哮え声をあげて苦悩をぶちまけた。まるで罠を破った野獣のようで、邪魔になるのをたたきこわしながら、鹿のような速さで森じゅうをうろつきまわった。おお! なんというみじめな夜を過ごしたことだろう! 冷たい星が嘲るように光り、裸の木々が頭の上で枝をゆすり、ときおり小鳥の美しい声が宇宙の静寂を破った。自分を除けば、あらゆるものが休むか楽しむかしていた。わたしは魔王のように、おのれの内部に地獄をもち、自分が同情されないのを感じながら、木々を根こぎにしようとし、やがて、まわりというまわりをめちゃくちゃに破壊してやろうと思った。
「しかし、これは、永つづきのしない感情の昂ぶりでしなかったので、体を動かしすぎてへとへとに疲れ、絶望に打ちひしがれたまま、湿った草の上にへたばってしまった。この世の数限りもない人間のなかに、わたしを憫んだり助けたりする者が、一人として無いのに、この敵に対して親切な気もちをもたなくてはいけないのか。否、その瞬間からわたしは、人類に対して、また何よりも、わたしを造り、この堪えがたい不幸へと送りこんだ者に対して、永遠の戦いを宣言した。

 

 
ソーニャ でも、仕方がないわ、生きていかなければ! (間)ね、ワーニャ伯父さん、生きていきましょうよ。長い、はてしないその日その日を、いつ明けるとも知れない夜また夜を、じっと生き通していきましょうね。運命がわたしたちにくだす試みを、辛抱づよく、じっとこらえて行きましょうね。今のうちも、やがて年をとってからも、片時も休まずに、人のために働きましょうね。そして、やがてその時が来たら、素直に死んで行きましょうね。あの世へ行ったら、どんなに私たちが苦しかったか、どんなに涙を流したか、どんなにつらい一生を送って来たか、それを残らず申上げましょうね。すると神さまは、まあ気の毒に、と思ってくださる。その時こそ伯父さん、ねえ伯父さん、あなたにも私にも、明るい、すばらしい、なんとも言えない生活がひらけて、まあうれしい! と、思わず声をあげるのよ。そして現在の不仕合せな暮しを、なつかしく、ほほえましく振返って、私たち――ほっと息がつけるんだわ。わたし、ほんとにそう思うの、伯父さん。心底から、燃えるように、焼けつくように、私そう思うの。……(伯父の前に膝をついて頭を相手の両手にあずけながら、精根つきた声で)ほっと息がつけるんだわ!

 

テレーギン、忍び音にギターを弾く。

ソーニャ ほっと息がつけるんだわ! その時、わたしたちの耳には、神さまの御使みつかいたちの声がひびいて、空一面きらきらしたダイヤモンドでいっぱいになる。そして私たちの見ている前で、この世の中の悪いものがみんな、私たちの悩みも、苦しみも、残らずみんな――世界じゅうに満ちひろがる神さまの大きなお慈悲のなかに、みこまれてしまうの。そこでやっと、私たちの生活は、まるでお母さまがやさしくでてくださるような、静かな、うっとりするような、ほんとに楽しいものになるのだわ。私そう思うの、どうしてもそう思うの。……(ハンカチで伯父の涙を拭いてやる)お気の毒なワーニャ伯父さん、いけないわ、泣いてらっしゃるのね。……(涙声で)あなたは一生涯、嬉しいことも楽しいことも、ついぞ知らずにいらしたのねえ。でも、もう少しよ、ワーニャ伯父さん、もう暫くの辛抱よ。……やがて、息がつけるんだわ。……(伯父を抱く)ほっと息がつけるんだわ!

 

夜番の拍子木ひょうしぎの音。――テレーギン、忍び音に弾いている。ヴォイニーツカヤ夫人は、パンフレットの余白に何やら書きこんでいる。マリーナは靴下を編んでいる。

ソーニャ ほっと息がつけるんだわ。



以上の内容はhttps://nolonger.hatenablog.com/entry/2025/11/09/151427より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14