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1 孫子伝(斉・呉:2008)

【あらすじ】

 斉の国で商家に生れた孫武は、近所にある「拾導塾」で貴族に囲まれて勉学をする中、塾で一番の文字数を覚える。しかし王宮で採用される身分ではないため、その知識は店の万引き防止のアイディアに生かすしかなかった。そこから国同士の戦いにおける「無駄」を省くことへと考えが及び、過去に行なわれた戦争の古戦場を訪れると教訓を導き出し、「戦記策謀」としてまとめ上げた。

 

 泥棒除けでは評判を上げたが兵法家としては無名の孫武に、人定卑しからぬ人物が「戦記策謀」を読みたいと所望してきた。熱心に読んでは鋭い指摘を行なうその人物は呉の季札。呉王の弟で時期国王とも目され、諸国を巡っては外交を繰り広げて、斉の宰相の晏嬰とも誼を通じていた。李札は後に孫武に長兄の子にあたる夫概を門人とし、「孫子の兵法」を学ばせる。

 

 季札は孫武が構えた塾を「詭塾」と名付けて別れを告げる。塾は次第に人が集ってきた。そんな孫武の元に、愛想はないが料理の腕は確かな巣夸が押しかけ女房のような形で入り込み、厨房を自分の城のようにして料理を振る舞っていた。

 

 呉では季札の兄が亡くなる。季札が皇位を遠慮したことを良いことに、三男の子王僚が王位を横取りし、光や夫概は呉に戻っていく。また孫武の計略は、現実のみに固執して敬いを欠くため、宰相晏嬰の好みに合わない。門人は減り、それらは晏嬰が好み官人への登用が期待された、遊郭を営む范蠡(はんれい)の塾に吸収されていく。しかし范蠡はある日唐突に斉から姿を消してしまった。

 

 晏嬰に吹き込んで孫武の塾の人気を落としたのは、実は季札の策略。これによって季札は孫武を呉に招くことに成功する。その途中で孫武の妻の巣夸が季札の家臣に料理を教えて、その腕が評判になる。遂には呉の国王王僚がその料理を求め晩餐が開かれるが、そのタイミングを狙い魚料理に隠された刀で王僚を死に至らしめる。王位は甥のが継いで闔閭(こうりょ)として即位する。

 

  孫武ウィキペディア

 

 闔閭はかつての師である孫武の実力を信用せず、自分の愛妾を含めた女性だけの集団を指揮するように命じる。王から正式に権限を得た孫武は、真剣にならない愛妾2人の首をはねて、峻烈な軍規を見せつけた。孫武に鍛えられた軍隊は楚を攻略するも、楚に恨みを持つ伍子胥はやりすぎた。平王の墓を暴いて屍に鞭を打つが、反感を招いて秦の進軍を招くことになる。

 

 楚に勝って驕った闔閭は、改めて妾の2人を競わせるが、孫武は競争に負けた愛妾の1人、西倩の侍女たちが命令に従わないために、西倩を殺害する。しかし西倩は越の間諜だった、と闔閭は後から知らされる。既に侍女から聞き出していた孫武だが、その侍女は姿を消していた。孫武の書いた竹簡が知らぬ間に読まれた形跡があり、孫武の周りに不思議なことが続いていた。

 

 

【感想】

 後に孫子と呼ばれる孫武の生涯は不明で、実在の人物ではないとの説もある。宮城谷昌光は「呉越春秋 湖底の城」で、楚時代の伍子胥と若くして知り合い、後に呉との繋がりと伍子胥を支援する側としての孫武を描いた。対して塚本靑史は、呉国王の弟に当たる季札が外交で諸国を歩く中で、主人公とした孫武との知遇を得る物語を描いた。

 

  *季札(ウィキペディア

 

 宮城谷昌光伍子胥を、身長が2メートルを超える人物として描いたが、本作品では孫武が見下す様子も書かれ、また同じく2メートルを超えたと言われる孔子も登場させている。孫武とは交錯しないが、孔子の教えが儀礼と格式にこだわる余り、知らず知らずの内に自己をも持ち上げて増長しているように映り、身長が低かったとされる斉の宰相・晏嬰から遠ざけられる様子を「塚本史観」で描いている。

孫子の兵法」の要諦は「相手の虚を突く」こと。そのために虚を探り、そして虚を生み出す。宋と楚による牧野の戦いで起きた「宋襄の仁」による無用の情け。晋の文公が楚を窪地(天陥)におびき寄せて撃破した城僕の戦い。秦が文公の服喪中に進軍をして谷底(天井)に陣を布いて総崩れにした崤の戦いななど、100を越える戦争の教訓を抽出し、「敗軍の法則」を導き出す。また「声東撃西の計」「借刀殺人の計」「調虎離山の計」「金蝉脱穀の計」「樹上開花の計」など様々な策略が紹介されて興味をそそる。

 

 本作品では伝説に彩られた孫武の生涯に想像の翼を広げて、様々な挿話をつなぎ合わせている。闔閭が命じた女人軍の指揮で軍規の峻烈さを知らしめる挿話があるが、本作品ではそれを「被せて」、越の間諜を退治する場面にも使っている。また孫武の妻を料理の名人として、後に呉王の王僚が殺害される挿話と結び付けるのも、見事な伏線とした。

 斉で孫武と同じく兵学を教えていた同業者(?)についても「伏線」を見事に回収しているが、これは登場人物の紹介欄に中国史上有名な女性の役割が書かれて「ネタバレ」となっている (^^)  但し私は深読みしすぎて、孫武の妻も隠された謎があるかと予想したが、これは見事に外れてしまった💦

 

  孫武の「同業者」として登場する范蠡ウィキペディア

 

 蛇足伍子胥が平王の墓を暴いた時「正に死者を鞭打つ」と表現しています。しかし「死者を鞭打つ」の故事は、この時の伍子胥の行為から生まれたものであり、「正に」の言葉は不要だったと思います、ハイ。

 

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