*Amazonより
【あらすじ】
下級貴族に生まれ、書を読むことが好きな蔡倫は司馬遷の「太史公書」を夢中になって読んでいた。しかし当時は班固が、父の代から始めた前漢の歴史書「漢書」を編纂して、司馬遷に対抗していた。一時は国史を改ざんしているとの噂も立てられたが、時の章帝が班固の格調高い文章を認め、国家事業としての支援を受けて編纂作業を進めていた。そんな中、蔡倫は宦官となって身を立てることにした。宦官になると誠実な人柄が周囲から認められて、徐々に役職が上がっていく。
班固の弟班超は、学者一族の中にありながら武将での才覚に恵まれ、兇賊を平定し勢いを西域にまで広げ、現在の中東にあるシリアまで兵を派遣する。蔡倫はそこから風の便りで、アレキサンダ一大王が築いた当時最大の図書館で記録される粘土板や、ローマ帝国で使われている羊皮紙などを知り、安価で使い易く保存の優れた記録を残す用具として「紙」の製作に没頭する。
ある日章帝の愛妾である宋貴人から、白馬寺に行って仏像を預かる役目を仰せつかったが、帰路珍しい紙を見て夢中になり、仏像を失くしてしまった。宋貴人は察倫に鞭を使って叱責するが、正室である竇(とう)皇后は、寛大な心を持ってとりなす。しかし竇皇后は子を産んだ宋貴人を嫉妬して死に至らせ、その子を皇太子から廃嫡して地方の王に追いやる激しい性格も宿していた。
書と紙の製作を通して、蔡倫は班固・班超の妹にあたる曹大家(そうたいこ)と交流を深める。曹家に嫁いだが間もなく夫と死別した曹大家は、美麗であるだけでなく学識にも優れ、また見事な字を書くことでも知られていた。曹大家は蔡倫の紙作りを応援し、できたら真っ先に「漢」と筆を入れたいと願い、芋の一種でもある黄蜀葵(おうしょっき)と呼ばれる花を察倫に託す。蔡倫はそんな交流を通じて、宦官にも関わらずほのかな想いを抱く。
*蔡倫(ULPLUS HPより)
蔡倫の紙製作は行き詰まりを見せていた。ある日奴僕が誤って、製作過程で黄蜀葵を水槽に落としてしまったが、それを漉いて紙を作成すると材質が薄く均一に広がり、望むべく品質に近づいた。更にとろろを混ぜると粘性によって強度が増すことがわかる。仕上げに曹大家から貰った、更に粘性のある黄蜀葵を使うことで蔡倫の紙は完成した。曹大家はそれを見て喜び、「蔡候紙」と見事な筆致で書き、未来永劫、蔡倫が完成させた快挙が伝えられると褒めたたえた。
安帝にも認められ蔡倫の紙は評判が広がり、実際に候になるまで出世した。しかし周囲の嫉妬する者は、地方の王を父に持ち幼くして即位した安帝に、祖母の宋貴人は蔡倫の讒言によって死に追い込まれた、と吹聴する。

*当時の後漢王朝を巡る地図
【感想】
元々は紙とは「滓」の意味で、王宮では貴重品を保護する包装緩衝材が主だった。帝も蔡倫に、当初は強度のある包装紙としての「紙」を期待したが、記録紙としての「紙」の用途を認め、察倫の発明を称賛して支援する。
それまで中国では記録に竹簡が利用されていた。そのため「冊」を巻き取って、現在まで続く「1巻」の単位となった。記録用の紙は絹布が使われたが、とても高価で実用的ではない代物。布の繊維を集めてまとめる紙もあったが、墨がにじみ凹凸が激しく、また1年程で繊維が崩れ、保存には適さなかった。蔡倫はそれを官官の立場で発明・工夫して、実用に耐えうる今の形を築いた。
その後に及ぼした影響は大きく、宮城谷昌光の短編で、字を発明した商の高宗武丁を描いた「沈黙の王」と合わせて取り上げたかった作品。また奴僕のミスで完成に近づくのは、日本で灘の清酒ができた故事とも重なり、昔から多くの発明は失敗を契機に「ブレイクスルー」していくことがわかる。この紙の発明(改良)によって、文字が広がり文化が一層花開き、中国の版図が広がっていく。
しかも紙の製作という地味なテーマながら、「漢書」を編纂した班固と、編纂作業を引き継いだ、中国史上最初の女性学者の肩書を持つ妹の曹大家(班昭)の兄妹と、弟で後漢の版図を広げた名将班超を補助線に置いた。また王宮における宦官と武将、王族内の権力闘争などを巧みに交えて、文庫本で200ページに満たない分量の中で、話は大きく展開していく。
班固・班昭兄妹で完成させた「漢書」は歴史書として見事なだけでなく、その中の地理志で「倭」が 「楽浪海中に倭人あり、分かれて百余国と為る」と初めて記された。先に取り上げた帚木蓬生著「日御子」では、主人公の通訳一族が漢との外交における功績から、中国でも極上の紙を拝領された。それが一族代々に受け継がれ、歴史が動く大事な時にその紙を使う様子を思い出した。この作品は日中交流の黎明期を、本作品では違った角度から描いている。
*曹大家(班昭:ウィキペディア)
最後は蔡倫に対して、運命の暗転を示唆して物語は閉じている。史実は帝の命により蔡倫は毒薬を贈られて、それを飲むことで人生を終えている。功績に対して報われない終焉。
足利尊氏を思わせる好人物の光武帝によって建国された後漢王朝は、8代将軍足利義政以降の室町幕府と同じように、歴代皇帝の短命が続く。間もなく応仁の乱の後を思わせるような混乱に陥り、そのまま「三国志」の世界へと突入する。
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