先日、結構しっかり反省しなければならないイベントを起こしてしまい、やや気分がふさいでいます。特に言い訳のしようもなく、私が悪いとしか言えない話です。一番よくないのは、これが最初ではないということで、これまでにも何度か似たようなことを繰り返してきました。毎度、直後には反省するのですが、しばらく期間が空くとまた気が緩み、再び同じことをやってしまう。
下手に運がよくて、未だ致命的な事態にまで発展したことがないので、甘えている部分もあるのだと思います。良くないです。さすがにまずいと思って、今回は具体的に対策を考えはしたのですが、正直言って実行し続けられるかどうかは分かりません。一応、こうして記録を残しておくことで自分への戒めとしたい。できれば繰り返したくないものです。
しかし、必要な反省と、単なる気分的な落ち込みを切り分けるのは難しいですね。あまり気にせず次に行っていいような種類の失敗もあるわけですが、今回は明らかに、正しく反省することが必要な出来事です。原因や対処法を考えて実行するところまでは必須で、ある程度の後悔を保持しておくことも、将来の自分への抑止力として役に立つでしょう。
それでも、必要以上に憂鬱な気分になるのは避けたい。落ち込んでいると注意力が散漫になりますし、他のミスを誘発しかねません。単純に、失敗をずっと引きずっているのは嫌だというのもあります。過去の私は心配事や引っかかることがあると、他のものが何も手につかなくなるタイプだったので、意識してそれらを思考から追い出すようにしているのですが、完全に忘れてしまうとまた繰り返してしまいますから、按配が難しいです。
まあ、頭からはとりあえず追い出しておいて、こうして文章に残しておくというのは一つの解決策かもしれません。予定や締め切りが詰まっているときとかも、とりあえずカレンダーに書き出すことで焦りから解放されたりしますし。
なんか、えらく普通のことを書いて、当たり前の結論にたどり着いてしまいました。私はそれほど殊勝な人間ではないはずなのですが……実際に体験して、当たり前だと思っていたことの意義をはじめて認識することもあるという話ですね。反省終り。
それにしても、私は他人に迷惑を掛けたことを悔いるというよりは、あくまで理想的な「他者から見た自分」からのズレを気にして憂鬱になっている気がして、改めて、どこまでも自分本位な人間だなあと思います。別にそれ自体が悪いことだとは思っていないんですけど、何というか、自縄自縛といった感があります。
思うに、私が他者とのコミュニケーションに後ろ向きなのは、会話してボロが出るのが嫌だからというのが一因ではないでしょうか。こう見られたい、という像からの乖離を恐れるあまり、初めから何も言わないことを選ぶという本末転倒な臆病さ。そういえば私は初対面の人に自己紹介するとき、自分のパーソナルな部分(趣味や嗜好)を絶対にはっきり言わないんですよね。というか言えない。
よほど親しくならない限りは全然自己開示をしないのですが、そもそも人と親しくなること自体がめったにないので、はたから見たらよく分からない奴だと思います。それでも、自分から与えた情報で、想定していない印象を抱かれるよりはましだと思ってしまう。ちょっと行き過ぎた自意識過剰です。
この日記だって同じようなもので、ほぼ完全な独り言という体裁で、他の人のことなど気にしてません、みたいなポーズをとってはいるんですが、やはり偶々読んだ人にどう思われるかというのはどうやっても意識してしまいます。どうせなら賢い人間だと思われたいですよね。まあ、仮にもネットに公開している以上、多少の背伸びというか、自己演出的な要素が入ってくるのは自然だと思いますが。
ただ、私のそれが度を越しているのは、誰にも読まれることのないメモやAIとのチャット上ですら、なにか「私の見られたい自分」像みたいなものを常に想定した文章になっていることで……以前にもこんな感じのことを書いた気がしますね。同じようなことばっかり言っていても面白くないのでこの辺にしておきましょう。
しかし、自分のブログを見返してみれば、見事なまでに「私、私、私」……ほかに書くことはないのか? もとより内省的な人間ですし、他者に自分のことを話さない分、ここで色々吐き出している部分もあるんでしょうね。具体的な現実の生活への言及を避けると、どうしても自分の中身の話になるのは避けられないですし。私という主語をもう少し一般化して、ある種の人間に関する論として語りなおすことは可能でしょうけど、そういう書き方をあまりしないのは、私なりの誠意というやつです。だいたい、知った風な口が利けるほど、人間と関わっているわけでもありません。人付き合いも初心者ですよ。