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復習の虚しさ

1.これまで割と長文を書いていて、自分の中でブログを書くことに対するハードルが上がってしまっている気がします。このままだと続かずにまた飽きそうなので、こうして短文ぶつ切り形式も許容されるということを自分自身に理解させておく必要がある。というかそもそも日記とはこういうものではなかったか。

 

一つのトピックについてまとまった分量を書きたいときと、そういう気力や時間がないときがあります。今日は後者です。雑記ということで、これら二つをあまり区別せずに書いてしまう方針でいきたいと思います。日記の形式なんて自由ですし、これは別に大したことでもないのですが、とにかく私は楽な方に流れがちです。たまには抵抗しなければ押し流されていく一方です。人生には継続的な労力を要求する物事が多すぎる。生まれた時からの撤退戦というか、消耗戦というか……赤の女王仮説じゃないですけど、現状維持だけでかなり手一杯です。

 

食事を抜けば瘦せ衰え、掃除を怠れば腐臭に呑まれ、知識は得た先からボロボロ零れ落ちていくのだから大変ですよね。特に私は最近、過去に知っていたけどもう忘れてしまった事の復習をする機会が多く、なんだか虚しい気分になってしまいます。まあ定期的な手入れをしなかったからこそ全て忘れてしまったわけで、その分を今せっせと回収しているだけなのですが。早めに済ませて新しいことに取り掛かりたいところです。

 

私は一回読んだ本を(よほど気に入ったとかでない限り)あまり読み返したがらないタイプなので、こういう復習は割とおっくうに感じてしまいます。一応、過去には半年かけたことを数日で終わらせたりできるという点で、ゲームの二週目以降みたいな楽しさはありますが。

 

本来は何もかも、放っておけば塵に帰ってしまう世界の中では、生物の恒常性?みたいなのって特異なようにも思えます。生きていくためには時間の重荷に抗い続けなければならないのか? 文句ばかり言っていてもあれなので、私の好きな名文句の中で、ほぼ唯一のポジティブなものでも書いて中和しておきましょう。

 

「絶えず努力して励む者を、われらは救うことができる」

ファウスト ゲーテ、高橋義考訳 新潮社)

 

ここだけ見たら、ああそうですかって感じですけど、私みたいな人間としてはちょっと前の

 

「過ぎ去った」、それはどういう意味だ。

元からなかったのと同じことじゃないか。

それなのに、何かが在るかのように、どうどうめぐりをしているのだ。

それよりおれとしては、「永遠の虚無」の方が結構だね。

(同上、メフィストーフェレスの台詞)

 

の方に共感してしまうからこそ、先に書いた断言に惹かれる部分はあります。こういう作品を書いてる人の最期の言葉が「もっと光を!」なのってめちゃくちゃ格好良いなと思っていたのですが、調べると単に窓のよろい戸を開けてほしかっただけだという説があるらしい……

 

 

2.気軽に図書館へ行ける環境ではなくなってしまったので、最近はもっぱら青空文庫に頼っています。Kindleあたりの読み放題プランに入ることも検討中。こういう選択肢がとれるようになったと思えば、良い時代に生まれたと考えるべきでしょうか。

 

このまえ青空文庫で読んだ本だと、中島敦の「狼疾記」が良かったです。この小説は私のために書いているのではないか、と錯覚したのは「地下室の手記」以来だと思います。感想を書こうかなとも思ったのですが、ふだん私が考えていることとあまりにも近い気がして、むしろ書くことが思いつかなかった。短めだし読みやすいのでおすすめです。

 

なんか中途半端ですが今日はこれだけにしましょう。寝なければならない。

1トピックに対し数センテンスくらいで、日常の記録っぽくするつもりだったのに、ぐだぐだ続けてしまうのは良いのだか悪いのだか……




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