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8-1 チンギス・ハン ① 堺屋 太一(2007)

【あらすじ】

 テムジンは勇者の称号を持つイェスゲイの長男として生まれた。11歳の時に近隣の氏族長の子ジャムカと知り合うと、テムジンはジャムカの知恵に、ジャムカはテムジンの強靱な意志に惹かれ、盟友の契りを結ぶ。父イェスゲイはモンゴル部族をまとめ上げるが、タタル族に毒を盛られて亡くなると一家は極貧生活に陥り、モンゴル部族内ではタルグアイ率いるタイチウト氏族が主導権を握る。

 

 そんな中でもテムジンの母ホエルンは子供たちをよく育てた。テムジンはタルグタイに捕らえる危機を脱出して成長する。その後亡くなった父の縁でボルテと結婚したが、メルキト部族に襲われてポルテは奪われてしまう。テムジンはボルテを奪還するため、盟友ジャムカそして父の盟友トオリル・ハンと同盟を組んでメルキト部族に攻撃する。

 

 ジェムカの立案した巧緻な作戦にテムジンは疑問を抱くも、その作戦は当たった。初めての対戦でテムジンは大勝利を収める。混乱する戦場で妻のポルテと再会することができたが、ポルテはメルキトの子を生んでいた。複雑な気持ちに襲われるテムジンだが、その子を自らの子として育てる決意をする。

 

 そんな中盟友ジェムカはモンゴル族の中で一目置かれる存在に成長していた。ジェムカは意気盛んで、モンゴルを統一して更に女真族や金国も併呑する夢を語る。そんな盟友ジェムカを危ぶむテムジンは、イスラムからの旅商人、ハッサンと親交を結ぶと商業的な思想を学び、子供ながら金融の天才であるヤラワチを側近とする。そんなテムジンも次第に有力者となっていき、周囲からチンギス・ハンの座に推戴された。

 

  *チンギス・ハン(ウィキペディア

 

 チンギスは中規模集団の長として、長の下で能力と貢献によって役と力を得られる社会を目指した。しかし盟友ジャムカの目指す、氏族連合の中で身分制度を厳密にした封建社会の思想と対立していく。お互いに歩み寄ることができず、ついに対決の時期を迎えた。ジャムカの態度から危険を感じたチンギスは、北方の土地に部族もろとも脱走をして態度を明らかにする。

 

 ジャムカはタイチウト氏と同盟し、キヤト氏を糾合したテムジンと十三翼の戦いが行なわれた。少数の軍勢でチンギスはジャムカを隘路に引き込み個別撃破を目論むが、善戦虚しくチンギスは敗退した。しかし勝ったジェムカも配下に与える恩賞が得られず、身内から不満が沸き起こる。戦いからわずか3日で裏切りを生み、その様子をみたジェムカに対抗する金国が奇襲をかけて、逃走するハメに陥った。

 

 対して敗れたチンギスは、天才少年ヤラワチのアイディアを採用する。遊牧民族の大事な財産である羊を繁殖ではなく売買で増やしていくことで成果をあげ、それを見た外の部族はチンギスのもとに馳せ参じる。

 

  *妻のポルテ(ウィキペディア

 

 

 

【感想】

 歴史小説を組織論、文明論の観点から読者に提示してきた堺屋太一。そして今回、日本を離れて世界史から選んだのがチンギス・ハン。第二次大戦後に大きな潮流となった社会主義学者たちは、「歴史の進歩は財の生産形態と階級闘争によって生じるもの」と定義するが、「チンギス・ハンだけはそれでは説明し切れない」としている(第1巻237頁)。ソビエトが崩壊すると社会主義的な視点から解放されて、新たにチンギス・ハンが見直されている、と堺屋太一は主張する。

 チンギスは子供の頃から「絶対的な危機」を数多く経験している。それを盟友ジャムカが認めた強靱な意志を持ってはねのけて人間的に成長しているが、これは始皇帝も、源頼朝も、織田信長も、ひいてはイエス・キリスト日蓮も経験する奇跡の体験。その経験を経てカリスマとなり「英雄」となっていく。

 そんなカリスマとしての存在感を有したチンギスの発想法は「目指す理想(ビジョン)→現実の概念(コンセプト)→実現する筋道(シナリオ)→象徴的手段(シンボル)の段階を踏む」と、現代のPDCAサイクルに通じる原理を抽出して、史上最大の成功を遂げたとしている(第2巻132頁)。そんなチンギスが親族や「四駿」や「四狗」と呼ばれる有能な配下たちを駆使して、モンゴル民族を束ね、広大なユーラシア大陸に広げていくが、そこに人種の差別はない。ウイグル人の情報通やイスラム教徒の商人、そして商人から紹介された「天才数学少年」などを採用している(余談だが、塚本靑史が描く桑弘羊堺屋太一が描くヤラワチといった財務官僚を、ともに大阪弁で語らせているのが可笑しい)。

 農耕による生産形態を経ず、仏教、キリスト教イスラム教が普及した世界において、シャーマン(呪術)的な思想を基にするモンゴル民族の中で生まれたチンギスが目指す「大モンゴル帝国の建国は、“人間(じんかん)に差別なし、地上に境界なし”の世を創る社会革命でもあったのだ」(第2巻233頁)。但し理想の実現は簡単にいかず「流血」が必要となる。そのために選んだ盟友ジャムカとの決別は、最大の敵と対峙することを意味した。

 

 話は逸れますが、私がおよそ50年前に読んだ小説に高木彬光著「成吉思汗の秘密」があります。江戸時代に端を発した「成吉思汗=源義経」説を戦後の見地から考察した内容に、当時中学生の私は、その雄大なスケールのトリコになりました。

 21世紀になり、オクスフォード大学による男子特有と言われるY染色体の研究から、チンギス・ハンが世界で一番多い子孫を残したとする学説を発表しました。ユーラシア大陸に広く分布する、チンギスが起源と思われる特有の染色体。ところがそれは日本では見られないことから「成吉思汗=源義経」説は可能性が低いと、これまたスケールの大きな話があります。

 

vibrantactions.com

*同じ小説のトリコとなった Rita (id:chestnutllove さんのブログ。例え可能性は低くても、あの時のトキメキは忘れません。ぜひ皆さま、ご一読を。

 

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