以下の内容はhttps://nmukkun.hatenablog.com/entry/2025/04/20/070200より取得しました。


2-2 三国志 ② 吉川 英治(1943)

【あらすじ】

 世俗から隠遁していた諸葛孔明。その名声を聞いた劉備三顧の礼で迎えた天才軍師で、軍事はおろか天地の理まで習熟していた。曹操の大軍を前に、孔明の実力を疑った周楡は「10万本の矢を用意してほしい」と無理難題を突き付ける。しかし孔明は「三日で集める」と豪語して周楡を驚かすが、孔明が矢を作る様子は一向にない。すると3日目の真夜中、孔明は大量の藁人形を積んだ船団を曹操軍に向ける。夜襲だと勘違いした曹操軍は船に矢を浴びせかけ、藁人形には10万本の矢が刺さり、孔明は約束を果たした。

 

 孔明を信用した周楡は、曹操と戦う決意を固めた。軍略にも非凡な才能を持つ周楡は、曹操の水軍を火攻めにしようと策略を施す。老齢の武将黄蓋と口論をして鞭打ちの罰を与え、ズタズタになった黄蓋曹操軍へ寝返らせた。その姿を見て曹操は信用するも、これは周楡と黄蓋が仕組んだ罠だった。あらかじめ計略で船同士を鎖で固定した上に、黄蓋は船から火の矢を放つ。曹操の水軍は逃げることができずに船が焼失し、曹操は命からがら脱出する羽目に陥ったことで、天下統一の覇業は目前で潰えた。

 

 呉は蜀との同盟関係を維持した。孫権劉備荊州にとどまることを認め、劉備荊州を足掛かりに蜀の乗っ取りに成功する。こうして諸葛孔明が計った「天下三分の計」が完成した。

 

 その後、孫権劉備荊州を返還するように求める。呉との対立を望まない劉備は、荊州を二分して呉との連携を確保する一方で、魏の攻撃を再開する。蜀と魏との戦いで関羽曹仁を包囲するも、孫権関羽を討つために呂蒙を派遣して遂に関羽を捉える。そのころ曹操は、皇帝の座を目前にしながら、死の床についていた。

 

  

 *「智」の諸葛亮孔明。映画「レッドクリフ」の金城武が印象的でした。「パリピ孔明」まもなく公開ですが、ここで紹介するのは・・・・

 

 曹操が亡くなり跡を継いだ曹丕献帝禅譲を迫り、ついに魏の文帝としで皇帝の座に就く。それを見て漢中王を称していた劉備も、蜀の皇帝として即位する。諸葛亮を丞相として政道を任せると、劉備関羽の仇を討つために呉に攻め入るも敗退し、逃げ帰った白帝城で息を引き取る。一旦魏に臣従して呉王となった孫権は、魏の人質要求を拒否したことで再び対立して、蜀と同盟を結び魏に対抗する。

 

 劉備死後、蜀では劉禅が跡を継ぎ、諸葛亮が引き続き丞相として蜀の運営を担う。諸葛孔明は魏の討伐の為に出師表を出し北伐を開始するも、期待していた配下の馬謖が命令に違反して敗れ、全軍そのまま蜀へ退却するに至った。対して魏は曹丕の下で司馬懿が軍事を指揮し、諸葛亮の北伐に対抗して五丈原孔明と対峙するが、孔明も戦場で病に倒れ死去する。

 

 三国志を彩った巨星たちが志半ばで次々と墜ちていく。孔明亡きあと蜀は魏に降伏し、魏は司馬懿の孫の司馬炎が曹家から皇帝の位を奪い、を建国する。晋は呉も滅ぼして三国志を制覇したかに見えたが、わずか50年足らずで滅びた。その後隋が中国を統一するまで、更に300年に亘り混迷が続いて行く。

 

 

 

 

*「義」の関羽雲長。死後に神格化し、こんな像も上海市に出現しました。(読売新聞)

 

【感想】

 天下統一が目前に迫った曹操に対し、1本の辣のような脆弱な勢力であった劉備は、関羽張飛趙雲や軍師の諸葛孔明らの力を結集して、呑み込まれまいとする。曹操と敵対するのは不利と考えていた呉の孫権を、味方に引き入れることにも成功した。反曹操勢力を結集させて天下を二分させ、その後自らの勢力を拡大して鼎立しようとする「天下三分の計」。項羽と劉邦の「二強」時代に斉の田横が、そして劉邦の配下だった韓信が一度は夢み、自ら否定した雄大な計略。

 冷静になって考えれば、劉備の都合のみとも思える話。そのため後に呉と蜀は敵対することになり、劉備の右腕として活躍し、1人で1万の兵に匹敵したと言われた関羽を失う羽目に陥った。見方を変えると、呉を味方に引き入れた諸葛孔明の弁説が、それだけ見事だったと言えるのかもしれない。それでも不利の情勢は変わりないが、映画 「レツドクリフ」で有名になった赤壁の戦いで、乾坤一榔の大勝負に打ち勝つ。諸葛孔明の構想は現実となり、曹操は手に触れた天下の権がこぼれ落ちていった。

 諸葛孔明に由来するだけでも「三顧の礼」,「水魚の交わり」,「危急存亡の秋」,「拉いて馬謖を斬る」,「死せる孔明生ける仲達を走らす」などの故事成句が生まれた。様々な人間が登場してドラマを演じ、強烈な個性を持った1人1人が志半ばで去っていく。不条理とも言える宿命は哀惜を帯び、日本人の心を打つ。

 英雄たちが同時期に生まれたために、なかなか1人の人物に時勢が収斂されず、乱世が収束されない。そして英雄の後継たちの器が小さく、国が保たれない悲劇も合わせ持つ。諸葛孔明は策略通りに事を進めたが、それでも蜀という国力の差と、劉備の後継劉禅の器量から壁にぶつかり、志半ばで生涯を終えた。そして英雄不在による混迷の時代は、その後300年以上続く。

 しかしこれはやむないこと。武将たちは乱世によって育ち、そして揉まれ磨かれる中で、家臣たちと一緒に汗水流して国を作り、英雄になっていく。「三国志」という見事なタイトル。それは英雄たちが揉まれ、成長し、そして去っていく時代を意味する。

 

 

*「力」の張飛益徳は、「真・三国無双」のキャラが似合っています。

 

 ・・・・やはり三国志は1つの作品では語り尽くせません。このあとは塚本靑史作品に戻り、序盤、中盤、終盤を彩った「第2列」の人物に焦点を当てて、三国志ワールドをほんの少し、掘り下げていきます。

 

 よろしければ、一押しを <m(__)m>

 




以上の内容はhttps://nmukkun.hatenablog.com/entry/2025/04/20/070200より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14