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【あらすじ】
一級建築士の青瀬稔はバブルの崩壊によって仕事が頭打ちになり、妻と離婚して楽しみは娘と月に1回の面会のみ。そんな青瀬に吉野夫婦から信濃追分の土地に「あなたが住みたい家を建ててください」と依頼を受ける。無名の青瀬になぜこのような依頼をするのか疑問を残しつつも、青瀬はノースライト(北からの採光)を取り入れた、斬新なデザインの家を設計する。この家は「Y邸」として雑誌に紹介され、青瀬の代表作となった。
4ヵ月後、「Y邸」に人が住んでいる気配がないと聞かされ、建築事務所所長の岡嶋とともに現地へ向う。鍵は壊されて家は無人で、電源の入った留守番電話と一脚の木製椅子だけが残されていた。所長の岡嶋は、残されていた椅子はブルーノ・タウト作ではないかと気づく。
青瀬は「Y邸」建築中に顔見知りとなった役場職員の伝手で、吉野一家の信濃追分への転入状況を調べるが、転入した形跡はなかった。吉野一家が以前住んでいた家に向い、隣家や大矢から聞き込みをすると、吉野の妻は子どもを連れて実家に帰ったという。青瀬は、何度か吉野一家と顔を合わせた際の違和感を思い出す。されには、吉野を追う男の存在も浮かび上がる。
【感想】
「第三の時効」で独自の警察小説の分野を築き上げ、また短篇集でも頂点に達したと(私が)思っている横山秀夫。組織の狭間で追い込まれていく主人公を描かせたら天下一品。「クライマーズハイ」や「64」など、読み進めると過呼吸に陥りそうな作品を発表し続ける。
そんな横山秀夫がここで発表したのが、建築ミステリー。舞台をガラリと変えた印象を受けるが、主人公といいそのバディといい、人間関係の狭間で苦しむ展開は変わらない。但し従来の警察組織を舞台とした作品と違って息苦しさがやや希薄に感じるのは、北側から安定した、柔らかな採光を意味する「ノースライト」が主題として底流に流れているためか。「ノースライト」という言葉をきっかけにして、物語を生み出したかとも思う。
主人公の青瀬が、幼少期から建築家を目指した経緯と、それを支える父との繋がり。そののちに念願の建築士となり諸先輩から認められて成功への階段を歩む。バブルの崩壊や離婚によって人生に「陰」ができるも、画期的なデザインを駆使した「Y邸」によって業界から評判を得ることに。
対して事務所のボスの岡嶋が、藤宮春子記念ミュージアム建設のコンペに参加する資格を得て、「自分も建築業界に名を残したい」と野望を隠さず青瀬に協力を求める。しかし新聞記者が地元政界と癒着している「疑惑」を報道して、岡嶋を名指しで糾弾する。岡嶋は入院し、その後病室から転落死を選択する。しかも岡嶋の死後、政界との融着はなかったことが判明するところが、横山秀夫らしいところ。

本作品のもう1つの重要人物のブルーノ・タウトはドイツに家族を残し、1933年に1人の女性と日本に亡命した建築家。日本の伝統工芸に感銘を受け、和洋の特徴を取り入れた家具や建築物を残している。
タイトが仙台に居た頃に、椅子の設計図を吉野イサクに渡してしたことがわかり、イサクの墓と訪れて芳野夫妻の手紙を残す。ちょっとした気付きをきっかけに、序盤から敷いていた伏線が次々回収されていく巧みさは、「ストーリーテラー」横山秀夫の面目躍如。
ミステリーとして高く評価された本作品だが、正直「謎解き」に驚きは存在しない。しかし「ノースライト」の建築用語と「ブルーノ・タウト」という人となりが作品に融合して、横山秀夫らしくない、「北側から安定した、柔らかな採光」のような読後感を味合わせてもらった。週刊文春ミステリー、2019年第1位。