*紀伊國屋書店より
【あらすじ】
伝説の武将・太公望が建国し、およそ500年続いた姜氏の支配による斉の国。陳国の公子は斉に亡命した際、時に故国を振り返る時に見える、北方玄武の夜空に輝くいて座の一部、ひしゃくの形をした斗宿星を守護星としていた。その公子の流れを汲む田乞(でんきつ)は、困った領民に対して食料を施す際には大型の斗を用い、返済する時は小型の斗を使うという「2つの斗」を用いて、自領民ばかりか斉国民全体からの人気を集めていった。
田乞は子の田常に、田氏の由来や斗宿星の意味、そして頑民を統べる術を伝授する。しかし斉の宰相の晏嬰(晏子)は田乞の深慮遠謀を見破り、斉はいずれ田氏の手に落ちると懸念していた。
景公は60年に及び在位する。景公自身は凡庸ながら、晏嬰が宰相として治世を行なっていた。隣の魯国で生まれた孔丘(孔子)が唱えた儒教が、多くの信者を生んで一大勢力をなす。斉国でもその勢いを利用しようとする勢力と、宰相の晏嬰を筆頭に、孔丘を遠ざけようとする勢力が対立していた。田乞はそんな情勢を利用することを目論み、策謀を巡らす。
晏嬰が亡くなり景公も薨去した。幼い公子の姜荼を担いで権勢の座についた高張と国夏に対し、田乞は両氏への反感を煽り、両氏を斉から追い出すことに成功する。その間に姜荼は田乞の策謀でこっそり命を絶たれていた。 田乞は同じ公子の悼公を擁立し、兄で粗暴者の田開を力で排除して、自らの地位を固めていく。しかし宰相となった田乞だが、兄の悪戯を不注意で咎めたことで、自らが飼い慣らしていた毒蛇に噛まれて命を奪われてしまう。
*斉の国の「中興の功臣」管仲の物語です。
田乞を継いだ田常は、父の功績と領地支配の実力から仮宰相の地位に就く。即位した悼公は若いが兇漢な性格で、「管鮑の交わり」以来の名門出身の大夫、鮑牧に対して厳しく当たっていた。我慢の限界を超えた鮑牧は、死因のわからない細長い針を使って悼公を殺害して逃亡した。
権力を掌握した田常は、魯国に攻め入って勢力拡張を図ろうとする。そこへ孔丘の門弟、子貢が現れ、斉が魯に攻める不利を説く。呉や越も巻き込んだその戦略眼には見るべきものがあり、田常は一旦兵を引いて内治に傾ける。しかし時の簡公は、幼い時に受けた仕打ちが忘れられず田常に恨みを抱いていた。悼公が鮑牧に与えた仕打ちを、今度は田常が簡公から受けることになる。
子貢が各地で遊説して打った手が効果を発揮し、楚・呉・越の緊張の合間を縫って、呉軍が斉に進軍する。これを撃退した田常は捕虜の中に鮑牧を見つけ、鮑牧が悼公を殺害した手法を聞き出した。その勢いで簡公を取り囲み、鮑牧と同じ方法で簡公を殺害する。田常は弟を公に擁立したが傀儡として実権を握り、その92年後に田氏の太公が斉の王に就任し「下剋上」を果たす。
【感想】
前作「孫子伝」でも登場した、斉の政治家の田乞。王室の血を汲みながらも内乱で斉に流れて、天空と地上にある「2つの斗(ます)」を重ねながら、その地位を固めていく。孫武が呉に呼ばれて斉を離れ、長年治世を司った晏嬰が亡くなり、その後景公も薨去すると、斉の王宮は乱れに乱れる。有力な家臣らが欲にまみれて対抗勢力を排除していこうとする一方、公も代々暗君が続き、有能な家臣から見放され、恨みを買って命を落としていく。そんな難しい局面を田乞は策謀と時に大胆な判断でくぐり抜けていく。
*作者の塚本靑史はミステリーも手がけているので、毒蛇となるとこの作品を想像します。対して「細長い針」は仕事人かそれとも隠し剣か・・・・
領民に対しては慈悲を与える反面、対抗勢力には影から追い落としの策謀を巡らして徐々に地位を上げて、遂には王を密かに始末して己の野望を遂げようとする。しかも田乞一代ではその野望は叶わず子の田常にも引き継がれ、同じ「王殺し」を続ける姿は「美濃の蝮」齋藤道三を連想する。その中で重要な役割を果たす「蛇」。田乞が飼い慣らして、いざという時に使った「武器」が最後には自分の身に降りかかる因果は、シャーロック・ホームズの名作「まだらの紐」と重なる。
本作品では孔子と容貌が瓜二つと言われた魯出身の武将の陽虎が、乱暴者の設定で登場する。魯で一旦実権を握るも、その暴虐なやり方から斉に追放され、その後晋の趙鞅(趙簡子)に召抱えられ、衛国を支配する役割を担う。その際斉の実力者の国夏が物資支援のために赴いた途上で、陽虎がその兵站を奪って守備の兵も殺害してしまった。その暴虐さから「坊主憎けりゃ袈裟まで」の勢いで、孔子の評判まで落としてしまう。
中原で故国の魯、晋、そして斉で仕官を求めた孔子。当時その教えは新興宗教の1つの囚われ方をして定まらない様子を描いているが、その影で弟子の子貢が戦国時代における縦横家のような活躍を見せる。その才略は近隣の魯・晋・斉だけでなく南方の呉にも及び、呉が斉へと侵攻するきっかけになった。その呉軍を撃退することを利用して、田常は権勢を揺るぎないものにする。
*子貢(ウィキペディア)
宮城谷昌光の作品でいう「晏子」と、田氏の流れを汲む「孟嘗君」の橋渡しとなる物語。姜氏による斉の支配から「下剋上」を成し遂げた田氏。まだ義の教えが残り、覇王によって諸国を操っていた春秋時代から、国を併呑していく「覇業」の戦国時代の橋渡しとなった。
よろしければ、一押しを m(_ _)m