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論文(他人の成果)を再現すること

学生の頃、自前の検算結果と質問を手土産に、論文の著者の方を訪ねた時のことを思い出したので書きます。

 

既存の成果を何一つ参考にせず、自己流で物事を進めようとしても大抵の場合はうまくいかないものです。その辺を無視して勘とセンスだけで突っ走っていけるのが所謂天才なわけですが、普通は教本なり実際の成果物なりを模倣することによって、何とか少しずつ理想に近づいてゆくことになります。

 

例えば学問なら論文を読む。ただ読んだのではさっぱり理解できないので、どうにか計算過程を追おうとする。どうせ一度じゃ長大な計算を完璧に終えられるはずがないので、うまくいくまで何度も繰り返す……といった具合ですね。

 

そこまでやって、ようやく一応の理解が得られるくらいなので大変な労力です。私は専攻が決まった後、まずは興味のある論文の結果を再現するところから始めたのですが、これは技術的にも精神的にもかなり苦行でした。

 

専門的な知識がまったく足りていない状態で自信のない計算を進め、明示的に書かれていない仮定を推測し、おそらく使われたであろう手法をグラフの軸表記とかから読み取るというリバースエンジニアリングみたいなことを強いられます。当然、知らない公式や前提条件が出てくるたびに教科書(絶版だったり図書館になかったりで、体感3割くらいしか手に入らない)や引用元の論文に遡らねばなりません。解析計算がうまくいっても数値計算の方が全然合わないというので、問題点を探すのにひと月近く取られたこともあります。

 

それで得られるものが、とっくに論文の著者が出している既存の成果だけだというのですから割に合わないようにも思われる。それでもやはり、再現という工程は重要なことが多いです。自分よりも優れた人の思考プロセスを、「正解がある」というイージーモードで辿り直すことができるのだと考えれば当然ともいえます。

 

中でも著者がどういう意図でこの模型を選び、なぜあの仮定をおいたのか、というようなことが薄っすらわかるというのが大きい。漫然と読んでいるだけでは流してしまう部分ですが、自分で手を動かせば意識せざるを得ません。実際、一度結果を再現できた後には関連分野の論文を読むのもずいぶん楽になりました。

 

あとは自分自身で新しいことをやろうとしたときに、躓くであろうポイントを事前に潰しておけたのはかなり嬉しい部分でしたね。自分ひとりが取り組んでいる問題で行き詰まってしまうとなかなか人にも聞けないですし、解決も困難ですが、単なる模倣なら著者に尋ねれば済みます。そこで得た知識を未知の内容に応用した方がどう考えても速い。

 

ついでに言うと、ただの再現とはいえ、上手くいくとやっぱり達成感があります。同じ結果を出せたということは、一応、著者と同じ目線でものを見られたということです。もちろん論文の内容自体を踏み台にしてそこまで登れただけであって、レベル的には及びもつかないのですが、とにかく自分の足で結論まで到達できたのです。

 

これを喜ぶかどうかは人によるでしょう。私は自分自身の論文を書いていた時でさえ、未知のことを明らかにするというよりは、既存の(ある程度確立された)理論を深く理解できるということに快感を覚えていたくらいなので……結局私の関心は、何かを系統的、統一的に理解するということに集中しており、そういう意味で、やはり作者ではなく読者なのです。

 

私は未完の大著の続きを待つような気分で、誰かが革新的な大発見をしてくれるのを待っています。まったく他力本願です。開拓者精神とは私からもっとも遠いところにある言葉です。

しかし私の生きているうちには、かつての1900年や1915年は訪れないだろうという予感もあります。許せないなあ……未来人でも神でも何でもいいから結果だけ教えてくれ! 

 

 

上で言ったような内容は学問だけに適用されるわけではなく、私にとっては本とかの娯楽にも当てはまるように思います。どうしてただの文字の連なりが、あれほど強烈な印象を与えるのか知りたくて、好きな叙事詩を写経していた時期もあります(当然予想されるように、大した成果は挙がりませんでしたが)。何かを書いていても、話が出来ていくことというよりは、文体の効果や下調べした内容について理解が深まることの方に嬉しさを感じているような気すらします。

 

最近は音楽の事を知りたい気分が再燃してきたので、演習の第一歩のつもりで作曲しています。ここ数日でギター入れたりベースを弄ったりパン振ったりしているのですが、根本的に前提知識が足りていない。やはり一回、好きな曲を耳コピで打ち込んで再現するくらいのことはすべきかもしれません。とりあえず今やってる作業に区切りをつけてから考えることにします。

 

それにしても、悪戦苦闘しながら次々にプラグインを入れていると、Oblivionというゲームに必死でMODを入れようとしていた時期のことを思い出します。懐かしきシロディール! いったいどれほどの時間をあそこで過ごしたことでしょう。当時の私はオープンワールドRPGをやったことがなかったので、どうでも良いNPCの家にも侵入できるし、そこの本棚に置いてある本さえ実際に読めるという事実にいたく感動した覚えがあります。 

 

最近リマスター版が出たらしいですが、買ったら私の人生が終わってしまうので買いません。思えば私のPC知識のほとんどはMODの導入によって涵養されたのです。あの経験がなければコンピュータで数値計算などできなかったことでしょう(嘘)。




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