1. 俺の手元には一本の、受理されなかった学位論文がある。俺が書いたものではない。全然違う。まったくデタラメ放題、悪い冗談としか思えない代物だ。まず言っていることが一切わからない。序章だけで腹一杯になるほどの、専門用語と特殊記法の数々。どんなに調べても解説は見当たらないが、それも当然のことで、用語は造語だし、引用文献はすべて偽物だ。式展開は意味不明であり、グラフらしき図に至っては、座標の読み方すら想像できない。
しかし、具体的な内容を全部捨て去り、構造だけに注目するなら、それは丁寧に構成された論文なのである。章立てやパラグラフは整然とした論理構成に則っていて、体裁も緻密とさえ言える。それでいて、その語る内容は理解不能なたわ言なのだ。
こんなものを書こうと思うのは、よっぽど暇な奴だけだ、と読み手は思うかもしれない。つまり、どこぞの捻くれた学生が、ソーカル事件にでも触発された挙句、形式は整っているが全く無意味な論文を書き上げて、読者を馬鹿にしようとしているのだと。
だが俺は、これが真剣に書かれたものだということを知っている。今となっては俺だけが知っているのだ。初めてこれを読んだとき、どれほどぞっとしたか、正確に言い表すのはほとんど不可能だと思う。それは俺にとって致命的な打撃だった。これまでの歳月が一瞬のうちに違う意味を持ち始め、自分がどれだけ何も見ようとしていなかったかを思い知らされた。いかに多くの場面で俺たちが見当はずれな行動を選び、互いにすれ違ってきたか、俺は遅まきながらようやく悟った。
何も責任を自分だけに帰すつもりはない。それは単なる傲慢だ。俺たちはみんな間違い続けてきたし、これからも間違い続けるに違いない。何かを正しく理解することなんて、所詮は不可能事なのだろう。俺が今やっているのも、無意味な、それどころか有害な行為でさえあるのかもしれない。しかし、とにかくやってみなければならない。この論文の持つ意味を伝えることが、どんなに困難だとしても、俺は試してみる必要がある。
区切りをつけようとか、過ちを清算しようとか、そんなつもりで書くのではない。むしろ俺は、俺たち自身の失敗と、いなくなってしまった人々のことを、どこかに残しておくために書きたいと思う。そうすべきだと俺は感じる。一種の衝動だ。説明のつくものではない。だからこそ、なおさら俺にとっては不可欠なことだと思う。たとえ、それが何の意味もない試みだとしても。多分、これは俺の義務なのだ。
2. その論文を書いた男はラダーと呼ばれていた。由来は些末で下らないものだ。俺がB4だった頃の、研究室の名簿を見てみよう。同学年は新島、高野、髙野の三人。新島が俺であり、高野は院へ進学せず就職した学生で、残った髙野がラダーである。厄介なことに、同じ部屋に二人のタカノがいたのだ。
当初の彼はフルネームで呼ばれたり、『はしご』の方のタカノなんて呼ばれたりしていたが、ある時教授が、はしごだったらラダー君だな、などと言い出し、それがそのまま定着した格好になる。はしごじゃないほうの高野は普通にタカノと呼ばれていたのだから理不尽な話だ。高野が去り、区別の必要がなくなった後も、髙野はラダーと呼ばれ続けた。それで、研究室には新島とラダーが残ったのだ。俺と、元の名前をなくしたままの彼が。
俺がラダーの存在を明確に意識したのは、授業中ではなく、所属していたサークルでのことだった。当時は先輩を交えてちょっとした輪講をやろうという企画が持ち上がっており、その初回、見覚えのある男が隣に座ってきたのだ。よく見れば同期の学生だったが、向こうはこちらに気づいた素振りも見せない。
なんだか人を食ったような奴だと思った。一見した印象だと普通だが、その眼付きやちょっとした仕草には、どこか険のある部分があった。これは俺の事もわざと無視しているのかもしれないと思ったが、後から考えてみると、ただの被害妄想だったらしい。彼は特別な事情がない限り、人の顔を全然覚えようとしなかった。
とにかく、彼は姿勢良く席に座って、時折頷きながら、真面目に先輩の発表を聞いているようだった。感心なことだ。俺は睡魔に襲われつつも、彼が開きっぱなしにしている白紙のノートが、ずっと白紙のままでいるのをなんとなく眺めていた。初回が終わった後、ラダーは立ち上がって先輩のもとへ歩いていき、ごく丁寧な物腰で参考文献を尋ねた後、二度とサークルに顔を出すことはなかった。彼の、他者に対する接し方とはそういうものだった。思えば俺も例外ではなかったのだ。
3. この辺りで自分自身の話をしておこう。俺はラダーの共犯者だったし、何より最後の二週間、彼と最も頻繁に話していたのは、ほかならぬ俺だったからだ。そもそも俺さえいなければ、彼はあんなことにはならなかったかもしれない。これを書こうと決めた以上、自分の失敗や恥ずべき内面について語ることも、また避けられないのだろうと思う。
さて俺がラダーに初めて会った頃、あの頃はまだマシだった。俺は入学したてで、まだ適当な希望と楽天性を持っており、新しい環境に胸を躍らせてさえいた。俺が一人暮らしを始めたのは大学に入る直前のことだった。とにかく目の前には、無限の道の中から好きな物を選び取る自由が、ぽんと無造作に放り出されているように思えた。まあ、それも最初だけの話だ。
どこでボタンを掛け違ったのか、自分でもよくわからない。気づいた時には手遅れで、俺は坂道を転がり落ちていた。その後の大学での数年間は、俺を以前より無口で不機嫌な人間にした。元々そういう素質があったのは認めなければならない。俺はサークルを辞め、出来たばかりの恋人と別れ、学外での仕事中にも全然喋ろうとはしなかった。
どうせ会話は噛み合わない。何を言ったって亀裂を広げるだけだ。俺はいつでも同音異義語か何かを喋っていて、自分の言っていることは、一つも相手に正しく伝わっていないような感じがした。
他にやることもなかったので、俺は鬱々とした気分の中で勉学に励み、一番人気だった研究室にも入れる程度の成績を手に入れた。それからB3の冬、希望調査票を提出するとき、俺はその権利を放棄して、たいして学生の集まらない研究室を選んだ。それが俺の三年間だった。
4. では、ラダーの三年間はどうだったか。俺よりも多少非凡なものであったのは間違いない。控えめに言って、彼は優秀な学生だった。取り立てて熱心なようには見えなかったが、科目を問わず試験は満点に近かったし、自由度の高いレポートを課すと、大概ちょっと面白いアイデアを出してきた。俺たちがM1になった後、うちの教授から聞いた話だ。
特にレオロジーだか何だかの研究をしている物性の先生には気に入られていて、直接ラボに勧誘されたこともあったという。君は恐らくM1の段階で成果を出せるだろうから、その時にはコネのある研究所で、臨時のポストを用意しよう、なんて提案をされたらしい。そんな誘いを蹴ってまで、こっちの研究室に来た理由は本人のみぞ知る。卒業式が終わった後、彼は記念品と賞状、それから主席の称号を受け取っていた。
正直キツかったよ、と高野が漏らすのをその日に聞いた。ややこしいが、ラダーではなく、学部を出てそのまま就職したほうの高野である。
「みんな一瞬、あのタカノか、みたいな顔するんだ。発表とか、諮問のときとかさ。初対面の先生は、最初少しだけ俺に期待する。でもすぐに、そっちじゃない方のタカノだってわかる。仕方ないんだけど、そういうのって、ちょっと辛いよな」
こちらのタカノは器用で、人当たりの良い男だった。同じ研究室になってすぐ、俺やラダーともある程度仲良くなった。そのままスムーズに就職先を決め、苦もなく卒論を完成させていた印象があったので、そんなことを考えていたとは思いもしなかった。その後も研究室の飲み会で戻ってきた彼と二、三回会うことがあったが、その時にはもう、前に言ったことをおくびにも出さなかった。
ラダーは自分のことを語りたがらない人間だったから、彼について話すには、こうして周囲の言葉を集めなければならない。無論、この文章自体も、俺という他者の言葉であることには注意すべきだろう。俺がラダーに対し、多少の嫉妬と競争心を抱いていたのは間違いないし、それが幾分見方を歪めているかもしれない。だとしても、俺はできるだけ公平に書くつもりでいる。これを読む人に、どうにか出来事を伝える必要があり、少なくとも、そのように努力しなければならないから。
5. 多分、M1の八月の話から始めるのが一番良いだろう。俺たちは卒論を終え、無事にそのまま大学院へ進学し、修論までにはまだ一年半近くあった。中間発表に苦しむ周囲のB4、M2達を尻目に、俺たちは束の間の猶予期間を謳歌していた。
端的に言って暇だった。退屈だった。やるべきことは山ほどあったが、その最終期限はどれも遥か遠く先のように思えた。だから俺が、あんな罪のない暇潰しを思い付いたのも、さほど責められるべきことではなかったはずだ。少なくとも、この時点では。
最初のアイデアは、基本的な物理定数を変更して、何が起こるか様子を見ようというものだった。電子の質量とか、万有引力定数とか。それらが現実とちょっと違う値だったら、計算結果はどうなるだろう、と俺はその晩言ってみた。学生なら誰でも一度は思いつきそうな話題だ。ラダーが無反応のまま粛々とカップラーメンを啜っているので、俺は言い訳がましく付け加えた。
「そりゃあ、ある程度は節度を持って変更するよ。でもさ、自然なオーダーっていうのはあるにしても、ぴったりその値である必然性なんてないはずだろ。ちょっとくらいずらしてみても罰は当たらないんじゃないかな」
相手が尚も無言のままだったので、俺は焦って、別にそんなに厳密にやろうとしてる訳じゃないとか、ただの暇つぶしだ、とか、見苦しい言い訳をいくつか並べた。何だか自分が急にくだらないことを言ったように思えてきたのだ。ラダーの沈黙には、いつも相手を不安にさせるような何かがあった。
彼はこちらの言葉を聞き流しつつ、塩分のたっぷり含まれたスープを最後まで飲み干した。それから、机の上にスチロールの容器を静かに置くと、言った。
「実は、もう試したことがあるんだ」
なんだ、と思った。彼も、俺と同じ程度には暇人だったのだ。
「結果は?」
「自分で確かめたほうが面白いと思うよ」
「俺はネタバレを気にしないんだ」
「星や人間の存在が、結構危ういバランスの上に成り立っているのがわかった」
まあそうだろうな、というくらいの感想だった。既にどこかで聞いたこともある気がする。ただ、自分がやろうとしていたことを先に思い付かれたのは悔しかった。せめてもの抵抗として、俺はもっと突飛な提案をすることにした。
「だったら単に定数が違うんじゃなくて、物理法則自体が別物だった場合は?」
ラダーは俺の言葉に対し、表情も動かさず答えを返した。
「法則自体って? 電磁気学とか?」
「そう、重力でも、QCDでもいい」
「それって何でもありじゃないか」
「何でもありだよ。数式さえあれば計算はできるだろ。互いに矛盾しない法則のセットを一揃い用意して、その宇宙をシミュレートする」
「何の動機もなしに?」
「もちろん。俺たちの時間と計算能力を浪費するためだけにやるんだ」
徒労だ、と彼は呟いて、空になったラーメンのカップを屑籠へ放り投げた。カップは惜しいところで穴から外れ、床に転がる。ラダーはまっすぐその場へ歩いて行って、周りの床をウェットティッシュで軽く拭いた後、屑籠にゴミを突っ込んだ。それは完全に無駄な行為だった。彼は悠然と立ち上がり、こちらを振り向いて、言った。
「徒労という言葉は好きだ。やろう」
「え、やるのか」
「退屈なんだから、しょうがない」
しょうがないよ、と彼はもう一回言って、自席に戻ると、さっそく作業に取りかかった。どうも現実とは思えないやり取りだった。
当時はラダーが論文をジャーナルに投稿し終えた直後で余裕があったこと、俺が行き詰まっていて本題に身が入らなかったこと、中間発表から夏休み明けまでの間、研究室の行事が全然無かったこと。それらの要因が偶然重なったせいで、俺の提案は通過して、ラダーはそれに取り組み始めた。きっかけはそんな事情だった。大した意味もない遊びのはずだった。
とにかくラダーはそれを始めてしまったし、俺は最初に提案した責任を取って、自分でも何か考えてみることにしたのである。