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15-1 阿片戦争 ① 陳 舜臣(1967)

【あらすじ】

 連維材は広州で伍紹栄が支配していた対外貿易を独占する「公行」と、その利権に群がる政治家たちに反発して、裸一貫で公行に対抗する「金順記」とよばれる商社を一代で築き上げる。自由な商売、自由な貿易を目指して規制緩和を求める連維材の目に入ったのは、少壮の官僚の林則徐だった。若くして科挙に合格した進士の林則徐の性格は、清廉でかつ進取の精神に富み、民からは慕われアヘンの禁止などで実績を上げていた。そんな林に連は見返りを求めず長年支援と続ける。

 

 イギリス東インド会社の対中国貿易特許が1834年に失効したため、イギリスは東インド会社の流れを汲むジャーデン・マディソン商会を中心に、個人貿易商が対清貿易に参入してきた。しかし当時のイギリスは茶や絹などの輸入が多く、銀の流失に頭を痛めていた。折しもアメリカ独立戦争も勃発し、戦費調達に迫られていた。イギリスが清に輸出できる主力商品は、植民地のインドで製造されるアヘンだった。

 

 清の第8代道光帝は、難題が山積する政治に嫌気がさしてアヘンを逃げ道にしていた。しかし自らの力でアヘンの習慣を断つと、民にもアヘンの禁止を求めようと命じる。アヘンで利権を得ていた家臣たちは、徐々にアヘンを禁止しようとする「弛禁論」を提案して皇帝の「気まぐれ」に対処しようとした。

 

 しかしアヘンに対して頑なな道光帝は、アヘン取り締まりで実績を上げていた林則徐の献策に目をとめる。厳格かつ精緻なアヘンの「厳禁論」を唱える政策と実績を見て、帝は林則徐を阿片禁輸の欽差大臣(特命大臣)に任命すると、香港、マカオなど対外貿易の窓口を有する広東に派遣した。

 

  *道光帝(ウィキペディア

 

 賄賂を与えれば満足するだとうと甘く見ていた伍紹栄ら公行の商人たちだったが、林則徐は賄賂に応じず、アヘン密輸の厳しい取り締まりを行った。1839年には「今後アヘンを持ち込んだ場合は死刑に処する」と通告し、これをイギリス貿易監督官チャールズ・エリオット大佐が無視したため、イギリス商館を包囲して保有するアヘンを没収した。没収したアヘンは化学反応を起こして無害化させる徹底振りで、イギリスとの対立が先鋭化していく。

 

 イギリスの一部の商人以外はアヘンとは無関係だったために、次第に林則徐の通告に従っていくが、アヘンにこだわるエリオット大佐は林則徐に最後まで従わず、1939年、ついにエリオットは艦船2隻で攻撃を始める。イギリス本国でもその強引なやり口から、清との戦争に反対する議員も多かったが、ジャーデン・マディソン商会らの「ロビイスト」の工作もあり、僅差ながら対清開戦決議が議会を通過してしまう。そして全権大使にエリオット大佐の従兄のジョージ・エリオット少将が任命され、東インド艦隊の軍艦16隻などが清に派遣された。

  チャールズ・エリオット大佐(ウィキペディア

 

 

【感想】

 作者の「情熱」が行間から溢れ出るような熱量を持った作品。1961年「枯草の根」で江戸川乱歩賞を受賞、ミステリー作家として活躍した作者が、近代中国に正面から立ち向かう。この長大な作品を書き下ろしで発刊することで、中国を舞台とした歴史小説作家の地盤を築いた、意味深い作品。

 女真族が建国した清国は、18世紀一杯に渡り康熙帝雍正帝乾隆帝の治世が続き全盛期を迎えていたが、19世紀に入り急速に膿が吹き出した。乾隆帝は度々外征や文化事象を行なう一方、官僚の腐敗が進行して巨額の横領事件も発生して、財政はカラになっていた。

 道光帝の下にはいかにも軍事国家らしく「軍機大臣」とよばれる4人の大臣が漢人から2人、満人から2人選出されていた。漢人曹振鏞は高齢だが「文字狂い」と呼ばれ、科挙の試験でも「一画の長短」など、払いやはねの角度や長さに基準を求め、国政が形骸化した象徴のような人物。もう1人の漢人王鼎は単純な熱血漢。そして満人の文孚と、野心を心に秘めて道光帝の信頼を受けようとする穆彰阿(ムジャンガ)。ちなみに清国では漢人科挙を合格しての出世が求められるが、満人は割合が少ない中で、皇帝の「一声」で抜擢される場合が多いという。その中で穆彰阿は、将来大臣になると目された若き漢人林則徐がライバルになると睨んでいた。

 対して清国の商業は対外貿易は制限され、国が許可した「公行」とよばれる貿易商しか、外国との交易は認められていなかった。既得権益を得ていた公行の商人たちは、賄賂によって政府と結託して、禁止とされていたアヘンの密輸入で私腹を肥やしていた。

 「阿片戦争」は経済が無視できない要素を含んでいるため、政治家と共に商人が大きな役割を果たしている。清側では「守旧派」として弛禁論を唱える政治家の首領として軍機大臣の穆彰阿を、阿王玥琦善、そして「品性が下劣な」鮑鵬などが登場する。それと結託する商人側は「王行」を支配する伍紹栄を筆頭とし、小役人ながら阿片の密売で利益を上げて、自分の敵には徹底して恨みをはらす韓肇慶に代表される、既得権益を守ろうとする人たち。

 

  *林則徐(ウィキペディア

 

 対して「革新派」は歴史的にも高名な林則徐を中心に、その盟友として架空の人物である連維材を主人公として、物語の視点の1つとしている。その視点は連維材の4人の子供や愛人で混血人である西玲と密売などで小銭を稼ごうとする弟、そして日本から漂流してきた石田時之助などを交えて、当時の広州の日常を交えて描いているところが興味深い。

 

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