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17-1 中原の虹 ① 浅田 次郎(2006)

【あらすじ】

 「鬼でも仏でもねえ。俺様は張作霖だ!」。貧しき流民の子「白虎の虎」張作霖は、徒手空拳で馬賊の中に入り込むと、不思議な魅力をもって清国の聖地・満州で頭角を現わす。ブローニングを片手に冷徹な判断で人の命を奪いながらも、その時を精一杯生きることで、民衆の恨みや絶望を全て受け入れていく。

 

 そんな張作霖を、韃靼の占星術師白太太は「汝、満州の王たれ」と予言する。すると予言に導かれたかのように、見かけた粗末な土饅頭墓から不世出の皇帝・乾隆帝が隠した「天命の証」龍玉を手に入れた。しかし張作霖には、龍玉に頼らず生き抜く気概があった。

 

 龍玉の探索に同行していた李春雷は、西太后に寵愛された大総管・李春雲の兄。生きるために家族を捨てた悲しい過去を背負い、馬賊になると張作霖に見込まれて一千元で買われ、配下の五当家として「不死身の雷哥」と呼ばれる存在に出頭した。同じく張作霖の配下で、白太太から莽の英雄と予言された馬占山ら、一騎当千の配下たちが張作霖を支えていた。

 

 戊戌の政変からおよそ10年。改革派が弾圧された後は、義和団の乱によって北京は列強諸国に蹂躙されて、中華の誇りは地に墜ちていた。その中で李鴻章の遺産を1人引き継いだ袁世凱は、野生の勘で乱世をくぐり抜け、権力の階段を上っていた。袁世凱を支えるのは旧友で梁文秀と同じ年に科挙で合格した徐世昌。進士の徐世昌は袁世凱と王宮とのつなぎ役として重宝がられ、その後大臣にまで出世する。

 

 戊戌の政変によって西太后から廃帝とされ、正気を失ったとして監禁の身となった光緒帝だが、袁世凱は高齢の西太后亡き後に復位も考えられると目論み拝謁する。そこで光緒帝は装っていた狂気をかなぐり捨てて、袁世凱に「天命の証」龍玉を探し、真なる支配者に渡して、漢土に平穏を取り戻すように命じる。

 

   張作霖ウィキペディア

 

 そのころ西太后は70歳を超えて、身体は衰弱していた。しかし徐世昌に対して、袁世凱は信用できないと歎く聡明な頭脳は健在だった。西太后は後継の帝について協議するよう求めると、袁世凱は自身の野望を遂げるため、朝議とは別に自らが傀儡できる皇族を用意していた。しかし西太后はその上を行く。全ての諮問を否定して選んだ後継は、光緒帝の甥でわずか3歳の、愛親覚羅溥儀だった。

 

 西太后は最後まで中華がインドのように、独立を失うことを恐れていた。わが子同治帝の面影があり、頭脳は遙かに明敏で、時に嫉妬の思いを持った光緒帝に対して、哀憐の情を抱いていた。自らが亡くなった後復位して、列強の思惑に翻弄されて最後の皇帝となる姿を見たくない。西太后の意を知った大総管・李春雲は、さる筋を通してその意を伝える。

 

 西太后は1908年11月15日に亡くなる。そして光緒帝はその前日に、謎の死を遂げていた。

 

 

【感想】

 張作霖は日本軍の傀儡となり、利用されたあげくに「使い捨て」された印象を抱いていた。しかしそんな知識を裏切るように、颯爽とした「荒野のガンマン」のように描く。その人物像は多くの紙面を割いて挿入される、満州の地から誕生した皇統・愛親覚羅の太祖ヌルハチから連なる、親子三代に亘る天下取りのストーリーと重ねている。

 太祖ヌルハチを中心に民族を束ね、やがて万里の長城の山海関を超えて中原に突入し、清国という「虹」を架ける物語。私は先に「韃靼疾風録」を読んでいたので清を建国する過程は理解していたが、知らない人から見ればこの挿入はとまどうこともあるように感じる。

 「蒼穹の昴」から続く枢軸な登場人物の西太后を「正義」とする浅田次郎。龍玉を失い天命が尽きた帝国に自ら幕を下ろす役割。列強からの侵略を抑え、そして植民地となることを防ぐとして、そのために「悪名」を敢えて流布させようとする人物として造型させている。

 しかし果たして愛新覚羅の皇統ではない西太后が、夫や我が子、そして甥をも手にかけてまで、そんな使命を負わされて実行したと「思い込む」のか。万朝報の特派員の岡圭之介と、ニューヨークタイムズトーマスはそんな西太后を「正義」と評価するが、矛盾は隠せない。「変法」が目指した日本のように、明治維新によって新たな政体、新たな政治で善政を敷くことをせず、光緒帝を中心とする「変法」のグループを結局は弾圧してしまった。

 

 列強に対峙できる強力な勢力ができるまで清がその役割を果たし、「天命」を持った新たな勢力が現われたところで「大政奉還」してその役割を終える。そんな美名に隠れた不確かな「徳川慶喜」の役割を、西太后はわずか3歳の溥儀に押しつけている。

 中国で語られる「易姓革命」は、その実態はないがために始皇帝の歴史から代々語り継がれてきた。その長い歴史の中で、「龍玉」が受け継がれたとするのは無理がある。中国は「ファースト・エンペラー始皇帝)」以来、統一王朝の皇帝が続いたわけではない。三国志以降の数百年に渡る時代、唐滅亡から宋などの乱世の時は、龍玉は一旦消えて、また現われたのか。

 しかし「歴史」では矛盾が生じるこれらの設定も、「小説」では壮大な絵巻物を構成する1つ1つのピースにすぎない。物語がここから後半に入ると怒濤の如く疾走して、ちりばめた数々の「ピース」も、伏線も、そして登場人物たちもその渦に巻き込まれていく。

 

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