*「塚本靑史20選」が続く中、時系列的に別の作家を挟まみます。今回は司馬遼太郎の名作です。
【あらすじ】
史上初めて大陸を統一し、帝国を築き上げた秦の始皇帝。しかし絶対権力の下での厳格な法の行使は、民を疲弊させた。始皇帝が薨去すると陳勝・呉広の乱を端緒として、各地で無数の暴動が勃発する。祖国の楚を滅ぼされて秦に復讐を誓っていた項羽は、叔父の項梁に従い楚の再興を目指していた。しかし秦軍は章邯を将軍に任命して反乱を鎮圧していき、項梁は命を落とす。項羽は項梁の後を継いで秦軍に反攻するが、配下の軍勢の一小隊には、沛の県出身で何の取り柄もないが、なぜか周囲から担がれた劉邦がいた。
章邯率いる秦軍の巻き返しに反乱軍は動揺したが、頂羽は1人鬼神の如き勢いで、秦の主力軍に壊滅的な打撃を与えた。反乱軍の盟主となった項羽は秦の帝都・咸陽を目指すが、別働隊を率いていた劉邦が先に咸陽を制圧した。調子に乗った劉邦は関中王を望んで函谷関を塞ぎ、項羽の逆鱗に触れてしまう。鴻門の会で項羽は命を奪おうとするが、卑屈な態度の劉邦を見ると気勢が削がれ、放免してしまった。
項羽は沛の「ごろつき」を生かしても害はないと考える。しかし劉邦は政略も軍略も才が無い代わりに、家臣の心を惹きつけて離さない人望があった。劉邦という一個の「虚」の下で、配下の者達が懸命に知恵を絞る不思議な強さを生み出していた。宰相の蕭何、軍師の張良などの優秀な家臣連が自分たちの知恵を、劉邦という「巨大な杯」に注ぐ奇怪な構造を、項羽は見抜くことができなかった。
秦は滅び、天下は盟主である項羽によって各地は諸侯に分封された。項羽自身は「西楚覇王」と称し、楚北方の彭に居を構えた。一方劉邦は峻険な山々に隔絶させられた僻地に追いやられる。しかし関中への道は近く、家臣の進言を受け入れて関中を制圧して、秦の王都を手に入れた。
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*項羽。祖父は一度は秦の侵攻を跳ね返して名を上げた名将・項燕(ウィキペディア)
項羽の行った論功行賞が不公平なことから、斉や趙など次々と反乱を誘発し、項羽は鎮圧に忙殺される。その隙を見て、劉邦は項羽の本拠地彭城を目指して東進を始めた。項羽の所業に反感を覚える諸侯は多く、劉邦は苦もなくその勢力を拡大していく。やがて反楚同盟軍は50万を超える大軍に膨れ上り、項羽が不在の彭城は呆気無く陥落した。
しかし項羽は彭城陥落の報を聞くと、全軍から3万の兵を掻き集め、自ら率いて彭城へと駆け戻る。項羽の怒りが乗り移った楚軍の脅威に怖じ気づいた同盟軍は、劉邦を始め脆くも崩れさり、彭城から逃げ散った。態勢を立て直した劉邦は項羽と対峙するものの、戦下手の劉邦では勝負にならい。諸侯たちも項羽を恐れて楚軍になびいてしまい、劉邦は黄河の北岸へと落ちのびる。劉邦は北方で遊撃部隊として展開していた武将・韓信に諸国の平定を急がせ、再度黄河を渡って南下する。
【感想】
宮城谷昌光が 「いいかげんな人間」と評した劉邦。若い頃からごろつきの中で育ち、そして連中の親玉となって盗賊働きをするなど悪事を繰り返し、近隣の鼻つまみ者として疎まれていた人物。面倒なことは嫌いだが、担がれると調子に乗る。安定した時代や、諸子百家の思想が浸透する春秋戦国時代においては、人の上に立つ存在になるとは思えない。
しかし司馬遼太郎はそんな劉邦を「虚」と捉えて、周囲の人間が自分の能力を発揮するために空虚の器を持ち上げていく、不思議な存在として描いた。
天下統一を果たした秦国は民を厳格は法で縛り、王を封じることなく都県制を布いて官僚が統治をした。税金が厳しい上に労役もまた多く、労役で巨大な陵墓建造に携わった者が機密保持のために抗(生き埋め)にされると言われ、青年男子は生きる過程で、何かしらの刑罰で命を奪われる運命となっていた。秦の統一の過程で何十万もの敵の兵を生き埋めにし、天下統一してからも大規模な坑儒を行ってきた秦。
その秦をまるで槍の一閃のように見事に倒した項羽。多量の感情を持った激情家で、身内はとことん可愛がるも、敵対するものは決して容赦なく、謀叛者に対しては同郷の女子供すらも全て虐殺するといった凶行を繰り返し、20万人もの秦軍の降兵を坑にすることも厭わない。秦の、そして始皇帝の行状を継承した残忍さと冷酷さを合わせ持っていた。
そんな時代が繰り返されたあとだからこそ、劉邦のような存在が求められたのかもしれない。中国では数百年に1度大規模な飢餓に襲われるために、人々の食の保証ができる者が英雄とされる。そんな英雄が王や皇帝に推戴されて王朝を開き、その能力を喪失すれば新たな王朝に倒される、と司馬遼太郎は説いた。徳を重視した「易姓革命」とはまた違った視点から中国の歴史を描いているが、食を保証して民を生かすことこそが、「徳」なのかもしれない。
劉邦はその「男気」から、周囲の人たちを大切にして、多くを生かそうとする気持ちを持っていた。王とその家臣たちが活躍した春秋・戦国時代を経て、一旦秦が天下を統一すると、そのすき間から「こんな人物」が生れ育ち、そして自らも予想しなかった存在に化けていく。

*張良(子房)。「始皇帝暗殺未遂事件」を起こすほどの熱い男ですが、劉邦と出会ってからは功を驕らず控えめな参謀に徹します。多病なこともあり、私は竹中半兵衛を連想します。
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