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考察 黒い森、アーキタイプの井戸の怪物(Krik/Krak)

もう何回聞いたんだっていうくらい聞いてるんですけど、いまだに連動のSchalter(Ωのほう)とか黒い森とイドの関係とか、自分の中で曖昧なことが多すぎるので、整理するために書いておきたいと思います。色々なことに関して知識が足りていないので妄想混じりですが……

 

黒い森(ウィスパー)について

本人の自己紹介を信じるのなら、人間や文明の領域から弾き出された暗がりの化身とでも言うべき存在。というか、本来は未知、暗闇という概念そのものが、わざわざ人と対話するために人型をとっているという感じです。

 

森が落とす小さな影と自称する彼女は、我々の中に潜む闇を解放することを狙っているようで、そのために劇の形をとった寓喩(アレゴリー)を利用します。それを見せられたグレーテルが、自らの中に押さえつけていた闇や獣性、歪んだ欲望を自覚し、兄と母親を殺害すると言うのが本編の筋書き。あとで述べるように、私たち(と、おそらくヘンゼル)も彼女の芝居小屋の中で、同じく寓話を見せられることとなります。

 

どうして彼女がそんなことをするのかといえば、我々の「隠された願い」を叶えるため、「一切の苦痛の無い未来」のためだと明言されています。Akt 9での言葉からは、光あるところに必ず影があるように、生きようとする意志の裏には常に破滅への渇望、死を望む心が隠されているのだという主張を読み取ることができます。この辺はフロイトのエロスとタナトスを意識している気がして、「アーキタイプの井戸の怪物」のイドの心情とは対照的です。

 

「生まれてきた苦しみ」、「永遠に癒せぬ渇き」を抱える我々を哀れむ黒い森は、それを抑圧するのではなく、むしろ闇を受け入れさせることで苦痛から解放しようとするのです。生まれてこない方が良かった、とか、死んだ方が楽だ、とか、そういう感情を肯定するのが彼女の主張で、同じ童話でもグリムというよりアンデルセン的な同情の寄せ方かもしれません。

 

個人的には同作者の「SETTE COLORI」に登場するコロルの姿勢が、こういう立場に対するアンサーだと思っていて、セテコロの話が好きな理由の一つでもあるんですけど、まあ一旦置いておきます。

 

とにかく、「幻覚の薄翅」で人を森の中に誘い込み、ありがた迷惑な救済を提示する彼女ですが、CDを聴いている私たちも勿論視野に入っているわけです(物語の入り口であるCDの内側にもしっかり美しい薄翅の虫がとまっている)。この物語全体が我々に対する寓話であって、作中ではその階層構造を、n-2番目の世界(グレーテルが見せられる劇中劇)、n-1番目の世界(兄妹と母親の物語)、n番目の世界(それを見ている観客)、n+1番目の世界(現実の私たち)という風に呼んでいるんですが、これはCD表面にあるような、はっきり分かれたれた構造では無いというのが最後にわかります。

 

「n+1番目の世界、あるいは、n番目の世界」というセリフで示唆されるのは、世界が内と外のはっきり区切られた同心円ではなく、一繋がりの渦巻きであったということでしょう。つまり我々は、『Akt1, Akt9における聞き手』(n番目の世界の住人であり、我々の分身)であるとともに、その様子を客観的に見るn+1番目の世界(現実)の住人でもあるということです。

 

私としては、Akt10の主人公は『n-1番目の世界の寓話』を見せられた後のヘンゼルだと解釈している(素直に受け止めるなら「君」をグレーテル、「獣の顎」という表現をAkt6における斧と捉えるのが自然に思えるため)ので、これは本来n-1番目の世界の住人である彼が、それを観劇する側に回ることでn番目の世界にも属することになったというのと同じ構造だと考えています。ある意味、自分で自分自身の物語を見るという歪んだ合わせ鏡のような状態になっていて、この少しずれたループ構造は、CD外周の文の終わり「~NEGAU」と始まり「USHIROWO〜」が合流していること、連動のSchalterのAとΩの対応によって暗示されているように思います(ここは妄想)。

 

そして、黒い森は境界を越えて聞き手の「目蓋の奥の暗闇に」すら影を落とし、決して闇からは逃れられないという事実を、最後の最後で改めて念押ししてくるのです。

 

気になりつつも答えが出ていないのは、黒い森の「青い灯」と対置される赤い灯(CD外周)や「赤い炎」(Akt10)の正体ですけど、わからないので放置……

 

黒い森とイド

イドが黒い森から分たれた残滓だというのがいまいちピンときていなかったのですが、整理してみると結構類似点はわかりやすいですね。

黒い森が無意識的な死への欲動を含む、闇夜の領域全般を司るのに対し、イドは名前からして抑圧された衝動です。いわば黒い森のサブセットがイドであり、だから彼女は人間の普遍的無意識という、隠された闇の一側面を操る力を持っているのでしょう。

 

また、黒い森がこちらへと語りかけてくるのと同様、イドも「リプレイ月紅レコード」の最後でリスナーに向けて喋りかけてくるので、広い意味で世界の境界を越える力を彼女も受け継いでいるのしれません。

 

ただ「アーキタイプの井戸の怪物」を見るに、黒い森がエロスの裏に隠されたタナトスを重視するのに対し、イドの方は「破滅を目指す衝動」の陰に「生命を紡ぐ渇望」があることに気づくという、ちょうど裏返しの関係になっているようです。これこそがイドが黒い森に再び合流することを妨げる差異であり、彼女の得た自己だということでしょうか。

 

精神分析繋がりで、元型(アーキタイプ)というとアニマとかアニムスとかが出てくるわけですが、イドが自分の高身長や体格にコンプレックスを持っていたり、あえて男装っぽい格好してたりするのは(ウィスパーへの執着もあるでしょうけど)この辺に着想を得ているのかなという妄想。

 

 




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