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10 霍光(サイコウ) (2000)

   *Amazonより



【あらすじ】

 54年にも及ぶ在世を誇り、前漢王国の版図を広げた武帝は、封禅の儀も行い権勢の絶頂を極めた。その陰で、在世の前半期に匈奴征伐で活躍を見せた霍去病は24歳で夭折した。霍去病の異母弟の霍光は兄の武勇は持たないが、誠実な実務で文官として出世し、武帝の後半期を支えることになった。

 

 この頃は治安が悪化し、酷吏と呼ばれた法律至上主義の官僚が活躍する。中でも江充(こうじゅう)は王子であろうと処罰を下していた。しかし皇太子の劉拠から恨まれてしまい、武帝崩御する前に武帝に呪誼をかけたと讒言して、劉拠を捕縛しようとする(巫蠱(ふこ)の禍)。劉拠が江充を返り討ちにするが、武帝は許さず劉拠は逃亡し、自殺したと見られた。

 

 武帝はやむなく末子を後継とし昭帝として即位させるが、即位時の年齢は8歳。武帝は死の間際に大司馬大将軍の霍光、上官桀金日磾(きんじつてい:霍去病に投降した匈奴の王子出身)に対して政務の輔弼を命じる。金日磾が亡くなると、霍光と上官桀の両者の均衡による政治が行われたが、2人の間に徐々に対立が広がっていく。

 

 上官桀を支持した桑弘羊 (そう くよう)は数学の才が優れ、財務官僚として異例の出頭を遂げていた。しかし専売制による税の徴収が過酷なため民からは怨嗟の声が起き、徳を持って政治を行うことを理想とする儒学者から非難が広がっていく。儒者たちが集まり桑弘羊に対して直接抗議するも、桑弘羊は儒者たちが主張する「空論」をことごとく論破して対立の根は深まるばかり。

 

   *崔光(ウィキペディア

 

 霍光はそんな様子を見ながらも、いずれにも偏らず衡平な政治を行うことを心がけて昭帝から信任を受け、やがては政治の全てを仕切るようになる。巫蠱の禍で自害したと思われた劉拠が、一部の記憶を失った姿で現れて物議を醸しだすが、霍光は処罰を断行して人心を安定させる。

 

 昭帝は21歳の若さで子がないまま薨去した。武王と季夫人の子である劉賀が即位するが、服喪の期間も宴会を続け、品行不良な振る舞いを繰り返す。そのうち王宮からの信任を失い、霍光は劉賀を廃位することを決断する。その後継に苦慮した霍光は、劉拠の孫を市井から取り上げて宣帝に即位させ、漢王室存続の危機を乗り切った。

 

 霍光は控えめに誠実に仕事をしてきたが、周囲は霍光の権勢に乗じる動きが出てきた。しかし霍光も老いた。漢王室と一族の将来を憂いながら、病床で視力が徐々に失われていった。

 

 

 

 

 

【感想】 

 塚本青史が古代中国を舞台として描いた「霍去病」から4年経ての作品。元々本作品を想定して「霍去病」を著したと思えるほど、登場人物が繋がっている。主人公は霍去病の(異母)弟の霍光。「早熟の天才」霍去病が夭折したのに対し、霍光は年を重ねてから世に出たため、武帝54年の在位期間の中でも、描く時代は重ならずに物語は進んでいく。

 新たな話も進行する。匈奴との戦いも霍去病の死後はまた苦戦して、「飛将軍」と謳われた季広の子、李陵は激戦の末に降伏するに至った。それを敵に寝返ったと勘違いした武帝は、激怒して一族を皆殺しにしてしまい、李陵を庇った司馬遷宮刑 (急所を切断)を受けた。対して同じく匈奴に降伏した将軍の蘇武は、相手に屈せず捕虜のまま長年捕らえられたため、解放された時は周囲から賞賛を浴びる、対照的な待遇を受けるエピソードを挟む。

 また武帝のかつての皇太子だった劉拠が長い失蹄期間の後現れるエピソードについて、作者はあとがきで「天一坊事件」(徳川吉宗落胤を称して浪人を集め、捕らえられた)の雛形を思わせると語っているが、私は奈良時代天武系の皇統が称徳天皇で途絶えると、藤原百川によって天智系光仁天皇が擁立された故事を思い出した。このことによって漢王室も日本の皇室も皇統がかろうじて保たれ、擁立した霍光と藤原家は更なる実力者として君臨する。またこの事件を挿入することで、「前作」に続いて登場した、東方朔や金日磾の双子の遺児たちの存在に意味を持たせた。

 

  

  *作中で存在感を発揮する、財務官僚の桑弘羊と「話芸の神様」東方朔(ウィキペディア

 

 漢王国の全盛を誇った武帝の時代。前半期は武将の霍去病を中心に版図を最大に広げる功績をあげ、後半は霍光を中心に有力者と官僚、側近たちの活躍で帝国の治世を安定させる役割を担った。そこに官僚の桑弘羊や東方朔、そして高名な司馬遷などを登場させて、漢帝国全盛期の統治にかかる1面を、見事に描いてみせた。

 しかし皇帝による治世は、帝の資質と血統に頼らざるを得ない欠点があり、時に後継の問題や皇后・外戚の問題も発生し、帝国の存亡に直結する。漢王国も霍光が亡くなった後、残された一族が権勢を濫用して、宣帝から虐殺される運命が待ち受ける。

 そんな凶事を匂わせた形で物語は終わり、間もなく漢王朝は一旦滅亡に陥る。

 

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