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好きな詠唱(「異世界迷宮の最深部を目指そう」、Lobotomy Corporation)

中学生の頃、かなり入れ込んでいた作品に「異世界迷宮の最深部を目指そう」というライトノベルがあります。当時の私は中二病を厄介な方面に拗らせており、背伸びして読んだダンテとミルトンに傾倒してサブカルチャー的なものをなんとなく見下している愚か者だったんですが、これはそんな私の蒙を啓いたすごい作品です。

 

あんまりネタバレ的なことを言うとあれなので、表面的なあらすじだけ説明したいと思う(読んだのが相当昔なので記憶違いがあったらすみません)のですが、とりあえずジャンルとしては異世界転移ものですね。「小説家になろう」に掲載されている作品です。リンクはこれ。

https://ncode.syosetu.com/n0089bk/

 

話は病弱な妹を持つ主人公が、現代日本からいきなりファンタジー世界の地下迷宮に転移し、現地の探索者たちに囮にされて死にかけるところから始まります。どういうわけか露骨にゲーム的なシステムを持つその異世界には、迷宮の地下百層に到達すればどんな望みでも叶うという、これまたゲームっぽい伝承が残されていて、主人公は元の世界へ戻るために迷宮へと挑むことになります。

 

で、なぜか強力な能力を初めから持っている主人公が、女の子たちと仲良くなりつつ目的を目指すというお約束的な展開になるんですけど、この作品世界の基本ルールとして力には”代償”が必要だというのがあります。例えば序盤における象徴的な例としては、あまりに異世界が都合よく嘘みたいな場所であることへの恐怖とか、ヒロインへの淡い感情とかが芽生えそうになるたび、

 

【スキル『???』が暴走しました】
いくらかの感情と引き換えに精神を安定させます
混乱に+1.00の補正が付きます

 

という謎の表示が目の前に現れて、強制的に主人公を冷静にさせます。こういう頭の中を勝手に弄られているような不気味さは全編にわたってずっと続き、やがては誰がこんなシナリオを仕掛けたのかという話になっていくのですが、とりあえず序盤の話を続けましょう。

 

この主人公は「もし同じ世界から転移させられた人がほかにもいた時、すぐにわかるように」という理由で"キリスト・ユーラシア"とかいう偽名を名乗るズレた奴です。ついでに序盤の主なヒロインが奴隷の少女マリアなので、結構ギリギリなネーミング(さすがに不味かったのか、書籍版では主人公の名前が修正されている)。

 

このキリスト、もとい主人公の相川渦波は、周囲の女の子たちに対して打算的な思考を働かせつつ、妹の待つ日本へ戻るために迷宮を攻略していくことになるのですが、そろそろ何が当時の私をそこまで惹きつけたのかという話をさせてください。

詠唱です。

 

といっても、物語の文脈なしに魔法の詠唱をここに貼ったところで、たぶん魅力の半分も伝わらないでしょう。それくらいこの作品の詠唱はキャラクターの本質と深く結びついています。前提として迷宮には十層ごとに 守護者 (ガーディアン) と呼ばれるボスみたいな存在がいて、主人公は、何故かこちらを知っているようなそぶりを見せるそいつらをどうにかしないといけません。

 

方法は二つ。過去に果たせなかった未練を解消させてやるか、あるいは単純に倒すか。どちらを選ぶにしても、渦波は彼らとの対話を強いられます(なんだかんだ言ってだいたい戦うことになる)。守護者たちの精神はそれぞれの事情で非常に不安定なので、その戦いはほとんど言葉の投げつけ合いというか、半ばカタルシス療法みたいな様相を呈してきます。

 

さっき主人公が強い力を持っていると書いたんですけど、守護者の方はそれを遥かに上回るような能力を、壊れかけた心で振り回してくるので始末に負えません。精神的な"代償"を要求する力を湯水のように使って、ますますメンタルが滅茶苦茶になっていくという悪循環。そうした戦いの中で、人生そのものさえ代償に捧げ、血を吐くようにぶちまけられるのがこの作品における詠唱です。それらは世界に対する訴えかけという形式をとります。私はロードの詠唱がどれも好きです。

 

『この身は地獄路を疾走する魂』

(わらわ) を堕とした 世界 (アナタ) のことを』

『この地の底で怨み続ける』

(222.第五十の試練『天獄』)

 

この作品には様式美的な反復が多く、守護者たちの名乗り口上など、魅力的な部分を挙げているとキリがありません。彼らが消えていくときの、憑き物が落ちたかのような詠唱も好きです。いくつか例を挙げると、

 

『死者は夢を失い』『屍となって世界を彷徨った』

『人は与えられた使命に生きるのではない、心に光を求めて生きる』

『魂に差し込んだ一筋の光』

(127.親愛なる貴方へ)

 

『最後の一人は夢を見ない』『永遠を畏れては、凍え続ける』

『人は独りで生きるのではない、心をあなたと重ねて生きていく』

『魂を分かち合う誰か』

(413.あとがき)

 

とか(明らかに聖書を踏まえての言葉ですね)。

 

それで、なんでこんな記事タイトルにしたかというと、この辺の辞世の句(?)とロボトミーの光の種って割とノリが近いなと感じたからです。もちろん直接的な関係はないと思うのですが、なんというか、作品の底に流れているものが似ている気がして、私の好きなものは昔からあまり変わっていないのだと思います。以下、両世界観の重大なネタバレを含むので一応空白をあけます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ言ってしまうと、「異世界~」の主人公は記憶を失くしているだけで、実は遠い過去(千年前)にこの世界へやって来ていたんですね。

魔法とかのシステムがやたらゲームっぽいのは、かつてゲームを通じてファンタジー的なものに憧れていた少年、つまりは主人公自身が開発者だからです。十人の守護者たちは当時の彼と深い因縁のある人々で、だから彼らと対話するというのは、渦波にとっては贖罪に近い行為です。

この辺りはかなり設定が入り組んでいて、今はちょっと記憶があいまいなのですが、昔は夢中で考察とかしてたなあ。

 

一方のLobotomy Corporationでは、かつて崇高な理想を追って仲間とともに会社を立ち上げたものの、最終的には悲惨な結末を迎えた研究者が主人公です。

会社は破壊され、仲間もみな死んでしまったのですが、彼は何としてでも目的を果たすため、狂気じみた所業に手を染めます。十人の死んだ仲間たち(敵も含まれているが)をもとにセフィラと呼ばれる存在を作り、自身は記憶喪失になった状態で、目的が果たされるまでひたすら時間をループさせて試行を繰り返すのです。

 

上記の内容は、当然ゲーム開始時点では明かされていません。だから何も知らない主人公は、何か明らかにトラウマを抱えている様子のセフィラたちと協力して、目的もよく分からないまま50日間の業務に従事することとなります。

 

この問題が爆発するのがセフィラコア抑制で、主人公は暴走したセフィラたちと向き合い、彼らを鎮圧しなければなりません。会社は上層、中層、下層に分かれていて、それぞれの施設に対応したセフィラが割り当てられているので、実質これがボス戦ですね。

続編にも引き継がれている演出なんですが、コア抑制の最中に相手(セフィラ)の鬱積した心情が画面にバーッと表示されてきて、これがすごく好みです。

 

なお、上で少し言及した「光の種」というのは、この対話を終えたセフィラたちの体現するキーワードです。例えば「もっといい存在に成れるという希望」とか、「快く信じ任せられる相手」とか。これらは単に彼らを象徴する言葉というだけではなくて、ゲーム終盤でも重要な枠割を果たすことになります。ちなみにセフィラの生前の名は、エノクだのエリヤだのと、かなり聖書由来な感じ。


両作品とも、セフィラあるいは守護者と向き合うことは主人公にとって過去の清算という意味を孕んでいます。そして、本当にその試練を乗り越えられたかという答え合わせとして、最終的に彼らの残したキーワード(光の種や最期の詠唱)の意味が問われるという構造です。

似ているようで実際には全然違う話なので、私が勝手に共通点を見出しているだけですが……でもやっぱり、根底にはなんとなく近しいものがあって、私が惹かれた部分はそこにあるのかもしれない。要するに、こういう希望の描き方が好きなんでしょうね。




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