
【あらすじ】
賢司は父の死の真相を突き止めるため、日本にやってきた。父が残した手がかりを頼りに、籠神社を始め、伊勢神宮、出雲大社、諏訪神社など数々の神社を訪れてその謎を聞き込む。すると日本の神社の大半は「秦氏」を起源とする事実に衝撃を受ける。
同時に中国関係者や諜報員のヴォルターも、ある絵を探すためにそれぞれの思惑で動き始める。賢司はこれらの動きに巻き込まれながら父の死の真相に迫り、そこから日本神話「国つくり」について、そしてイスラエルとの「日ユ同祖論」の謎を暴いていく。
賢司は古代史最大の謎を解明するため、その謎が隠されている伊勢神宮へと再び向かう。
【感想】
下巻に入ると古代日本における神話の疑問点についての「推理」が多くなるため、アマノジャクな私から見ると、論理にほころびが生じているのが気になる。以下、特に気になったことをとりとめなく記す。
*出雲大社
本作品でも触れているが、天照大神が女性神で、子供ではなく孫が「天孫降臨」して国造りを行うのは、古事記・日本書紀(記紀)が成立した時の事情によるもの。「政治の天才」藤原不比等が当時の女帝の持統天皇に取り入るために、持統天皇が自分の血筋である孫の文武天皇に継承したい妄執につけこみ、女帝の孫が国造りを行ったとされている。
また神武天皇の即位を紀元前660年としている。平安時代からの通説ではあるが、元より反対意見もあり、戦後になるとほぼ否定されている。そして10代の崇神天皇に至る間の8代の天皇は「欠史八代」と呼ばれ、実在した可能性はほとんどない。
これらのように論理のピースとしている「記紀」の情報を、時に自分で否定しているのも関わらず、ユダヤの神話と結びつけるのは、無理筋。
伊勢神宮は皇祖神の天照大神を祀っているにも関わらず、明治天皇まで天皇は来ていない疑問を提示しているが、これは定説ない。しかし伊勢神宮を造営し式年遷宮を開始したのは持統天皇と言われ、少なくとも皇室が伊勢神宮を崇拝していないことにはならない。
ちなみに「逆説の日本史」井沢元彦は、称徳天皇が道鏡に皇位を禅譲する伺いを立てた宇佐神託事件を根拠に、皇祖の「墓地」は宇佐八幡宮で、伊勢神宮は「銅像」のような存在と推理している。
明治の初代文部大臣の森有礼が、三種の神器の1つである「八咫鏡」を強引に実見し、そのため国粋主義者に暗殺されたエピソードを挿入している。これは「伊勢神宮を訪れた時、土足厳禁の拝殿に靴を脱がずに上がり、目隠しの御簾をステッキで払い上げて、その中をのぞき込む振る舞いに及んだ」新聞記事が元で起きた事件。しかし記事では実名が伏せられていたにも関わらず、犯人は欧米化を推し進めた森と勝手に推測したもので、森は「冤罪」の可能性が高いとされている。
とは言え「世界の歴史の中で、12歳までに自民族の神話を教えることを止めた民族は、全て100年以内に消滅した」と提示しているのは至言。いつか国や民族が、現在とは違う形で世界の中で共存し融和されると思いたいが、「日本のルーツに興味を持つことが、いまの日本人にとって必要なことではないか」と語り、今回はこのような小説の形をとったとする作者の言葉には、激しく同意する。
*三種の神器(歴史人HP)
その中で神話の中での重要なアイテム、鏡、玉、剣の「三種の神器」に対する考察には感銘を受けた。八咫鏡とユダヤとの共通点。草薙剣がなぜ伊勢神宮から熱田神宮に移り、そのまま返還されないのか。八尺瓊勾玉によってもたらされた影響などの考察は、1つ1つが興味深かった。
改めて「記紀」を読みたくなり、各地の神社を聖地巡礼したくなる。そんな知的好奇心をくすぐる物語でした。